読了:詐欺師の楽園(白水Uブックス)[ヴォルフガング・ヒルデスハイマー/小島 衛]

詐欺師の楽園

詐欺師の楽園

  • 作者:ヴォルフガング・ヒルデスハイマー/小島 衛
  • 出版社:白水社
  • 発売日: 2021年09月30日頃

金持ちで蒐集家のおばに育てられたアントンは十五歳で絵を描き始めた。完成した絵はおばの不興を買うが、屋敷を訪れたローベルトおじは絵の勉強を続けるよう激励する。実はこのローベルトこそ、バルカン半島の某公国を巻き込み、架空の画聖をでっちあげて世界中の美術館や蒐集家を手玉に取った天才詐欺師にして贋作画家だった。十七歳になったアントンはおじの待つ公国へ向かったが…。虚構と現実の境界を軽妙に突く傑作コミックノヴェル。

この小説は手記の形態をとっている。そしてこの手記は次の書き出しで始まる。

プロチェゴヴィーナ公国のレンブラントと称せられる画家アヤクス・マズュルカ――美術史上最大の意義をになう人物のひとりとされているこの巨匠は、実はかつて実際にこの世に存在したことはない。彼の作品は後世の偽作であり、彼の評伝は虚構である。

手記には、黒幕の贋作画家ローベルトおじの壮大な企ての全貌と、国境紛争に巻き込まれて若くして死んだこととされ悲劇の英雄画家に祭り上げられてしまう私の数奇なる運命が描かれる。この手記は、一連の出来事の裏側を告白しているものであるが、決して不正を告発しているわけではない。そのためか、そこはかとなくうさん臭くてどこまでがホントのことなの?っていう感じを醸しているのもおもしろい。全体を通してちょっとした喜劇である。真贋評論や芸術論をもてあそび、またそれに翻弄される人間のバカバカしさを巧妙に描いている。

詐欺師の楽園(白水Uブックス)[ヴォルフガング・ヒルデスハイマー/小島 衛]

読了:やりなおし世界文学[津村 記久子]

やりなおし世界文学

やりなおし世界文学

  • 作者:津村 記久子
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 2022年06月01日頃

ギャツビーって誰?名前だけは知っていたあの名作、実はこんなお話だったとは!古今東西の92作。物語の味わいを凝縮した世界文学案内。

ギャツビーは華麗か我々か?-スコット・フィツジェラルド『華麗なるギャツビー』/あるお屋敷のブラックな仕事ーヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』/「脂肪の塊」は気のいい人なのにーモーパッサン『脂肪の塊・テリエ館』/流れよ理不尽の破滅型SF-フィリップ・K・ディック『流れよわが涙、と警官は言った』/こんな川べで暮らしてみたいーケネス・グレーアム『たのしい川べ』/スパイと旅する人間模様ーサマセット・モーム『アシェンデン 英国秘密情報部員の手記』/頑張れわらの女ーカトリーヌ・アルレー『わらの女』/レモンの上司がパインとはーアガサ・クリスティー『パーカー・パイン登場』/技と感動のくだらなさーフレドリック・ブラウン『スポンサーから一言』/終わりのない夜に生まれつくということーアガサ・クリスティー『終りなき夜に生れつく』〔ほか〕
【本書で扱った名作】
『華麗なるギャツビー』 『ねじの回転』 『脂肪の塊・テリエ館』 『流れよ我が涙、と警官は言った』 『たのしい川べ』 『アシェンデン 英国秘密情報部員の手記』 『わらの女』 『パーカー・パイン登場』 『スポンサーから一言』 『終りなき夜に生れつく』 『かもめ』 『ストーカー』『新編 悪魔の辞典』『ムッシュー・テスト』 『闇の奥』 『ノーサンガー・アビー』 『813』『 続813』 『クローム襲撃』 『長いお別れ』 『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』 『山月記・李陵 他九篇』 『スローターハウス5』 『るつぼ』 『スペードの女王・ペールキン物語』 『灯台へ』 『黄金の壺 マドモワゼル・ド・スキュデリ』 『遠い声 遠い部屋』 『知と愛』 『アラバマ物語』 『樽』 『たんぽぽのお酒』 『料理人』 『ワインズバーグ・オハイオ』 『響きと怒り』 『人間ぎらい』 『城』 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 『ゴドーを待ちながら』 『幸福論』 『肉体の悪魔』 『オー・ヘンリー傑作集』 『欲望という名の電車』 『チップス先生、さようなら』 『蜘蛛女のキス』 『世界の中心で愛を叫んだけもの』 『人形の家』 『ペスト』 『夜と霧』 『長距離走者の孤独』 『子規句集』 『クレーヴの奥方』 『ドリアン・グレイの肖像』 『一九八四年』 『椿姫』 『マルテの手記』 『ボヴァリー夫人』 『リア王』 『マクベス』 『赤と黒』 『君主論』 『自由論』 『マンスフィールド短編集』 『日々の泡』 『マルタの鷹』 『クリスマス・キャロル』 『幼年期の終わり』 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』 『緋文字』 『孫子』 『宝島』 『ジキルとハイド』 『アッシャー家の崩壊 黄金虫』 『ハイ・ライズ』 『マイ・アントニーア』 『外套・鼻』 『深夜プラス1』 『カヴァレリーア・ルスティカーナ―他十一篇』 『完訳 チャタレイ夫人の恋人』 『バベットの晩餐会』 『カンディード』 『ずっとお城で暮らしてる』 『ヘンリー・ライクロフトの私記』 『九百人のお祖母さん』 『サキ短編集』 『山海経』 『悪魔の涎・追い求める男 他八篇』 『怪談』 『津軽』 『ラ・ボエーム』 『鼻行類』 『金枝篇』 『カラマーゾフの兄弟』 『荒涼館』

古今東西92作とはいうものの、近現代小説が多い。中でもSF小説が手厚い印象。題名だけは知っているけれども読んだことがない小説、昔読もうとして挫折した小説、昔読んだけれどもピンとこなかった小説、こういった類の作品を改めて読んでみての感想エッセイ。関西人らしい軽妙な「知らんがな」ノリによる紹介が愉快。

身もふたもない、あるいは鼻持ちならない、どうしようもない人間が描かれていようとも、そこに人間というものの本質をしっかり捉えようとしている作者の想いを考察する視点はよい。こんな紹介されたらどの本も読みたなってまうやん。

紙の本で、この活字サイズで、上下2段組のぎっちりな様は、目にも精神にもちょっとつらかった。

やりなおし世界文学[津村 記久子]

読了:夏への扉〔新版〕(ハヤカワ文庫SF)[ロバート・A・ハインライン/福島 正実]

夏への扉〔新版〕

夏への扉〔新版〕

  • 作者:ロバート・A・ハインライン/福島 正実
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年12月03日頃

ぼくの飼い猫のピートは、冬になるときまって「夏への扉」を探しはじめる。家にあるドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。そして1970年12月、ぼくもまた「夏への扉」を探していた。親友と恋人に裏切られ、技術者の命である発明までだましとられてしまったからだ。さらに、冷凍睡眠で30年後の2000年へと送りこまれたぼくは、失ったものを取り戻すことができるのかー新版でおくる、永遠の名作。

ハインラインの名作古典SF「夏への扉」。いつかは読もうと思っていたんだけれども、ようやく読みましたよ。おもしろかった。1950年代に発表されたSF作品で、舞台になっているのは1970年と未来の2000年。2000年でさえ今となっては昔なのに、古さを感じさせないどころか、今読んでもそんなに違和感ないよ。さもありなん。そうであっても不思議はない。さらに言えばSFというよりもむしろ謎解きものとしておもしろく読めたかも。後半の怒涛の展開にはページを繰る手が止まらない。話が暗くなく、楽天的でさわやかなのも、この作品が多くの人に好まれる要因なのかも。

夏への扉〔新版〕(ハヤカワ文庫SF)[ロバート・A・ハインライン/福島 正実]
夏への扉〔新版〕[ロバート A ハインライン/福島 正実]【電子書籍】

読了:猫の傀儡(光文社文庫)[西條奈加]

猫の傀儡

猫の傀儡

  • 作者:西條奈加
  • 出版社:光文社
  • 発売日: 2020年05月13日

猫町に暮らす野良猫のミスジは、失踪した先代・順松の後を継いで“傀儡師”となった。人を遣い、人を操り、猫のために働かせるのが傀儡師だ。さっそく、履物屋の飼い猫から、花盗人の疑いを晴らしてほしいと依頼があり、ミスジは狂言作者の阿次郎を連れ出した。次々依頼をこなす一匹と一人は、やがて、順松失踪の意外な真相にー!?時代ミステリーの傑作!!

猫の傀儡/白黒仔猫/十市と赤/三日月の仇/ふたり順松/三年宵待ち/猫町大捕物

江戸の猫町で、失踪した先代の傀儡師(くぐつし)の順松(よりまつ)の後を継いだ野良猫のミスジ。猫の傀儡師は傀儡とされた人を猫のために働かせる。人の方はそのことに気付かず猫の問題を解決するよう動かされる。なんて設定なんだけれども、オカルトやホラーではない。猫が主人公だが、起こる事件は人の事件。人の事件に巻き込まれた猫を猫の傀儡師が人を使って助ける江戸人情話。猫と人のバディもの風展開。さらっと読める軽いノリ。前半はいくつかの事件を解決していき、後半では失踪した先代の傀儡師順松の謎を追う。

猫の傀儡(光文社文庫)[西條奈加]
猫の傀儡(くぐつ)(猫の傀儡(くぐつ))[西條奈加]【電子書籍】

読了:楽園のカンヴァス(新潮文庫 新潮文庫)[原田 マハ]

楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス

  • 作者:原田 マハ
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 2014年06月27日頃

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとはー。山本周五郎賞受賞作。

山田五郎のYoutubeで紹介されていた本。こんなおもしろい作品があるんだと一気読み。

スイスの謎の富豪コレクターが所有しているある作品の真贋鑑定を依頼された二人の若いルソー研究者。作品はルソーの最高傑作「夢」とそっくりな「夢をみた」と題された絵画。画題と同じ「夢をみた」と題された謎の物語を1日1章ずつ読んで1週間後にそれぞれ作品の真贋を評価することを果たされる。

wikipediaの「夢 (アンリ・ルソーの絵)」の項

絵画ミステリーとして良くできている。美術業界の裏話とかも分かりやすく取り入れられていておもしろい。また劇中物語の「夢をみた」はルソーの晩年の物語になっているのだが、これがなかなかいい。最後に向けて泣かせる。絵画の方の「夢をみた」の秘密と真贋鑑定評価はおどろきのもので、関係者のルソーへの情熱と思い入れも読んでいて共感できる。でも、人間関係の種明かしと落としどころはちょっと予定調和的できれいに収まり過ぎな気がした。

アンリ・ルソーに関してあまり知らなくても楽しめると思うが、知っているとずっとずっと面白いかと。またルソーに限らずピカソをはじめ実在の有名絵画も何枚か出てくるのでそれらの絵もどんな絵か知っているとなお面白いかと。

楽園のカンヴァス(新潮文庫 新潮文庫)[原田 マハ]
楽園のカンヴァス(新潮文庫)[原田マハ]【電子書籍】




読了:PK 新装版(講談社文庫)[伊坂 幸太郎]

PK 新装版

PK 新装版

  • 作者:伊坂 幸太郎
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2023年03月15日

人には時折、勇気を試される瞬間が訪れる。落下する子供を間一髪で抱きとめた男。救出劇に歓喜した少年は、年月を経て、今度は自分が試される場面に立つ。「臆病は伝染する。そして、勇気も」小さな決断が未来を変えるきっかけとなる。読了後、新たな世界が浮かびあがるこだわりとたくらみとに満ちた三中篇。「PK」「超人」「密使」からなる“未来三部作”。

三つの独立した話「PK」「超人」「密使」。それぞれにそこそこの結末もついている。それぞれの話の中には、並行して語られるさらにいくつかの物語がある。3つの話はそれぞれ独立して成立していながら、そこで語られているエピソードでちょっとずつ世界がつながっている。各話の時間的関係が分かりにくい仕掛けになっているため、ちょっと頭を使う。そうはいってもさすが伊坂幸太郎、次に何が起きるのかが気になってしまいノンストップで一気読みしてしまった。

PK 新装版(講談社文庫)[伊坂 幸太郎]
PK 新装版(PK 新装版)[伊坂幸太郎]【電子書籍】

読了:残酷な進化論(NHK出版新書 604)[更科 功]

残酷な進化論

残酷な進化論

  • 作者:更科 功
  • 出版社:NHK出版
  • 発売日: 2019年10月10日頃

心臓病・腰痛・難産になるようヒトは進化した!最新の研究が明らかにする、人体進化の不都合な真実ー「人体」をテーマに進化の本質を描く知的エンターテインメント。

なぜ私たちは生きているのか/第1部 ヒトは進化の頂点ではない(心臓病になるように進化した/鳥類や恐竜の肺にはかなわない/腎臓・尿と「存在の偉大な連鎖」/ヒトと腸内細菌の微妙な関係/いまも胃腸は進化している/ヒトの眼はどれくらい「設計ミス」か)/第2部 人類はいかにヒトになったか(腰痛は人類の宿命だけれど/ヒトはチンパンジーより「原始的」か/自然淘汰と直立二足歩行/人類が難産になった理由とは/生存闘争か、絶滅か/一夫一妻制は絶対ではない)/なぜ私たちは死ぬのか

生物学者が具体的な例を挙げて「生物進化」ってこう考えるものだよと説明しているエッセイ本。生物学にちょっとでも携わったことのある人には新奇なトピックはないけれども、生物進化について世間の人たちはきっと誤解しているだろうなぁという話題が多くとりあげられている。世間一般の生物学入門者に対する啓蒙書でもあるので、内容的には高校生物の知識程度でも理解できるように平易に説明されている。平易に説明しようとしたがために、かえって舌足らずになっていたり論理のちょっとした飛躍が気になる部分もあるんだけれども。

残酷な進化論(NHK出版新書 604)[更科 功]
残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか(NHK出版新書)[更科功]【電子書籍】

読了:人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル(ハヤカワ文庫JA)[竹田 人造]

人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル

人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル

  • 作者:竹田 人造
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年11月19日頃

首都圏ビッグデータ保安システム特別法が施行され、凶悪犯罪は激減ーにもかかわらず、親の借金で臓器を売られる瀬戸際だった人工知能技術者の三ノ瀬。彼は人工知能の心を読み、認識を欺く技術ーAdversarial Example-をフリーランス犯罪者の五嶋に見込まれ、自動運転現金輸送車の強奪に乗り出すが…。第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。人生逆転&一攫千金!ギークなふたりのサイバー・ギャングSF。

軽妙洒脱な近未来クライム小説。ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作ということでいわゆるSF新人賞作品。AI技術を軸にした大金強奪シーソーゲームのエンタメ性は抜群。でもこれってSF?

SFといえば笑っちゃうくらい途方もない科学技術や人知を超えた宇宙理論とかを、読者にそれらしく納得させるような技法を用いた作品だと思うわけ。でも、この作品はそうではない。AI技術でそういうことを目指すならシンギュラリティなんだろうけれども、この作品は最後の部分でも語られるんだけれども、訳の分からないシンギュラリティよりも、人が理解できるAIアルゴリズムを採っちゃうんだよな。つまりSF小説というより、現実的技術小説。近未来とはいえ犯罪に使われるAI技術やそれをかわす方法や理論が現在論考されているAI技術なわけですよ。つまりその理論や技術は現在巷で議論されているAI技術の範囲や問題点を逸脱することがない。だからこそこの作品がわかりやすくて読みやすいという点はあるんだけれども、SFではないよな。

あと、脇役登場人物が多い割には整理しきれていない感じがした。めぞん一刻みたいに数字にちなんだ人名の主要登場人物をそろえることにこだわり過ぎたかも。でも、エンタメ系クライム小説としては面白かったよ。

人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル(ハヤカワ文庫JA)[竹田 人造]
人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル[竹田 人造]【電子書籍】

読了:魚にも自分がわかる(ちくま新書 1607)[幸田 正典]

魚にも自分がわかる

魚にも自分がわかる

  • 作者:幸田 正典
  • 出版社:筑摩書房
  • 発売日: 2021年10月07日頃

「魚が鏡を見て、自分の体について寄生虫を取り除こうとする」。そんな研究が世界を驚かせた。それまで、鏡に映る像が自分であると理解する能力は、ヒトを含む類人猿、イルカ、ゾウ、カササギでしか確認されていなかった。それが、脊椎動物のなかでもっとも「アホ」だと思われてきた魚類にも可能だというのだ。実は、脳研究の分野でも、魚の脳はヒトの脳と同じ構造をしていることが明らかになってきている。「魚の自己意識」に取り組む世界で唯一の研究室が、動物の賢さをめぐる常識をひっくり返す!

第1章 魚の脳は原始的ではなかった/第2章 魚も顔で個体を認識する/第3章 鏡像自己認知研究の歴史/第4章 魚類ではじめて成功した鏡像自己認知実験/第5章 論文発表後の世界の反響/第6章 魚とヒトはいかに自己鏡像を認識するか?/第7章 魚類の鏡像自己認知からの今後の展望

鏡に映った自分を自分だと認識できるのは高度な脳の機能で、ヒトをはじめとした一部の高等生物しかできないと思われてきた。それは進化における脳の発達と機能の分化によるものなので当然だと。ところが、著者らの研究をはじめとして最近の知見では、脊椎動物の脳の構造はそれほど違わないことが分かってきた。

著者の研究室グループが明らかにした、魚にも鏡像自己認知ができるというセンセーショナルな実験結果と科学界の反響のドラマ。まずは仮説の検討、どのような実験で何が示せれば仮説を検証できたと言えるのか。それを論文にまとめ、どの科学雑誌に発表するか、査読とリバイス対応。納得してくれない権威との議論。長年信じられてきた権威学説において検討が漏れていたの何だったのかの考察。これら一連のいきさつが分かりやすく具体的に述べられている。生物学分野における科学的手法とはどういうものかを知る意味でもおもしろいかと。

魚にも自分がわかる(ちくま新書 1607)[幸田 正典]
魚にも自分がわかる ──動物認知研究の最先端[幸田正典]【電子書籍】

読了:いずれすべては海の中に(竹書房文庫 ぴ2-2)[サラ・ピンスカー/市田 泉]

いずれすべては海の中に

いずれすべては海の中に

  • 作者:サラ・ピンスカー/市田 泉
  • 出版社:竹書房
  • 発売日: 2022年05月31日頃

最新の義手が道路と繋がった男の話(「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」)、世代間宇宙船の中で受け継がれる記憶と歴史と音楽(「風はさまよう」)、クジラを運転して旅をするという奇妙な仕事の終わりに待つ予想外の結末(「イッカク」)、多元宇宙のサラ・ピンスカーたちが集まるサラコンで起きた殺人事件をサラ・ピンスカーのひとりで解決するSFミステリ(「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」)など。奇想の海に呑まれ、たゆたい、息を継ぎ、詠ぎ続ける。その果てに待つものはー。静かな筆致で描かれる、不思議で愛おしいフィリップ・K・ディック賞を受賞した異色短篇集。

一筋に伸びる二車線のハイウェイ/そしてわれらは暗闇の中/記憶が戻る日/いずれすべては海の中に/彼女の低いハム音/死者との対話/時間流民のためのシュウェル・ホーム/深淵をあとに歓喜して/孤独な船乗りはだれ一人/風はさまよう/オープン・ロードの聖母様/イッカク/そして(Nマイナス1)人しかいなくなった

きれいな表紙だなぁとジャケ買いしたSF短編集(買ったのは電子書籍だけど)。設定や背景やガジェットにSF要素は使われているんだけれども、登場人物はどの作品も人類で、彼女彼らの不安や焦りやどうしようもないやるせなさに溢れた心理描写に重きが置かれている。一般的な人間ドラマなのである。そして、どの作品も種明かしはされるんだけれども、オチは読者にゆだねられる。解決されないちょっとモヤっとした妙な読後感に、あぁ自分はやっぱり彼女彼らと同じ思いを抱える人間なんだなって思う次第。

地球を離れて新天地を目指す宇宙船内の文化活動を通して、過去の歴史(主に地球文明)とこれからの新しい文化の衝突や葛藤、世代間の価値観の違いとその行く末が描かれる「風はさまよう」がとりわけおもしろい。「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」のびっくり設定もユニーク。数多の並行世界にいるオリジンを共有するサラという女性が一堂に会するイベントで起きる、あるサラの殺人事件。

いずれすべては海の中に(竹書房文庫 ぴ2-2)[サラ・ピンスカー/市田 泉]
いずれすべては海の中に(いずれすべては海の中に)[サラ・ピンスカー]【電子書籍】