stringendo を無視するな

S吹奏楽団の初見大会とかでも思うのだが、多くの人がなぜか無視する音楽用語の一つが、 stringendo だと思う。 stringendo と書いてあったらテンポが上がっていくもんだろうがと俺は常々思っているのであるが、テンポが上がる楽語だと知らない人が多いようだ。というか、はっきりと書いてあっても知らないからか気にもしていないようなのだ。 ritardando とか allargando がテンポゆっくりになっていくのと反対に、 accelerand がテンポ早めていく語であるが、 stringendo もテンポ上がっていくんだよと強く主張しておきたい。無視してはダメだよ。

吹奏楽の世界では、もはや定番であり多くの人に支持されている酒井格の人気デビュー曲「The seventh night of July」(通称「たなばた」)、この曲の最後にもはっきりと stringendo が指示されている。にも関わらずテンポが変わらずに終わってしまう演奏をあまた聴いてきた。自分はこの曲の最後に指示された stringendo に、いきいそぐ青春の生き様、青春のほとばしり、駆け抜ける青春の思い出を感じたいのであるが(そうあればこそ酒井格が高校生のときに書いた作品ゆえのみずみずしさだと思う)、それを最後までインテンポ(変わらないテンポ)で演奏された日にゃ、「お前ら(演奏団体様)の青春は、そんなにのほほんとした緩みきったパンツのゴムのような世界で終わってよかったのかよ」と突っ込まずにいられない。テンポを上げて終わる、こういうところにこそ、たなばたの魅力があると俺は信じているのだ。そういうことに思いをはせてこその音楽じゃないのか?と。

ゲーム音楽中心の吹奏楽演奏会

元上司が所属している吹奏楽団の演奏会チケットをいただいていたので聴きに行ってきましたよ。「冒険」がテーマらしく、さる有名なゲーム音楽を中心にがっつり聞いてきました。

電子系ゲームというものをほぼ一切やらない自分はあまりゲーム音楽と言うものに興味がない。商業的だから優れていないとか、陳腐だとかそういうことを言っているわけではない。あくまでも個人的に耳にする機会が少なかったから興味があまりないというだけだ。ラフが思うにゲーム音楽に面白さを見出すのならば、デジタルな音楽をアコースティックな楽器で演奏する面白さなのかな?

今日の演目はゲームに興味がない人にもわかりやすいようにスートーリーの語り付きでした。いや、聞いていても知らない単語ばっかりで全然ストーリーついていけなかったけど。古の呪いがどうのこうの、光の玉がなんとかとか。

我思う、ゆえに我あり

別に哲学に興味があるわけではないし、デカルトに傾倒しているわけでもない。けれども「我思う、ゆえに我あり」は自分にとってなにかと命題にはなっている。私と言うものは何か?究極に問い詰めてみて、でも今こう考えている自分と言うものだけは確かだとかいうことだよね。ラフは好きな対象事象についてもこれをあてはめたい。とりわけ「音楽」。本当に自分は音楽が好きなのか?と自問してみたときに「好きだ」と即答する自信は今はない。何も省みることなくイノセントに「好き」と言えるようなものがはたして本当に好きなのかは疑問だと思う。一度は疑え、自分にとってそのものが本当に大事なことなのか問え、分からなければ問い続けろ。自信を持って好きと言えるために。

ちなみに、ラーメンが好き、カレーが好き、とかいう程度の「好き」は際限なくあるけどね。「音楽」に関してはそういう「好き」とはまた違うんだよね。もっと屈折した「好き」なんだよ。なんでかね。

俺ってめっちゃ面倒くさいか?

wikipediaの「我思う、ゆえに我あり」の項

カレーそば

昨日のカレーが1食分には少し足りない量で余ってしまったので、だしを加えて片栗粉でとろみをつけてカレーそばにしてみる。残念なことにネギがなかったので見た目のアクセントがまったくない画像になってしまった。

牛コマ肉でカレー

今日はカレーをものしてみる。マイタケは入れてみましたが、ジャガイモ、ニンジンは入れません。じっくり寝かせません。作ってすぐ食べました。

ロリへの遠い道

S吹奏楽団リハ。アルメニアンダンスpartIIの最後の曲「ロリの歌」がまったく吹ける気がしないままかれこれ数か月。なんでこれが吹けないのか。ちょっとまともに落ち着いて譜読みするしかないか。結構いい加減になってしまっているから走るんだろうな。吹けてないからごまかしているだけ。2月の合宿までにちゃんと譜読みをするぞ。譜読みをするぞ譜読みをするぞ。

トロンボーンってこんなに素敵な音がするんだ

今日はN君が所属しているトロンボーンアンサンブル団体の演奏会を聞きに横浜まで行ってきた。毎年1月に演奏会をやっていてラフの演奏会聞き初めはほぼ毎年この演奏会だ。この団体の演奏会を聞くたびに、あぁトロンボーンアンサンブルの音色ってこんなにステキなんだな、自分もこんな風な音を出してアンサンブルしたいなって思うんだよね。いつも楽しませてもらってるよって伝えると、N君は自分は全然ダメでついていくのが必死だけどっていうんだけれども、いやいやそんなことはない、この団体でやっていけているんだからN君がダメなわけがないのだ。すごいのだ。もう彼らの演奏はホント羨望の対象だよ。なんでそんな素直な音色が出せるのかね、なんでそんなにピッチが合うかね、なんでそんなに縦がそろうかねとか基本的なところから感心してしまう自分の技術的未熟さがいやになるよ、まったく。

演奏会に来ていたK君と久々に会った。彼とはかつて同じ団でトロンボーン吹いていたんだよね。会うのはもうかれこれ5年ぶりくらい?元気そうで何より。最近仕事が落ち着いてきたのでまたどこかで吹いてみたいとのこと。自分の知っているところでいいなら紹介するよ。

アウェイなリハ

午後、アンサンブルでお手伝いすることになったT吹奏楽団のメンバーさんとアンサンブル練習初回。ネリベルむつかしいね。金管3重奏はかつてやったことあるんだけれども、今回は金管12重奏。拍の刻みがわからなくなるんだよね。シンコペーションの合間に他のパートが音を入れることで結果として刻みを作るっていう手法が多くて、みんなのテンポ感が一様でないとあっという間に崩壊する。自分のパートは一応みてきたけれども、合わせるのは大変だ。大丈夫かな。

アンサンブルの練習だけだとあれでしょ?と誘ってくれたSちゃんのいわれるがまま引き続きT吹奏楽団の合奏練習にも参加させてもらった。みっちり合奏。S吹奏楽団の練習がいかに楽かを実感。初見だったけれども面白い曲を体験できて楽しかった。

ついでにずうずうしくも、T吹奏楽団の新年会にまで顔を出させてもらっちゃった。T吹奏楽団ってのは職場吹奏楽団なんだけれども、職場が同じ(グループ会社を含む)っていう人々の集まりって一般団体とは違った点でいろいろおもしろいもんだなぁと思いながら話を聞かせてもらっておりました。それにしてもうらやましいほどの飲み会参加率だなぁ。

そしてもうひとつブログエントリーの面倒くささ

ブログってやっぱりタイトルつけるのが面倒くさい。自分は日記代わりに使いたいわけなので、つれづれなるままに単にいろんな話題を思いつくままに書き散らしたいって時に不便なのだ。タイトルなんてつけたら、その話題にしか触れられない感じがするし、そこに書かれている内容を推察できてしまっては最後まで読んでもらえなくなるじゃん。

あと、時刻。日記であって、時記や分記ではないので、時刻なんていらないんだよ。いつ投稿されたかなんて自分的にはどうでもいいことなのだよ。昨日の日記を今日書くこともあれば、1週間前の日記を今日書いていたりとかもする。そのたびに日時と時刻を話題にあわせて設定しなおす。たとえば、一昨日友達と飲み会したということを今日書く場合、「今日は友達と飲み会だった」と書くのに、その話題の日付を変更しなければならないのはまぁ我慢しよう。「今日」と書いてしまうわけだから。でも、時刻を設定することにはまったくもって意味ないよね?意味ないよね?意味ないよね?この気持ち悪さ分かってもらえるかなぁ。