生存報告会 〜 豚こまと茄子とピーマンの味噌炒め
読了:三体0【ゼロ】 球状閃電[劉 慈欣/大森 望]
中国発大人気SF「三体」シリーズの前日譚にあたる位置づけをされている本作。実際には「三体」よりも前に書かれた独立した長編SF作品。なのでシームレスに「三体」につながるわけではないものの、中間あたりから登場する天才理論物理学者丁儀(ディン・イー)は「三体」の主要登場人物であるし、本作での細かな設定が後の「三体」でも言及されていたりする。また兵器に魅入られた女軍人林雲(この人も「三体」でカメオ出演している)が、ロシア人生物学者からおくられた言葉「それを防ぐ最善の方法は、いまの敵や将来の敵よりも早く、その兵器をつくりだすこと!」は、「黒暗森林理論」に通じる。そして人類以外からの観察者という存在は、三体星人の智子(ソフォン)的なものを想起させる。おそらく、著者はこの作品を書くことで次の「三体」への構想を膨らませていったものと思われる。
球電(雷電気仕掛けの火の玉みたいなもの)の研究の苦労から始まり、実はそれが巨大な電子=マクロ電子(サッカーボール大の電子)だということが分かり、そうするとこのサイズの原子核というものが存在するはずというとてつもないスケール(物理的サイズも物語構想も)になっていく。最初は気象学や電磁気学をネタにしたSFかと思っていたら、鮮やかに量子論に変わっていくのだ。量子論の話に突入すると、確率論的重ね合わせから「シュレーディンガーの猫」(本来ミクロの世界の話をマクロのたとえ話にすると奇妙なことになる)を逆手にとってこれをマクロ世界でやってしまうという驚きの展開に。もはや様々な次元やサイズの異なるマルチバース的物語にもなっている。
突拍子もないことをさもありなんと一気に読ませる著者の力量はやっぱりすばらしい。「三体人」の「さ」の字も出てこない(前述のように「三体」シリーズとは直接つながっていかない)ものの面白さは格別。
生存報告会 〜 ソース焼きそば
読了:成瀬は天下を取りにいく[宮島 未奈]
ありがとう西武大津店/膳所から来ました/階段は走らない/線がつながる/レッツゴーミシガン/ときめき江州音頭
滋賀県大津市を舞台にした痛快爽快青春短編小説集。あふれまくる地元愛が微笑ましい(地元民にはこれは嬉しいと思う)。まぁ地元民でなくても面白楽しく一気に読めてしまう力が本作にはある。
とにかく主人公の成瀬あかりが個性的で魅力的なのだ。勉強も特定の趣味もとびぬけて出来てしまう女の子。だけど孤高の変人。武士のような話し方するし、高校の入学式では丸坊主で登場したり。
基本は成瀬に巻き込まれた特定の人が成瀬との騒動を語る形式。最終話では語りも成瀬自身が担う。「階段は走らない」のみ成瀬の話ではない(おそらく西武大津店閉店つながりで書かれたもの。しかし最終話にここでの登場人物が再登場する)。
青春小説なのに、ほろ苦さをあまり感じない。なのにちゃんと青春小説している。気分爽快、さっぱり軽快な読後感。
読了:文庫 最後の錬金術師 カリオストロ伯爵(草思社文庫)[イアン・マカルマン/藤田 真利子]
プロローグ バルサモの家/1 フリーメイソン/2 降霊術師/3 シャーマン/4 コプト/5 預言者/6 回春剤/7 異端/エピローグ 不死
「カリオストロ」という響きには、異様なうさんくささがまとわりつく。その正体は何なのか?フランス革命前夜のマリー・アントワネットをまきこんだ「ダイヤの首飾り事件」に関わっていたらしいということは知っているが、本流の世界史ではとりたてて学習する人物ではない。むしろゴシップ扱いの雑学的エピソードで取り上げられる人物だ。
そんなカリオストロ伯爵を名乗った男の人生をたどる本書。18世紀のフランス革命を頂点とした歴史的背景、ヨーロッパ各国を舞台に活躍した生涯。カリオストロ伯爵は、この時代のヨーロッパだからこそ産まれた怪人物なのである。そして死後、いかにして「カリオストロ」は芸術のテーマとしてもてはやされ、今日的キャラクターが形成されていったのかが考察される。
18世紀末、同じくヨーロッパをまたにかけた一世代上のカサノヴァが激動の時代に取り残されていくのと対照的に、あっという間に時代の波に乗ったカリオストロの対比論考が興味深い。そして何よりもやはり「ダイヤの首飾り事件」の運びがおもしろい。
■ 文庫 最後の錬金術師 カリオストロ伯爵(草思社文庫)[イアン・マカルマン/藤田 真利子]
■ 最後の錬金術師 カリオストロ伯爵[イアン・マカルマン]【電子書籍】