読了:インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

インド夜想曲

インド夜想曲

  • 作者:アントーニョ・タブッキ/須賀敦子
  • 出版社:白水社
  • 発売日: 1993年10月

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公の前に現れる幻想と瞑想に充ちた世界。ホテルとは名ばかりのスラム街の宿。すえた汗の匂いで息のつまりそうな夜の病院。不妊の女たちにあがめられた巨根の老人。夜中のバス停留所で出会う、うつくしい目の少年。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべき、このミステリー仕立ての小説は読者をインドの夜の帳の中に誘い込む。イタリア文学の鬼才が描く十二の夜の物語。

「インドで失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です。」

不眠の物語でありかつ旅行の物語。失踪した友人を探しにインドにやって来たイタリア人の「僕」が体験した、におい立つ夜のインドで出会う人々との交流が幻想的に描かれる。これがとても美しいのだ。具体的な場面描写というよりも、そこに漂う雰囲気、ひいては文体の美しさというか。そういう点では日本語訳も優れているんだと思う。最後2つの夜でこの小説がメタ小説の一種であることがわかるものの、枠外と枠内の物語も混沌として交じり合う様がこれまたインドの夜にふさわしい。「訳者あとがき」にあるように、とにかく「だまされたと思って、読んでよ。」

メモ:「ナイチンゲール」の和名は「小夜啼鳥」

インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

読了:こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

  • 作者:アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年06月16日頃

時空の覇権を争う二大勢力“エージェンシー”と“ガーデン”の工作員は、あらゆる時代と場所に介入し、自陣に有利な未来を作り出すべく永い暗闘を続けていた。ある平行世界で二つの巨大帝国を壊滅させるミッションを成功させた“エージェンシー”の工作員レッドは、作戦遂行中ずっと、本来ならそこにいるはずのない敵の存在を感じていた。そして、激闘を終えた静寂の中で、“ガーデン”の工作員ブルーからの手紙を発見するー思いがけず文通を始めた彼女たちは、やがてお互いを好敵手と認めあうようになるが…ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞を受賞した、超絶技巧の時空横断SF中篇。

あまたの並行世界をめぐる「エージェンシー」陣営と「ガーデン」陣営の時空戦争が舞台となるファンタジーSF小説。「エージェンシー」の工作員レッドは、「ガーデン」の工作員ブルーからの手紙を発見する。自陣に知られることないように注意を払いながら、様々な手を使って文通を始めることになる二人の工作員。やがてお互いの存在が双方にとって欠かせないものになっていくのだが、二人の関係はそれぞれの司令官に気付かれてしまい……。

この手紙のやり取りが機知に富んだものでおもしろい。やがてそのやりとりは互いへの想いへと変わっていく。並行世界での戦いの中で描かれるこれらの文通シーン(というか文面)が本当に魅力的。この作品最大のおもしろさはここにあり。上官に察知されるのは中ほどなんだけれども、ここからラストに向けて展開が怒涛の如く早くなっていく。しかし一気に畳み込むものの「そういう結末のSFは他にも知ってるよ」という感じのラストで意外性はない。2時間ほどのSFアニメ映画とかでありそうな感じ(この作品そのものがそんな感じでもあるが)。それなりに感動はさせるけれども、ちょっとありふれた結末には拍子抜け。

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]
こうしてあなたたちは時間戦争に負ける[アマル エル モータル/マックス グラッドストン]【電子書籍】

読了:憲法で読むアメリカ史(ちくま学芸文庫)[阿川尚之]

憲法で読むアメリカ史

憲法で読むアメリカ史

  • 作者:阿川尚之
  • 出版社:筑摩書房
  • 発売日: 2013年11月

建国から二百数十年、自由と民主主義の理念を体現し、唯一の超大国として世界に関与しつづけるアメリカ合衆国。その歴史をひもとくと、各時代の危機を常に「憲法問題」として乗り越えてきた、この国の特異性が見て取れる。憲法という視点を抜きに、アメリカの真の姿を理解するのは難しい。建国当初の連邦と州の権限争い、南北戦争と奴隷解放、二度の世界大戦、大恐慌とニューディール、冷戦と言論の自由、公民権運動ー。アメリカは、最高裁の判決を通じて、こうした困難にどう対峙してきたのか。その歩みを、憲法を糸口にしてあざやかに物語る。第6回読売・吉野作造賞受賞作の完全版!

アメリカ合衆国憲法の誕生/憲法批准と『ザ・フェデラリスト』/憲法を解釈するのはだれか/マーシャル判事と連邦の優越/チェロキー族事件と涙の道/黒人奴隷とアメリカ憲法/奴隷問題の変質と南北対立/合衆国の拡大と奴隷制度/ドレッド・スコット事件/南北戦争への序曲〔ほか〕

アメリカ史を時代ごとの憲法解釈の面(つまりは司法)からたどる。アメリカ史の主要トピックであるアメリカ独立、南北戦争、二度の世界大戦、またネイティブアメリカン問題、人種人権問題をアメリカがどうやって乗り越えてきたのか。司法(連邦最高裁とその判例における憲法解釈)を通してみてみるとアメリカ史にはこういう面白さもあるのかと思うところ多し。そもそも、アメリカの州(日本の都道府県とは違ったもっと独立性の高い存在)と連邦政府の関わりを憲法はどのように定めて連邦政府の権限を縛っているのか、連邦政府はどこまで州に関われるのかという遷移を知ることができる。憲法解釈のためのキーワードが素人には若干難しいものの、全体的には読みやすくおもしろかった。

憲法で読むアメリカ史(ちくま学芸文庫)[阿川尚之]
憲法で読むアメリカ史(全)[阿川尚之]【電子書籍】