中国発大人気SF「三体」シリーズの前日譚にあたる位置づけをされている本作。実際には「三体」よりも前に書かれた独立した長編SF作品。なのでシームレスに「三体」につながるわけではないものの、中間あたりから登場する天才理論物理学者丁儀(ディン・イー)は「三体」の主要登場人物であるし、本作での細かな設定が後の「三体」でも言及されていたりする。また兵器に魅入られた女軍人林雲(この人も「三体」でカメオ出演している)が、ロシア人生物学者からおくられた言葉「それを防ぐ最善の方法は、いまの敵や将来の敵よりも早く、その兵器をつくりだすこと!」は、「黒暗森林理論」に通じる。そして人類以外からの観察者という存在は、三体星人の智子(ソフォン)的なものを想起させる。おそらく、著者はこの作品を書くことで次の「三体」への構想を膨らませていったものと思われる。
球電(雷電気仕掛けの火の玉みたいなもの)の研究の苦労から始まり、実はそれが巨大な電子=マクロ電子(サッカーボール大の電子)だということが分かり、そうするとこのサイズの原子核というものが存在するはずというとてつもないスケール(物理的サイズも物語構想も)になっていく。最初は気象学や電磁気学をネタにしたSFかと思っていたら、鮮やかに量子論に変わっていくのだ。量子論の話に突入すると、確率論的重ね合わせから「シュレーディンガーの猫」(本来ミクロの世界の話をマクロのたとえ話にすると奇妙なことになる)を逆手にとってこれをマクロ世界でやってしまうという驚きの展開に。もはや様々な次元やサイズの異なるマルチバース的物語にもなっている。
突拍子もないことをさもありなんと一気に読ませる著者の力量はやっぱりすばらしい。「三体人」の「さ」の字も出てこない(前述のように「三体」シリーズとは直接つながっていかない)ものの面白さは格別。