読了:ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊[塩野 七生]

黄金時代を迎えたアテネ。しかし、その崩壊の足音を手繰りよせたのは民主政に巣くうポピュリズムだったー民主政の光と影を描く、待望の第二巻。

第1巻では全ギリシアが連携してペルシア戦役を乗り越えたところまでが描かれた。今巻では、前半に指導者ペリクレスによるアテネの民主政の頂点を、そして後半ではアテネを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した四半世紀以上にわたるペロポネソス戦争が描かれる。

後半のペロポネソス戦争がおもしろい。アテネもスパルタもお互いに正面衝突する気は全くなかったのに、それぞれの同盟加盟都市国家の争いから盟主が引っ張り出されてしまう。だらだらと続く戦役はギリシアのほぼすべての都市国家を巻き込み、舞台もシチリア島や、エーゲ海東部にまで広がり、また指導者も入れ替わってゆき、アテネもスパルタもこれまで自国を特徴づけてきた路線を外れていく。最終的にアテネはデロス同盟の崩壊とともに無残に凋落する。

次巻では、スパルタも疲弊してしまい、ギリシアに再び本格的な触手を伸ばし始めるペルシア、そしてマケドニア王国の寵児アレクサンダーの登場が描かれるようだ。

ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊[塩野 七生]
ギリシア人の物語II 民主政の成熟と崩壊(ギリシア人の物語)[塩野七生]【電子書籍】

読了:奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]

これは良書か、悪書か。時代の流れで変わる、価値観の正解。ロマン、希望、洗脳、欺瞞、愛憎、殺戮ー1冊の書物をめぐる人間ドラマの数々!

取り上げられているのは、いわゆる奇書というよりかは、著者も述べているように、その当時一世を風靡した(現代から見たら)トンデモ本や偽書・ねつ造論文の類。ある程度本に興味を持っている人にとっては、目新しい話題は少ないかも。

wikipediaの「偽書」の項

YouTubeやニコ動に掲載したコンテンツを書籍にまとめたものだけに、本や歴史好きの人を対象としたものというよりも、雑学系ゴシップ的読み物という印象。超やさしいwikipediaって感じ?内容的な奥深さはないが、想定読者をはっきりと定めて著者自身がそこは割り切っているようだ。ただし、かなり調査をしたことは垣間見られ、また誤解がないような言葉の選び方や注釈のつけ方などとても考えられている。浅いからと言って手を抜かない著者の真摯な態度は好感が持てる。各エピソードのまとめで、オチをつけてきれいに着地させたものが多いのも気持ちいい。また畠山モグ氏のイラストがとてもいい味を出している。

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]
奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]【電子書籍】

読了:資格試験「通勤電車」勉強法[浜野秀雄]【電子書籍】

行政書士や社労士などの資格試験は、司法試験などの超難関資格と異なり、コツコツ勉強すれば合格できるレベルです。にもかかわらず、実際には合格率は数%。その大きな理由は、勉強を継続できる人が少ないからです。
合格者に聞くと、その多くが通勤時間を有効に活用しています。特に通勤電車内は、勉強を邪魔する誘惑もないため集中して勉強でき、無理なく続けられます。毎日1時間の通勤時間を学習に当てれば、大半の資格は1年間での合格が実現できます。
本書では、「通勤電車勉強用のノート作り」「駅間をストップウォッチ代わりにする」など、自身も通勤電車内で勉強して行政書士試験に合格した著者が、電車内でできる勉強法を紹介します。

忙しい社会人は、家で腰を据えて勉強するつもりでいてもすぐ挫折してしまうが、通勤電車での集中学習は継続しやすい。通勤電車でできる勉強方法は?という著者の実体験に基づいた提案書。宅地建物取引士、行政書士、社会保険労務士なんかはこれで十分合格できますよと。

いわゆる資格試験勉強ハウツーもの。ラフはこの手の本が嫌いではない。だってさ、「あ、自分でもできるかも」とかポジティブな気分になるじゃん。内容は薄く平易でサクサク読める(風呂に入りながら読み切れた)。それで「がんばってみようかな」とか思わせたのだから、この本はラフにとってはプラスだったかも。ただし実際にできるかどうか、やるかどうかは別問題だけどさ(<だからダメなんじゃん)。

資格試験「通勤電車」勉強法[浜野秀雄]【電子書籍】

読了:穴の町[ショーン・プレスコット/北田 絵里子]

『ニューサウスウェールズ中西部の消えゆく町々』という本を執筆中の「ぼく」。取材のためにとある町を訪れ、スーパーマーケットで商品陳列係をしながら住人に話を聞いていく。寂れたバーで淡々と働くウェイトレスや乗客のいない循環バスの運転手、誰も聴かないコミュニティラジオで送り主不明の音楽テープを流し続けるDJらと交流するうち、いつの間にか「ぼく」は町の閉塞感になじみ、本の執筆をやめようとしていた。そんなある日、突如として地面に大穴が空き、町は文字通り消滅し始める…カフカ、カルヴィーノ、安部公房の系譜を継ぐ、滑稽で不気味な黙示録。

 描かれている出来事や人物はどことなく現実から浮いている。でも描写はやたら具体的でマクドナルドとかサブウェイとか郊外型のチェーン店なんかも登場しているし、町を通る幹線道路は先には都市へ続いているだろうし、通過する車も多い。つまり現実から完全に隔離された町ではない。この不思議な感覚が魅力的な小説。

 オーストラリア、ニューサウスウェールズ中西部のある町にやってきた僕。「消えゆく町」に関する本を書いているので、この町の調査をしてみるが、その町がいつできて、どう発展してきたのかという過去の歴史がまったく不明で図書館にも資料はなく、また町の人も過去のことは知らないというか興味さえない。町の人は今を生きているだけで、その町には今という現状だけが流れているのだ。町で仲良くなった女の子とつるんでいるうちに、いつしか僕も日常に埋没していき、本を書き続ける気力を喪失し始める。ところがある日を境に町の地面に唐突に謎の穴があき始める。この不思議な現象に町の人たちは最初こそ騒ぎ出すが、すぐさまその現実を受け入れ、そういうものだとして生活を続ける。消滅し始める町を女の子と抜け出し、なんらかの希望をもって都市へ移り住んだ僕は、都市もまた町と変わらない満たされないものだったことに気付く。

 自分は何なのか、なんのために存在しているのかということを求めたいと思う根源的な人の性は感じているんだけれども、そのためにどうしたらいいのかわからない、とにかくなんとかしたいと思って行動もしてみた、でもどうにもならないかもしれない、だからといって差し迫った問題があるわけでもないが、どことなく落ち着かない……。自分を知りたいという思いを、町の存在意義を調べるという行動で表現している。「滑稽で不気味な黙示録」かというと、そうでもない気がするなぁ。読後感はもっと軽くて乾いた感じで、隔靴掻痒の感とでもいうか。

この町には何も特別なところがないということを。町の外のだれかの注意を引くほどのことは起こったためしがない。

消えた町々でぼくが探していたものは、記憶にとどめられている歴史だった。

 町に歴史がない、特別なところがない、ひいては自分自身も特別ではないということを突き付けられる。

彼らは消えた町の人々と同じ症状に苦しんでいるように思える。自分は何者なのかというその考えは過去に属するもので、本で読むか、歌や映画の中でまれに要約されているのを見つけるしかない。

 「彼ら」とは都市に住む人たち。過去にこそ自分の出自があると思うのだが、オーストラリアというのは、蓄積された過去(歴史)というものが豊かでない。

ホステルの談話室で冗談を言い合っているビーチサンダルをはいた英国人は、まぎれもなく英国人で、そんな難問とは無縁だ。彼らには揃っている──一連の史実と、立証できる真の全盛期が。

 結局、町で満たされなかった思いは都市でも満たされなかったのだ。オーストラリア人である限りこの心もとなさからは逃れられないのだ。じゃぁ、オーストラリアを脱すれば思いは満たされるのかというと、おそらくそれもまたノーであろう。

穴の町[ショーン・プレスコット/北田 絵里子]
穴の町[ショーン プレスコット]【電子書籍】

僕はやっぱり英語ができない – 今日は来てくれてありがとう!!

 ここを読んでいる人はご存じの通り、ラフは英語のリスニングがからっきしダメなのである。TOEIC(L&R)を年中行事のように受けているが、リスニングの約45分の間、何をおっしゃっているのかさっぱりわからないまま苦痛に耐え忍んでいる。

 では、ラフがTOEICのリスニング問題でどんな感じになっているのかを説明しよう。例として Part4(話者一人のアナウンス系問題)の場合。

– Welcome to ウニョウニョ.
– It is wonderful to see so many of you here ウニョウニョ~ バックシーン.
(ん?「今日はこんなにたくさんのみんなが来てくれてうれしいです!!」。え?なんかのコンサートかライブ?バックシーンってなんだ?楽屋backstageのことか?)
– インフルエンサー ウニョウニョ~ウニョウニョ~.
(インフルエンサーってSNSとかで影響力を持つ人たちだよなぁ、コアなファンのことか?)
– (以下すべてウニョウニョ)

 冒頭わずか3文にして、ラフの脳内はコンサート会場でファンを前にして呼びかけているアーティストという情景が展開している(そもそもTOEICで出てくるシーンとしてふさわしいか?)。当然ながら、その情景に合わせて聞き取ろうとしているので、残り最後まで何を言っているのかまったくわからず。

 このアナウンスが実は何を言っていたのかというと、「バックシーン」と聞こえたのは「viccine(ワクチン)」で、「インフルエンサー」と聞こえたのは当然のことながら「influenza(インフルエンザ)」なのである。どこかの保健施設にインフルエンザのワクチン接種にやってきた人たちに対して、予防は大切だから今日は多くの人が接種に来てくれたことはとても歓迎すべきことだという導入だったのである。(以下、受診にあたっての注意事項などがアナウンスされているのだが、そんなところはきれいさっぱり聞き取れていない)

ご如才なきことながら、仕事納めさせていただきます

職場的には30日が年内最終出勤日なのだけれども、月曜日だけ出勤するのもあれなので有休を取得することにして、本日を年内最終出勤としました。本日仕事納めです。

午前中に部内の方から「この作業お願いしますね」メールをいただいたのであるが、そのメールの文言がものすごく固く、そのあまりにもの固さに失神しそうになった。

メールのタイトルを指して「頭書の件」とか、「~頂き度くようお願い致します。」「~できるように取り進め頂けると幸甚です。」とか。締めくくりは「ご如才無き事ながら、~もお願い致します。」

ちなみに「ご如才なきことながら」というのは、「既に十分ご承知とは思いますが、念のために申し上げますと」みたいな感じの意味(知る人ぞ知る官僚表現)。実用に供されているのを見たのは初めてだよ。

そんな大したことは頼まれていないたった数行のメールにここまで書かれると、もはや慇懃無礼の極みである。むしろ才能である。差出人のことを変な奴だとは思ったけれども、自分と同類・同じ匂いの人かもとか思ったことは内緒。

僕はやっぱり英語ができない – 「リコピン」とはトマトなどに含まれる赤い色素である

人間の脳はうまく聞き取れなかった表現があると、自身の知っている語彙や言い回しで補おうとする傾向があることは多くの人が経験しているのではなかろうか。これは日本語だけでなく不慣れな言語に対しても起こりうるわけで。ラフの場合は英語のリスニングがまったくできない。

さて、ミュージカル「オペラ座の怪人」の主要曲に「Think of me」というナンバーがある。この歌い出しがしばらく前まで「リコピ~ン」と聞こえて仕方がなかったのである。まぁ聞いてみてくれたまえ。

いや、もちろん曲のタイトルにもなっている「Think of me」と言っているわけであるが(歌い出しの言葉をそのままタイトルにする例は多いからね)、つい先ごろまでラフには「リコピ~ン」だったのである。最近ようやく「チンコーミー」くらいには聞こえるようになった。

wikipediaの「リコペン」の項

lycopeneを含む例文として心惹かれたもの

To provide an effective method for utilizing tomato juice produced as a byproduct in obtaining lycopene from the tomato. – 特許庁

He always says what he wants to say.

クリスマスでも仕事はあって、クリスマスでもS吹奏楽団練習(吹き納め)。

練習後、いつものように仲間とご飯&飲み会なわけです。そこでA君とO君から、「ラフの言動は容赦がない」と評される。A君が「ラフは一向に忖度しないよね~」と言えば、すかさずO君が「例えば子供が遊んでいるところにも、大人が本気でかかっていくようなところあるよね」と突っ込む。もちろんラフも返す「でも(ラフの言動には)愛があるでしょ?(<自分で言うな)」。A君O君「うん、確かに。だから嫌われないんだよね」。うわぁ~い、ほめられたぜぃ。愛されキャラ認定いただきました(<そこまではほめてない?)。割と言いたいことは素直に口にし、好き勝手にふるまいながら、ラフはもうかれこれ10年以上S吹奏楽団の末席を汚させていただいております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Silent night, holy night

マライア・キャリーさん(マラが嫌いなキャリーさんという下ネタもございますが)といえば、この季節やっぱり「恋人たちのクリスマス」なんだと思います。今年、リリースから25年にして初の全米シングル・チャート1位になったとか。そうかぁ、みなさん毎年毎年もう聞き飽きたよって感じながらも、やっぱりこの能天気にハッピーで軽薄な曲(<褒めている)を愛しているのね。

さて、日本でこのシーズン飽きるほど耳にするのは山下達郎の「クリスマス・イブ」ですよね。

歌詞の中にある「必ず今夜なら 言えそうな気がした」ですが、どういうことを言えそうな気がしたのでしょうか。直後に続く「んォォォ、Silent night, ウォ~~イェン、holy night」と言えそうな気がしたのなら結構シュールな人です。

googleで「クリスマス・イブ」の歌詞を表示する

この曲の半分近くを占める「Silent night, holy night」ってのは、民謡における合いの手(「ハイハイ」とか「ホイ」とか「ヨッコラセー」の類)なんで、歌詞の意味をとらえるためだけならとりあえず全部外してOK。そうすると、びっくりするくらいこの曲の歌詞は短いことに気づきます。多くを語らないほのめかし美学ともいえる。

さて、スリムになったところで、何が言えそうだったのか読み返してみると、「叶えられそうもない」「心深く 秘めた」「君への想い」なんでしょうね。それを「必ず今夜なら 言えそうな気がした」のに、「きっと君は来ない」。「必ず」言える(気がした)のに、相手である「君」が来ない確信度は「きっと」なんだ。そういう「ひとりきりのクリスマス・イブ」。

Merry Christmas!皆様に沢山の幸せが訪れますように!

読了:進化の意外な順序[アントニオ・ダマシオ/高橋洋(翻訳家)]

脳と心の理解を主導してきた世界的神経科学者がその理論をさらに深化させ、文化の誕生に至る進化を読み解く独創的な論考。

第1部 生命活動とその調節(ホメオスタシス)
第1章 人間の本性
第2章 比類なき領域
第3章 ホメオスタシス
第4章 単細胞生物から神経系と心へ

第2部 文化的な心の構築
第5章 心の起源
第6章 拡張する心
第7章 アフェクト
第8章 感情の構築
第9章 意識

第3部 文化的な心の働き
第10章 文化について
第11章 医学、不死、そしてアルゴリズム
第12章 人間の本性の今
第13章 進化の意外な順序

神経科学者アントニオ・ダマシオの集大成ともいえる作品らしいが、科学的な見地からまとめられたものではなく、科学の言葉を使った彼の思索である。読んでひどくがっかり。後半の文化文明論と結び付けたあたりは比較的おもしろかったが、でもそれならユヴァル・ノア・ハラリ読む方がいいかな。とにかくやたらと難解な表現に走っていて(わざと?)、「言い換えると」とかいいながらふわっとした気取った文学的表現で例えていてますますわかりにくくなっていたり、「なんじゃこりゃ!!」の連続。

自分のおつむがポンコツなんだろうが、前半で彼が言いたいのはこういうことらしい(自分が何とかくみ取ったのは以下)。

感情や意識といったものは高等な生物である人間にしかないものと思われている。生物進化的に考えてみると、そもそも生物は自己を維持するための代謝活動としてホメオスタシスという機構を太古の細菌の頃から備えている。生命を維持するためには内部環境の異常や外界からの刺激を検知する必要があり、それらに対してホメオスタシスは発動され、刺激物から身を守ったり、原因を避けたり逃げたりという運動を起こす。やがて、生命を脅かすものに対しては不快、生存に適した刺激には快といった、将来的に感情につながるものの萌芽を持つようになる。神経系が発達してくると、自己の内外環境を、統合されたイメージ(視覚情報とは限らない)として知覚するようになり、その認識が意識となる。

「こういう科学的知見があるからこういう仮説を立てられる」とかいう話ではなく、断片的に切り取られた一場面の現象のみを羅列して思索を積み上げていくだけ。うーん、これは科学ではないな。

とにかく一読しただけでは「何をおっしゃっているのかしら?」な難解な表現てんこもりの本書から、とりわけ狼狽した個所の引用をいくつか行ってみる。(それはあくまでもラフの読解力が足りないだけというのは承知の上だ)

治療Aと治療Bによって痛みに対処する場合、あなたは、どちらの治療が痛みをより効果的に緩和するのか、完全に静められるのか、それとも効果がないのかを、感情に基づいて判断するはずだ。感情は、問題への対処を促す動機として、そしてその対処の成功、失敗を追跡する監視役として機能する。

酷暑に対する賢明な文化的反応は、おそらくは木陰で過ごすことから生まれ、それからうちわを生み出し、やがてはエアコンを発明するに至った。これは、ホメオスタシスに駆り立てられたテクノロジーの発展の好例と見なせよう。

その結果に基づいて脳が生体の変化した幾何学を表わす表象を構築すると、私たちはその変化を感知し、それに関するイメージを形成することができる。

え?なんだ?そうか?そうなのか?の連続をお楽しみいただけただろうか?

私がここで言いたいのは、文化的反応の形成に不可欠な一連の行動戦略から構成される社会性は、ホメオスタシスが備える道具の一つだということである。社会性は、アフェクトに導かれて人間の文化的な心に入って来るのだ。

「言いたい」ことらしいけれども分かった?何かを「言いたい」のは最初にそう宣言しているからわかったが、何を言いたかったのかは理解できなかったよ。

過去の成功は別として、文明的な努力が今日成功する見込みはどれくらいあるのだろうか? 考えられるシナリオの一つでは、個人、家族、独自の文化的アイデンティティを持つ集団、大規模な社会組織など、次元を異にする集団の構成単位の間でホメオスタシスの目的が異なるせいで、感情と理性の複雑な相互作用という、文化的なソリューションの発明を可能にしたまさにその道具の基盤がなし崩しにされ、文明的な努力は結局失敗に終わる。このケースでは、おりに触れて生じる文化の崩壊は、私たちの行動や心的特徴には人類以前の生物学的起源にさかのぼるものがあるがゆえに、言い換えると人間同士の争いを解決するための方法やその適用を阻害する、拭い去ることのできない原罪のようなものが人類には刻印されているがゆえに引き起こされる。

この長い引用はたったの3文しかない。最初の1文は短いが、続く2文は長すぎ。一読目は頭から読んでいくが、とにかくどれがどこにかかっていて、どれが主語でそれに対応する文末はこれであっているんだっけ?とかいうのがちっとも入ってこない。結局一通り目を通した後に再度一文ごと、日本語の構造から分析しなければならない。まぁ日本語の文の構造がなんとか分かっても、言っていることはやはり分かりにくいのだが。これは日本語訳の問題も結構大きいかも(一応それなりの翻訳プロによるものなのだが)。

かつて受験生だったころの自分が、英文和訳において、内容がさっぱり理解できないんだけれどもとにかく知ってる単語の訳を並べてなんとか書きなぐった逐語訳風の拙い答案を読み返している気分だったよ。

進化の意外な順序[アントニオ・ダマシオ/高橋洋(翻訳家)]
進化の意外な順序[アントニオ・ダマシオ/高橋洋]【電子書籍】