読了:三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

  • 作者:宝樹/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2022年07月06日頃

異星種属・三体文明の太陽系侵略に対抗する「階梯計画」。それは、敵艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送るという奇策だった。航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)はその船の推進方法を考案。船に搭載されたのは彼女の元同級生・雲天明(ユン・ティエンミン)の脳だった…。太陽系が潰滅したのち、青色惑星(プラネット・ブルー)で程心の親友・艾(アイ)AAと二人ぼっちになった天明は、秘めた過去を語り出す。三体艦隊に囚われていた間に何があったのか?『三体3 死神永生』の背後に隠された驚愕の真相が明かされる第一部「時の内側の過去」。和服姿の智子が意外なかたちで再登場する第二部「茶の湯会談」。太陽系を滅ぼした“歌い手”文明の壮大な死闘を描く第三部「天蕚」。そしてー。“三体”熱狂的ファンの著者・宝樹は、第三部『死神永生』を読み終えた直後、喪失感に耐えかね、三体宇宙の空白を埋める物語を勝手に執筆。ネットに投稿したところ絶大な反響を呼び、“三体”著者・劉慈欣の公認を得て“三体”の版元から刊行された。ファンなら誰もが知りたかった裏側が描かれる衝撃の公式外伝(スピンオフ)。

「三体」シリーズのスピンオフではあるんだろうけれども、もっと分かりやすく言うなら「三体」ファンが書いた二次創作ものだね。第3部「死神永生」の取りこぼしを拾っていき発展させたストーリー。

オリジナル「三体」シリーズの魅力は多少の伏線回収漏れなど気にもしていないかのような、おおざっぱながらも力強く進む大陸的文学要素にあったとラフは思っているわけよ(その点がこれまでのSF作品と一線を画す点でもある)。それに対して本作は、「まぁ細かいことは気にするな」とオリジナルでは捨て置かれたようなところまでを几帳面に拾っていく、繊細でロマンティックな作風(恋愛要素入り)。このあたりがオリジナルの「三体」らしさを期待して読み始めると裏切られる点かも。

これはこれで、オリジナル「三体」への愛も感じられるし、よく考えられたエンターテイメントとして、とてもおもしろいよ(「あれはそう解決したのか」とか感心する点も多かった)。でも「三体」とは別物だなというのがラフの感想(そりゃそうだ)。

三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]
三体X 【観想之宙/かんそうのそら】[宝樹]【電子書籍】

読了:他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。 #なんで僕に聞くんだろう。[幡野 広志]

ガンになった写真家に、アクセス殺到。webメディアcakesで2019年&2020年上期、もっとも読まれた記事1位の人生相談。

はじめにー迷子になった子どもが目的地にたどり着けたなら、それは子どもが頑張ったから/生きる希望を感動ポルノの監督に作られたくない/あなたともあなたの彼氏とも、付き合いたいという人はいない/答えはみつからないし、なんて伝えればいいかわからないけど/勝ち負けで考えることの問題点/二十歳で童貞のあなたへ/配偶者も間違えたら選びなおせばいい/「子どもが生まれたからがむしゃらに働く」ってそれは逆でしょ/これはあなたが結婚するための戦略です。メリットだらけでデメリットはほぼありません/好きなことを勉強し、好きなことを遊べ〔ほか〕

悩み事相談「なんで僕に聞くんだろう」の第2弾。第1弾の感想はこちら。

読了:なんで僕に聞くんだろう。[幡野広志]

タイトルのように「他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと」。相談者は真剣に悩んでいるんだろうけれども、生の相談文面の気持ち悪さったらありゃしない。著者はそれに向き合いつつも自身の価値観で「ダメなものはダメ」「あなたがやらなくてはならないことは○○」とばっさばっさ切っていくが、「息子に同じことを相談されたらどう答えるか?」という判断基準があるのでそこには愛があるような気がする。「他人に振り回される」ことのバカらしさを説く回答が多いかなぁ。でも、相談者はこういった回答をされてもきっと満足していないんだろうなぁ。だってホントは愚痴とか自己憐憫を聞いてもらいたいだけに見受けられる相談が多いんだもん。「自分の悩みはおおごと」なのに、なぜそれを分かってもらえないのか?って思っているはず。この著者は「他人の悩み」の気持ち悪さによく向き合ってると思うよ。

そういえば、この悩み相談連載、一時期炎上していたなぁ……。

他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。 #なんで僕に聞くんだろう。[幡野 広志]
他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。 #なんで僕に聞くんだろう。(なんで僕に聞くんだろう。)[幡野広志]【電子書籍】

読了:奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]

奇書を奇書たらしめるものは、読み手の価値観である。人は時代に合わせて「信じたいもの」を選択してきた。時には、嘘にまみれた書物を受け入れて過ちすら犯す。過去は変えられないが、奇書の歴史を学びとし、未来をどう生きるのか。

01 ノストラダムスの大予言(ミシェル・ド・ノートルダム著)世界一有名な占い師はどんな未来もお見通しだった!…のか?/02 シオン賢者の議定書ーかの独裁者を大量虐殺へ駆り立てた人種差別についての偽書/03 疫神の詫び証文ー伝染病の収束を願って創られた、疫病神からのお便り/番外編01 産褥熱の病理(イグナーツ・ゼンメルワイス著)-ウイルス学誕生前に突き止めた「手洗いの重要性」について/04 Liber Primus(Cicada3301)-諜報機関の採用試験か?ただの愉快犯か?ネットに突如現れた謎解きゲーム/05 盂蘭盆経(竺法護 漢訳)-儒教と仏教の仲を取り持った「偽経」/06 農業生物学(トロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコ著)-科学的根拠なしの「“画期的な”農業技術」について/番外編02 動物の解放(ピーター・シンガー著)-食事の未来を変えるかもしれない、動物への道徳的配慮について

前作の感想はこちら

読了:奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]

前作に引き続き、もともとがネット動画なので、内容は軽くて薄い(前作以上に軽いかも)。軽いのも当然、ネットの民を対象にした「こういう面白い本がある」という紹介なのだから、ちっとも難しくないのである。いわゆる本好きにはちょっと物足りない。個人的には医学生物学関係とITの話題が多かったので、知識を整理する分にしてもかなり物足りなかった。それでも、著者はこの本の対象者を明確に定めており、分かりやすくするためにきちんと記述してある点は相変わらず徹底している。そして言葉もかなり選んで使っている点にも好感が持てる。各章の扉絵もステキ。

今回も、偽書もあれば、奇妙な境遇の本、今では(当時も)否定された理論の本などを取り上げているが、中でもユニークなのは「Cicada3301」の追跡の章。ネット上で話題になったものなのでどういうものかは知っていたけれども、そのいきさつを丹念に追っている。この章で出てくる本は、本そのものというより、本を使った暗号が使われているというもの。あとは「シオン賢者の議定書」(偽書だということは知っていた)がどういう変遷を得て編まれたものかの由来(ウンベルト・エーコによる)はおもしろい。

奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]
奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語(奇書の世界史)[三崎 律日]【電子書籍】

読了:シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

  • 作者:シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム
  • 出版社:竹書房
  • 発売日: 2020年09月30日頃

エルサレムを死神が闊歩したり(「エルサレムの死神」)、進化した巨大ネズミに大学生とぽんこつロボットが挑んだり(「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」)、テルアビブではUFOが降りてきてロバが話し出すこともある(「ろくでもない秋」)。あなたは、天の光が消えた空を見つめる少年(「星々の狩人」)や悩めるテレパス(「完璧な娘」)とも出逢うだろう。アレキサンドリア図書館(「アレキサンドリアを焼く」)に足を踏み入れ、無慈悲な神によって支配されている世界を覗くだろう(「信心者たち」)。未知なる星々のまばゆいばかりの輝きをあなたは目にする。その光はあなたの心を捉えて放さないはずだー。ロバート・シルヴァーバーグによる序文、編者による「イスラエルSFの歴史」をも含む、知られざるイスラエルSFの世界を一望の中に収める傑作集。

オレンジ畑の香り(ラヴィ・ティドハー)/スロー族(ガイル・ハエヴェン)/アレキサンドリアを焼く(ケレン・ランズマン)/完璧な娘(ガイ・ハソン)/星々の狩人(ナヴァ・セメル)/可能性世界(エヤル・テレル)/鏡(ロテム・バルヒン)/シュテルン=ゲルラッハのネズミ(モルデハイ・サソン)/夜の似合う場所(サヴィヨン・リーブレヒト)/エルサレムの死神(エレナ・ゴメル)/白いカーテン(ペサハ(パヴェル)・エマヌエル)/男の夢(ヤエル・フルマン)/二分早く(グル・ショムロン)/ろくでもない秋(ニタイ・ペレツ)/立ち去らなくては(シモン・アダフ)

これまでも、国別SFアンソロジーを紹介してきた。

中国SF短編集の感想はこちら

読了:折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]

韓国SF短編集の感想はこちら

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

今回はイスラエル発のSFファンタジーアンソロジー。なんといっても、ユダヤの民はヘブライ語聖書(キリスト教の旧約聖書のオリジナルに相当するもの)という多くの人に知られている、ある意味壮大なるファンタジーをものした民族である。とはいえ、近代のシオニズム運動においては、敬虔なユダヤ教徒からすれば、聖書は唯一の聖典でありそれ以外の創作物語というものは認められてこなかったという背景を持つらしい(このあたりの事情は解説の「イスラエルSFの歴史」に詳しい)。で、本著に取り上げられている作品も多くは今世紀に入ってからの作品ということだ。著者紹介を読むと専門フィクション文筆業の人よりも、兼業作家や芸術家といった感じの人が目立つ。

におい立つ地中海と中東の香りにあふれた話があれば、突拍子もない奇想天外な話もある。冒頭の「オレンジ畑の香り」が幻想的な話で引き込まれた。また「アレキサンドリアを焼く」と「立ち去らなくては」の2編はとりわけ面白かった。

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]
シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選)[中村融/安野玲/市田泉]【電子書籍】

読了:絶望を希望に変える経済学[アビジット・V・バナジー/エステル・デュフロ]

絶望を希望に変える経済学

絶望を希望に変える経済学

  • 作者:アビジット・V・バナジー/エステル・デュフロ
  • 出版社:日経BP 日本経済新聞出版本部
  • 発売日: 2020年05月13日頃

いま、あらゆる国で、議論の膠着化が見られる。多くの政治指導者が怒りを煽り、不信感を蔓延させ、二極化を深刻にして、建設的な行動を起こさず、課題が放置されるという悪循環が起きている。移民、貿易、成長、不平等、環境といった重要な経済問題に関する議論はどんどんおかしな方向に進み、富裕国の問題は、発展途上国の問題と気味悪いほど似てきた。経済成長から取り残された人々、拡大する不平等、政府に対する不信、分劣する社会と政治…この現代の危機において、まともな「よい経済学」には何ができるのだろうか?よりよい世界にするために、経済学にできることを真っ正面から問いかける、希望の書。

1 経済学が信頼を取り戻すために/2 鮫の口から逃げて/3 自由貿易はいいことか?/4 好きなもの・欲しいもの・必要なもの/5 成長の終焉?/6 気温が二度上がったら…/7 不平等はなぜ拡大したか/8 政府には何ができるか/9 救済と尊厳のはざまで/結論 よい経済学と悪い経済学

このところ心が乾燥しているラフには、著者ら(ノーベル経済学賞受賞者)の言うところの「希望」がなんだか白々しく思えてしまう時があって「いかんいかん」と何度も思い直した。彼らが真剣に取り組んでいるんだから、こちらも真剣に応じねばと思わせる。

今世界中で起こっている問題に対して経済学的視点から私たちは何にどう取り組んでいくべきなのか?を提言している。移民、自由貿易、ベーシックインカムをはじめとする世間を騒がせている問題について、その真偽を含め、フィールドワークの成果(論文)をふんだんに盛り込んで誠実に論を展開していく。労働の需要供給弾力性は思われるほどにはないということとか、富の再分配が機能しないとどうなるかとか。フィールドワークが結構心理学っぽくておもしろい(行動経済学とは心理学とみたり)。無知に付け込んだ欺瞞に振り回されないためにも今読んでおいたほうが良い本かも。ところで各種フィールドワークでコントロールに選ばれた群(放っておいたらどうなるか群)に対しての救いがないように思ったのだが、これはこれでいいのか?(それともなんらかの救済策は講じられるのか?)

絶望を希望に変える経済学[アビジット・V・バナジー/エステル・デュフロ]
絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか[アビジット・V・バナジー/エステル・デュフロ]【電子書籍】

読了:意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]

意識と感覚のない世界

意識と感覚のない世界

  • 作者:ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日: 2019年12月18日頃

2012年、権威ある医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』は、その200年の歴史において掲載した論文のなかから、もっとも重要な一本を選ぶ読者投票を行った。読者が選んだ「栄えあるベストワン」は、1846年に掲載されたエーテル吸入による初めての無痛手術についての論文であった。今日では、麻酔は脳や心臓の手術から虫歯の治療にいたるまで、医療現場になくてはならないものになった。しかし、発見から170年以上が経ったいまでも、麻酔薬が私たちに作用するメカニズムは多くの謎に包まれたままなのだ。メスで身体を切り刻まれているあいだ、痛みを感じないのはなぜなのか?手術のあと、何事もなかったように目を覚ますことができるのはなぜなのか?3万回以上の処置を行ってきた麻酔科医が、麻酔薬の歴史から麻酔科医の日常までを描く、謎めいた医療技術をめぐるノンフィクション。

深い眠り/麻酔科医のコマンドセンター/五つのA/線路のような麻酔記録/マスクの恐怖/絶飲食/心臓の鼓動/特別変わった患者/つきまとうミス/待たされる側になると/折り鶴/囚われた脳/目で見て、やってみて、教えてみよ/覚醒/安全な旅路

麻酔って医学分野においてなくてはならないものであるにもかかわらず、そのメカニズムっていまだに謎なんだってね。

さて、本書は麻酔科医による医学エッセイ。麻酔の歴史や、麻酔科医の医療現場における役割や作業、そして使命について、著者のこれまでの経験からの麻酔科医の未来の展望までを語る。手術を受ける患者にとっては、麻酔科医というのは手術直前に初めて会って、かつ術前最後に会う医者でもある、そして手術後にはあまり会わない医者。じゃ、そんな大したことがないのかというとさにあらず。手術前からその患者のことを調べ、患者の不安を取り除くのも仕事。また手術中もつきっきりで患者の様態が安定するようにコントロールする責任を負っている。医者としては花形ではないのかもしれないが、欠くべからざる役割を担っている。それでいながら一般には知られていないため軽視されがちな麻酔科医の仕事と存在意義を知るには、非常に勉強になる。

意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]
意識と感覚のない世界ーー実のところ、麻酔科医は何をしているのか[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/勝間田敬弘]【電子書籍】

読了:比較史の方法(講談社学術文庫)[マルク・ブロック/高橋 清徳]

比較史の方法

比較史の方法

  • 作者:マルク・ブロック/高橋 清徳
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2017年07月11日頃

ブローデル、アリエス、ル・ゴフらを輩出したアナール派の創始者マルク・ブロック(一八八六ー一九四四年)。一九二八年に行われた講演の記録である本書は、歴史の中で「比較」を行うことの意義と問題点を豊富な具体例をまじえながら分かりやすく説明する。「われわれは歴史から何を知ることができるのか」という問いに迫っていく最良の歴史学入門。

マルク・ブロックの講演記録が前半(1920年代の講演らしい)。後半は訳者による解説で、前半の講演内容を改めて分かりやすく整理して解説してくれている。歴史の本というよりかは、歴史学の本。もっと言ってしまえば、「比較」とは何か、歴史において「比較する」とはどういうことかといった定義や方法論が延々と続く。よって哲学の本でも読んでいるかのような面倒くささがあった。登場する歴史の具体例も、ヨーロッパ史における制度の比較例の列挙であってその内容の説明はほぼない。方法論の展開はおもしろいけれども、歴史の書物として期待して読むとおそろしく抽象的で難解な内容に面食らう。

比較史の方法(講談社学術文庫)[マルク・ブロック/高橋 清徳]
比較史の方法(比較史の方法)[マルク・ブロック]【電子書籍】

読了:ルネサンスの女たち(新潮文庫)[塩野 七生]

ルネサンスの女たち

ルネサンスの女たち

  • 作者:塩野 七生
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 2012年08月

若々しく大胆な魂と冷徹な現実主義に支えられた時、政治もまた芸術的に美しい。ルネサンスとはそういう時代であった。女たちはその時、政争と戦乱の世を生き延びることが求められた。夫を敵国の人質にとられれば解放を求めて交渉し、生家の男たちの権力闘争に巻き込まれ、また時には篭城戦の指揮もとるー。時代を代表する四人の女の人生を鮮やかに描き出した、塩野文学の出発点。

塩野のデビュー作をようやく。ルネサンスイタリアの4人の貴族女性の人生。ルネサンス芸術の庇護者でもあったイザベッラ・デステ、父と兄の陰に隠れがちなルクレツィア・ボルジア、女傑カテリーナ・スフォルツァ、そして生国ヴェネツィアにいいように利用されたキプロス女王カテリーナ・コルネール。塩野自身は全く共感できない女性もいると言いながらも、どの女性の人生も魅力的に描かれている。

ルネサンスの女たち(新潮文庫)[塩野 七生]

読了:インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

インド夜想曲

インド夜想曲

  • 作者:アントーニョ・タブッキ/須賀敦子
  • 出版社:白水社
  • 発売日: 1993年10月

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公の前に現れる幻想と瞑想に充ちた世界。ホテルとは名ばかりのスラム街の宿。すえた汗の匂いで息のつまりそうな夜の病院。不妊の女たちにあがめられた巨根の老人。夜中のバス停留所で出会う、うつくしい目の少年。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべき、このミステリー仕立ての小説は読者をインドの夜の帳の中に誘い込む。イタリア文学の鬼才が描く十二の夜の物語。

「インドで失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です。」

不眠の物語でありかつ旅行の物語。失踪した友人を探しにインドにやって来たイタリア人の「僕」が体験した、におい立つ夜のインドで出会う人々との交流が幻想的に描かれる。これがとても美しいのだ。具体的な場面描写というよりも、そこに漂う雰囲気、ひいては文体の美しさというか。そういう点では日本語訳も優れているんだと思う。最後2つの夜でこの小説がメタ小説の一種であることがわかるものの、枠外と枠内の物語も混沌として交じり合う様がこれまたインドの夜にふさわしい。「訳者あとがき」にあるように、とにかく「だまされたと思って、読んでよ。」

メモ:「ナイチンゲール」の和名は「小夜啼鳥」

インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

読了:こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

  • 作者:アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年06月16日頃

時空の覇権を争う二大勢力“エージェンシー”と“ガーデン”の工作員は、あらゆる時代と場所に介入し、自陣に有利な未来を作り出すべく永い暗闘を続けていた。ある平行世界で二つの巨大帝国を壊滅させるミッションを成功させた“エージェンシー”の工作員レッドは、作戦遂行中ずっと、本来ならそこにいるはずのない敵の存在を感じていた。そして、激闘を終えた静寂の中で、“ガーデン”の工作員ブルーからの手紙を発見するー思いがけず文通を始めた彼女たちは、やがてお互いを好敵手と認めあうようになるが…ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞を受賞した、超絶技巧の時空横断SF中篇。

あまたの並行世界をめぐる「エージェンシー」陣営と「ガーデン」陣営の時空戦争が舞台となるファンタジーSF小説。「エージェンシー」の工作員レッドは、「ガーデン」の工作員ブルーからの手紙を発見する。自陣に知られることないように注意を払いながら、様々な手を使って文通を始めることになる二人の工作員。やがてお互いの存在が双方にとって欠かせないものになっていくのだが、二人の関係はそれぞれの司令官に気付かれてしまい……。

この手紙のやり取りが機知に富んだものでおもしろい。やがてそのやりとりは互いへの想いへと変わっていく。並行世界での戦いの中で描かれるこれらの文通シーン(というか文面)が本当に魅力的。この作品最大のおもしろさはここにあり。上官に察知されるのは中ほどなんだけれども、ここからラストに向けて展開が怒涛の如く早くなっていく。しかし一気に畳み込むものの「そういう結末のSFは他にも知ってるよ」という感じのラストで意外性はない。2時間ほどのSFアニメ映画とかでありそうな感じ(この作品そのものがそんな感じでもあるが)。それなりに感動はさせるけれども、ちょっとありふれた結末には拍子抜け。

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]
こうしてあなたたちは時間戦争に負ける[アマル エル モータル/マックス グラッドストン]【電子書籍】