読了:穴の町[ショーン・プレスコット/北田 絵里子]

『ニューサウスウェールズ中西部の消えゆく町々』という本を執筆中の「ぼく」。取材のためにとある町を訪れ、スーパーマーケットで商品陳列係をしながら住人に話を聞いていく。寂れたバーで淡々と働くウェイトレスや乗客のいない循環バスの運転手、誰も聴かないコミュニティラジオで送り主不明の音楽テープを流し続けるDJらと交流するうち、いつの間にか「ぼく」は町の閉塞感になじみ、本の執筆をやめようとしていた。そんなある日、突如として地面に大穴が空き、町は文字通り消滅し始める…カフカ、カルヴィーノ、安部公房の系譜を継ぐ、滑稽で不気味な黙示録。

 描かれている出来事や人物はどことなく現実から浮いている。でも描写はやたら具体的でマクドナルドとかサブウェイとか郊外型のチェーン店なんかも登場しているし、町を通る幹線道路は先には都市へ続いているだろうし、通過する車も多い。つまり現実から完全に隔離された町ではない。この不思議な感覚が魅力的な小説。

 オーストラリア、ニューサウスウェールズ中西部のある町にやってきた僕。「消えゆく町」に関する本を書いているので、この町の調査をしてみるが、その町がいつできて、どう発展してきたのかという過去の歴史がまったく不明で図書館にも資料はなく、また町の人も過去のことは知らないというか興味さえない。町の人は今を生きているだけで、その町には今という現状だけが流れているのだ。町で仲良くなった女の子とつるんでいるうちに、いつしか僕も日常に埋没していき、本を書き続ける気力を喪失し始める。ところがある日を境に町の地面に唐突に謎の穴があき始める。この不思議な現象に町の人たちは最初こそ騒ぎ出すが、すぐさまその現実を受け入れ、そういうものだとして生活を続ける。消滅し始める町を女の子と抜け出し、なんらかの希望をもって都市へ移り住んだ僕は、都市もまた町と変わらない満たされないものだったことに気付く。

 自分は何なのか、なんのために存在しているのかということを求めたいと思う根源的な人の性は感じているんだけれども、そのためにどうしたらいいのかわからない、とにかくなんとかしたいと思って行動もしてみた、でもどうにもならないかもしれない、だからといって差し迫った問題があるわけでもないが、どことなく落ち着かない……。自分を知りたいという思いを、町の存在意義を調べるという行動で表現している。「滑稽で不気味な黙示録」かというと、そうでもない気がするなぁ。読後感はもっと軽くて乾いた感じで、隔靴掻痒の感とでもいうか。

この町には何も特別なところがないということを。町の外のだれかの注意を引くほどのことは起こったためしがない。

消えた町々でぼくが探していたものは、記憶にとどめられている歴史だった。

 町に歴史がない、特別なところがない、ひいては自分自身も特別ではないということを突き付けられる。

彼らは消えた町の人々と同じ症状に苦しんでいるように思える。自分は何者なのかというその考えは過去に属するもので、本で読むか、歌や映画の中でまれに要約されているのを見つけるしかない。

 「彼ら」とは都市に住む人たち。過去にこそ自分の出自があると思うのだが、オーストラリアというのは、蓄積された過去(歴史)というものが豊かでない。

ホステルの談話室で冗談を言い合っているビーチサンダルをはいた英国人は、まぎれもなく英国人で、そんな難問とは無縁だ。彼らには揃っている──一連の史実と、立証できる真の全盛期が。

 結局、町で満たされなかった思いは都市でも満たされなかったのだ。オーストラリア人である限りこの心もとなさからは逃れられないのだ。じゃぁ、オーストラリアを脱すれば思いは満たされるのかというと、おそらくそれもまたノーであろう。

穴の町[ショーン・プレスコット/北田 絵里子]
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