数か月前にピアノ連弾(通常4手、まれに6手)と2台ピアノ、2台8手ピアノの演奏形態についてちょっと触れた。
整理すると、「ピアノ連弾」といえば通常は1台のピアノの前に2名の奏者が並んで演奏する(6手連弾の場合は1台のピアノの前に3名の奏者)。一方で「~台」とつく場合はピアノの台数のことです(ピアノは1台、2台と数えていく)。通常「2台ピアノ」とだけ言う場合は、ピアノが2台あって、それぞれに奏者が1名ずつの演奏形態(なのでピアノは2台で奏者も2名)。「2台8手」というのは2台のピアノがあって、それぞれのピアノの前に奏者が2名、つまり4手連弾を2台のピアノを使ってやる(奏者は計4名)。この手の複数人によるピアノ演奏形式の場合、奏者の人数ではなく、ピアノの台数と演奏に必要とされる手の数で表現するのが基本。と、ここらあたりまでが、前回の復習。
今日はさらにピアノと人数を増やしていくよ(ここからはもはや際物の世界ともいえる。まず演奏される機会が格段に減る)。
時代をさかのぼってバロック時代のバッハ作曲「4台のピアノのための協奏曲」。
実はこのピアノ奏者がオーケストラに向かい合う並べ方というのは、歴史的な経緯があります。まず「協奏曲」というのはもともとソロ楽器とオーケストラが変わりばんこに掛け合いをする楽曲形式でした。そして、ソロ楽器の奏者はたいてい指揮者を兼ねていて、弾いていない時は指揮をしていました。なので、ソロ楽器はオーケストラ(というか室内合奏団)に向かい合います(現代でも指揮者に転向したピアニストなんかはベートーベンのピアノ協奏曲あたりまではこれで演奏する場合があります)。そういうわけなので、このようにピアノが横に並んでいくのはさもありなんです。もっともバロック時代はまだピアノという楽器そのものがなくて、チェンバロとかハープシコードとかいう小型の鍵盤楽器なので、動画ほどの場所は取らないですけれども。
同じ曲で、別の並べ方をしている例を2つ続けます。1つ目は、現代のグランドピアノを4台置くとしたら一番場所を取らないであろう配置(ちなみにこの動画のソロ奏者は4人とも大御所!!)。2台のピアノを向かい合わせにして、その組を前後に並べる。
2つ目は、ちょっと変わったスター型配置。場所はかなり取るけれども、4人のソロ奏者が互いに表情を読みあえるため、ソロ奏者は演奏がやりやすくなります。
現代見かけるピアノの形がほぼ確定するのは、ロマン派の時代なのでもっと後になります。さすがにピアノも大型化してくると、これ以降は複数台ピアノの協奏曲はまぁせいぜい2台までというのがほとんどです(伴奏を受け持つオーケストラも多人数化してくる上に、複数台のピアノを用意するのは、ステージ上の場所の確保だけでなく、演奏会場にグランドピアノをよそから運んでくることにもなるので経済的にもあまり実用的でない)。
では、ここからは、協奏曲ではなくピアノだけの曲で。
まずは、4台のピアノそれぞれを二人ずつ担当する(計8名)4台16手の例。ロッシーニ作曲の「ウィリアムテル序曲」の編曲ものです(知らないという人も8:03あたりからの部分は耳にしたことがあるのでは?)。奏者の手元(鍵盤)を見せる配置のため、指揮者が奥にいて客席に向かって指揮を振っています。
次は、8台のピアノ。ただし1台をそれぞれ一人ずつ演奏しているので奏者数は計8名で先ほどと変わりません。ベートーベン作曲「トルコ行進曲」の編曲もの。フルコンサートグランドピアノ(演奏会用の本格的グランドピアノ)8台をスター型に配置しているのですが、かなり重量感のあるステージの見た目になっています。
少しピアノの台数を減らしてみましょうか。まずは、6手連弾から(1台のピアノに3人の奏者)。
定番のラフマニノフ作曲「(6手連弾のための)ワルツとロマンス」をどうぞ。「ロマンス」の冒頭(1:43あたり)は彼の超有名なピアノ協奏曲第2番の第2楽章に極似していることで有名(この連弾曲のほうが作曲は先)。
「ロッシーニの『セビリアの理髪師』による幻想曲」(クラシック音楽の世界ではメドレーは通常「幻想曲」に分類して「~による幻想曲」と名付けることが多いです)。
子ども3人が、簡易にアレンジされた「ラ・カンパネラ」を演奏します。子どもだと3人でも窮屈な感じはしないですし、むしろ仲良しさがほほえましいです。
息抜きにABBAのマンマミーアをお楽しみください。
次は1台のピアノを4人で演奏する8手連弾。連弾というのは1台のピアノの鍵盤の前に奏者が横一列に並ぶのでそもそもがかなり窮屈な上に、演奏するときの奏者の動作もかなり制限されてしまうため、それぞれの奏者の邪魔にならないようにかなりアクロバティックに手をどかす動作などが入ってきます。さすがに4人の大人が並ぶのはきつそう。でも見ている方(聴衆)はかなり楽しいので、アンコールで取り上げると大受けします(演出込みで)。
同じ曲で、2台16手版(ピアノ2台と、それぞれのピアノに奏者が4人の計8名)をどうぞ。暑苦しいことになっていますが楽しんでください。
もう一つ同じ曲。演出はもはや必須。完全にアンコール向け余興企画の小芝居付きです(男女8人でピクニックに出かけている想定か)。奏者はもちろん、見ている方もとびきり楽しいです。
さらに同じ曲による余興中の余興。1台のピアノを12人の奏者で演奏する狂気の沙汰をご紹介。もはや奏者用の椅子は置いていないし、12人同時に弾いているときは中国雑技団的様相を呈しています。人の塊の中、それぞれがすき間探して片腕を鍵盤に伸ばしているだけにも見える。このパフォーマンスはもはやオペラのワンシーンを見ている気にさえなる。2:55あたりからの下降音階を次々に流れ作業のように弾いていくところが最大の見せ場(これさりげなくやってますが、実際演奏するとなると結構難しいです)。
最後はピアノ奏法の可能性を追求した楽しさ満載の御機嫌ナンバーで締めます。1台のピアノを5人の奏者が演奏しますが、ピアノの弦を直接弾いて演奏したり、弦を押さえて鍵盤を叩くことで音色を変えたりしています。時に楽器の筐体部分で音を出したりも。(こういうパフォーマンスをするグループです)
鍵盤だけでなく、こういうピアノの中に手を突っ込んで奏するやり方を内部奏法といいます。クラシック音楽の世界では、現代音楽で特殊な効果を求めてこういう奏法を要求される場合があります。しかし汗と脂にまみれた手でピアノの弦を直接触ったり弾いたりすることになるので、ピアノが傷みやすくなる恐れがあります。それゆえに内部奏法を要求する曲の演奏を禁止している会場(ピアノはたいてい演奏者の個人所有ではなく、演奏会場の付帯楽器です)や、ピアノのコンクールにおいても自由曲の選曲基準の但し書きに「ただし内部奏法を含む曲は除く」と書かれていることもあります。