読了:比較史の方法(講談社学術文庫)[マルク・ブロック/高橋 清徳]

比較史の方法

比較史の方法

  • 作者:マルク・ブロック/高橋 清徳
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2017年07月11日頃

ブローデル、アリエス、ル・ゴフらを輩出したアナール派の創始者マルク・ブロック(一八八六ー一九四四年)。一九二八年に行われた講演の記録である本書は、歴史の中で「比較」を行うことの意義と問題点を豊富な具体例をまじえながら分かりやすく説明する。「われわれは歴史から何を知ることができるのか」という問いに迫っていく最良の歴史学入門。

マルク・ブロックの講演記録が前半(1920年代の講演らしい)。後半は訳者による解説で、前半の講演内容を改めて分かりやすく整理して解説してくれている。歴史の本というよりかは、歴史学の本。もっと言ってしまえば、「比較」とは何か、歴史において「比較する」とはどういうことかといった定義や方法論が延々と続く。よって哲学の本でも読んでいるかのような面倒くささがあった。登場する歴史の具体例も、ヨーロッパ史における制度の比較例の列挙であってその内容の説明はほぼない。方法論の展開はおもしろいけれども、歴史の書物として期待して読むとおそろしく抽象的で難解な内容に面食らう。

比較史の方法(講談社学術文庫)[マルク・ブロック/高橋 清徳]
比較史の方法(比較史の方法)[マルク・ブロック]【電子書籍】

読了:ルネサンスの女たち(新潮文庫)[塩野 七生]

ルネサンスの女たち

ルネサンスの女たち

  • 作者:塩野 七生
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 2012年08月

若々しく大胆な魂と冷徹な現実主義に支えられた時、政治もまた芸術的に美しい。ルネサンスとはそういう時代であった。女たちはその時、政争と戦乱の世を生き延びることが求められた。夫を敵国の人質にとられれば解放を求めて交渉し、生家の男たちの権力闘争に巻き込まれ、また時には篭城戦の指揮もとるー。時代を代表する四人の女の人生を鮮やかに描き出した、塩野文学の出発点。

塩野のデビュー作をようやく。ルネサンスイタリアの4人の貴族女性の人生。ルネサンス芸術の庇護者でもあったイザベッラ・デステ、父と兄の陰に隠れがちなルクレツィア・ボルジア、女傑カテリーナ・スフォルツァ、そして生国ヴェネツィアにいいように利用されたキプロス女王カテリーナ・コルネール。塩野自身は全く共感できない女性もいると言いながらも、どの女性の人生も魅力的に描かれている。

ルネサンスの女たち(新潮文庫)[塩野 七生]

読了:インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

インド夜想曲

インド夜想曲

  • 作者:アントーニョ・タブッキ/須賀敦子
  • 出版社:白水社
  • 発売日: 1993年10月

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公の前に現れる幻想と瞑想に充ちた世界。ホテルとは名ばかりのスラム街の宿。すえた汗の匂いで息のつまりそうな夜の病院。不妊の女たちにあがめられた巨根の老人。夜中のバス停留所で出会う、うつくしい目の少年。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべき、このミステリー仕立ての小説は読者をインドの夜の帳の中に誘い込む。イタリア文学の鬼才が描く十二の夜の物語。

「インドで失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です。」

不眠の物語でありかつ旅行の物語。失踪した友人を探しにインドにやって来たイタリア人の「僕」が体験した、におい立つ夜のインドで出会う人々との交流が幻想的に描かれる。これがとても美しいのだ。具体的な場面描写というよりも、そこに漂う雰囲気、ひいては文体の美しさというか。そういう点では日本語訳も優れているんだと思う。最後2つの夜でこの小説がメタ小説の一種であることがわかるものの、枠外と枠内の物語も混沌として交じり合う様がこれまたインドの夜にふさわしい。「訳者あとがき」にあるように、とにかく「だまされたと思って、読んでよ。」

メモ:「ナイチンゲール」の和名は「小夜啼鳥」

インド夜想曲(白水Uブックス)[アントーニョ・タブッキ/須賀敦子]

読了:こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける

  • 作者:アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年06月16日頃

時空の覇権を争う二大勢力“エージェンシー”と“ガーデン”の工作員は、あらゆる時代と場所に介入し、自陣に有利な未来を作り出すべく永い暗闘を続けていた。ある平行世界で二つの巨大帝国を壊滅させるミッションを成功させた“エージェンシー”の工作員レッドは、作戦遂行中ずっと、本来ならそこにいるはずのない敵の存在を感じていた。そして、激闘を終えた静寂の中で、“ガーデン”の工作員ブルーからの手紙を発見するー思いがけず文通を始めた彼女たちは、やがてお互いを好敵手と認めあうようになるが…ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞を受賞した、超絶技巧の時空横断SF中篇。

あまたの並行世界をめぐる「エージェンシー」陣営と「ガーデン」陣営の時空戦争が舞台となるファンタジーSF小説。「エージェンシー」の工作員レッドは、「ガーデン」の工作員ブルーからの手紙を発見する。自陣に知られることないように注意を払いながら、様々な手を使って文通を始めることになる二人の工作員。やがてお互いの存在が双方にとって欠かせないものになっていくのだが、二人の関係はそれぞれの司令官に気付かれてしまい……。

この手紙のやり取りが機知に富んだものでおもしろい。やがてそのやりとりは互いへの想いへと変わっていく。並行世界での戦いの中で描かれるこれらの文通シーン(というか文面)が本当に魅力的。この作品最大のおもしろさはここにあり。上官に察知されるのは中ほどなんだけれども、ここからラストに向けて展開が怒涛の如く早くなっていく。しかし一気に畳み込むものの「そういう結末のSFは他にも知ってるよ」という感じのラストで意外性はない。2時間ほどのSFアニメ映画とかでありそうな感じ(この作品そのものがそんな感じでもあるが)。それなりに感動はさせるけれども、ちょっとありふれた結末には拍子抜け。

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン]
こうしてあなたたちは時間戦争に負ける[アマル エル モータル/マックス グラッドストン]【電子書籍】

読了:憲法で読むアメリカ史(ちくま学芸文庫)[阿川尚之]

憲法で読むアメリカ史

憲法で読むアメリカ史

  • 作者:阿川尚之
  • 出版社:筑摩書房
  • 発売日: 2013年11月

建国から二百数十年、自由と民主主義の理念を体現し、唯一の超大国として世界に関与しつづけるアメリカ合衆国。その歴史をひもとくと、各時代の危機を常に「憲法問題」として乗り越えてきた、この国の特異性が見て取れる。憲法という視点を抜きに、アメリカの真の姿を理解するのは難しい。建国当初の連邦と州の権限争い、南北戦争と奴隷解放、二度の世界大戦、大恐慌とニューディール、冷戦と言論の自由、公民権運動ー。アメリカは、最高裁の判決を通じて、こうした困難にどう対峙してきたのか。その歩みを、憲法を糸口にしてあざやかに物語る。第6回読売・吉野作造賞受賞作の完全版!

アメリカ合衆国憲法の誕生/憲法批准と『ザ・フェデラリスト』/憲法を解釈するのはだれか/マーシャル判事と連邦の優越/チェロキー族事件と涙の道/黒人奴隷とアメリカ憲法/奴隷問題の変質と南北対立/合衆国の拡大と奴隷制度/ドレッド・スコット事件/南北戦争への序曲〔ほか〕

アメリカ史を時代ごとの憲法解釈の面(つまりは司法)からたどる。アメリカ史の主要トピックであるアメリカ独立、南北戦争、二度の世界大戦、またネイティブアメリカン問題、人種人権問題をアメリカがどうやって乗り越えてきたのか。司法(連邦最高裁とその判例における憲法解釈)を通してみてみるとアメリカ史にはこういう面白さもあるのかと思うところ多し。そもそも、アメリカの州(日本の都道府県とは違ったもっと独立性の高い存在)と連邦政府の関わりを憲法はどのように定めて連邦政府の権限を縛っているのか、連邦政府はどこまで州に関われるのかという遷移を知ることができる。憲法解釈のためのキーワードが素人には若干難しいものの、全体的には読みやすくおもしろかった。

憲法で読むアメリカ史(ちくま学芸文庫)[阿川尚之]
憲法で読むアメリカ史(全)[阿川尚之]【電子書籍】

読了:熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス(富士見L文庫)[キタハラ/慧子]

顔よし、体よし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲の良い大学生・みのりは、同級生から彼の噂を聞く。どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出ているというのだ。熊本くんの部屋で二人、彼が作った甘口のカレーを食べながら、みのりは同級生の言葉を思い出す。帰りの駅のベンチで、少し後ろめたさを感じながらも「熊本祥介」と、スマホで検索を続けるがー。ゲイの熊本くんの、汚くて繊細な青春物語。第4回カクヨムコン大賞受賞の問題作が待望の文庫化。

デビュー作であるとはいえ、素人臭が濃厚に漂っていた。タイトル(とりわけ副題いる?)や書籍紹介文から想定していたものとは全然違う、不思議な小説だった。

ミステリーでもありオカルトでもありファンタジーでもありライトポルノでもあり、描かれるのも宗教でもあり家族でもあり青春でもあり……。なんでもありのてんこ盛り小説。作中設定がパズルのピースをきちんとはめるためか、出てくるものを都合よく関連付けておきましたって感じ。内容も論点はちょっと重いんだけれども、深みは全く足りていない。登場人物の属性が強烈な設定であるにもかかわらず、ちょこっとずつしかスポットライトを当てられていないので、人物像の奥行が今一つ(自殺者を含め何人か死んでいるのに……)

構成のアイデアとして真ん中を「熊本くん」が書いた小説にするという考えは悪くはないんだけれども、小説ではないはずの前後の章との差が際立っていないため、結果としてあまり効果的になっていない。「熊本くん」がなぜこの小説を書いたのか、書かずにいられなかったのか、そこのところの訴求も不足。

とまぁ散々けなしておきながら、それでもこの読み物はエンターテイメントとしては面白い。実際に飽くことなく一気読みしてしまったわけだから。

熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス(富士見L文庫)[キタハラ/慧子]
熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス(熊本くんの本棚)[キタハラ/慧子]【電子書籍】

読了:病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(下)

病の皇帝「がん」に挑む(下)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

20世紀に入り、怪物「がん」と闘うには「治療」という攻撃だけでなく、「予防」という防御が必要であることがわかる。かくて、がんを引き起こす最大の犯人として、たばこが指名手配されたが…人類と「がん」との40世紀にわたる闘いの歴史を壮絶に描き出す!ピュリッツァー賞、ガーディアン賞、受賞作。

第4部 予防こそ最善の治療(「まっくろな棺」/皇帝のナイロンストッキング/「夜盗」 ほか)/第5部 「われわれ自身のゆがんだバージョン」(「単一の原因」/ウイルスの明かりの下で/「サーク狩り」 ほか)/第6部 長い努力の成果(「何一つ、無駄な努力はなかった」/古いがんの新しい薬/紐の都市 ほか)

上巻の感想はこちら

読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

下巻は「がん」の「予防」から。肺がんとたばこの関係は法廷ドラマのように描かれる。続いて「がん」の発生メカニズムへの挑戦が描かれる。ゲノムプロジェクトの進行とともに各地の研究者が「がん」遺伝子とその治療法を探求する競争。今となっては古典ともいえるストラテジーも当時は試行錯誤の末にたどり着いたものであったのだ。個人的にはこの章が一番おもしろかった。刊行された当時のゲノムプロジェクトあたりで話が終わってしまっているのが、仕方ないとはいえ残念。

これに続く「遺伝子ー親密なる人類史ー」にしろ、シッダールタ・ムカジーの物語を紡ぎだす才はすばらしい。この人、文筆家やジャーナリストではなく、臨床腫瘍科医なんだよ。

病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(下)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】

読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(上)

病の皇帝「がん」に挑む(上)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

地球全体で、年間700万以上の人命を奪うがん。紀元前の昔から現代まで、人間を苦しめてきた「病の皇帝」の真の姿を、患者、医師の苦闘の歴史をとおして迫真の筆致で明らかにし、ピュリッツァー賞、ガーディアン賞を受賞した傑作ノンフィクション。

第1部 「沸き立たない黒胆汁」(「血液化膿症」/「ギロチンよりも飽くことを知らない怪物」/ファーバーの挑戦状 ほか)/第2部 せっかちな闘い(「社会を形成する」/「化学療法の新しい友人」/「肉屋」 ほか)/第3部 「よくならなかったら、先生はわたしを見捨てるのですか?」(「われわれは神を信じる。だがそれ以外はすべて、データが必要だ」/「微笑む腫瘍医」/敵を知る ほか)

シッダールタ・ムカジーの「遺伝子」がすごくおもしろかったので、その前に書いている本書もぜひ読んでみたいと思っていた次第。「遺伝子」の感想は以下。

読了:遺伝子ー親密なる人類史ー 【電子書籍】[ シッダールタ ムカジー ]

本書の日本語版出版が2013年にだから最新の情報まではフォローしきれていないにしても、がんとは何か、人類はどう対処してきたのかを知りたければ今でも十分に読む価値あり。

腫瘍医として臨床の場での体験と、自身が立ち向かっている「がん」の歴史、そして人類の紆余曲折の苦闘を物語として語っていく。読みやすく分かりやすい構成になっているところが良い。科学啓蒙書でありながら、歴史ドラマにもなっているのだ。上巻ではがんの歴史、そして主に欧米における(とりわけアメリカにおける)外科的切除術、放射線治療、薬物化学的療法の3つの主要な治療法の歴史、ならびに初期のがん対策ロビー活動について表わされている。

病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(上)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】

読了:言語学バーリ・トゥード Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか[川添 愛]

ラッシャー木村の「こんばんは」に,なぜファンはズッコケたのか.ユーミンの名曲を,なぜ「恋人はサンタクロース」と勘違いしてしまうのか.日常にある言語学の話題を,ユーモアあふれる巧みな文章で綴る.著者の新たな境地,抱腹絶倒必至!

ここ最近なりをひそめているけれども、ラフは読みようによっては言葉ケーサツみたいなことを垂れ流していたりすることがあるのだよ。でも、これを読んで「あぁ俺のやっていることってばなんて恥ずかしい……」と思うことしきり。

東京大学出版会の広報誌「UP」(University Pressの略でユーピーと読むらしい)に連載している川添愛氏の「言語学バーリ・トゥード」をまとめたもの(+書き下ろし)。「言語学」とあるが、日常シーンに登場する言葉のおもしろさや、なぜそう感じるのかを学術テイストで考察していくエッセイ。堅苦しくないユーモアあふれる読み物で手を付けたら止まらない。おもしろいけれども、こういう文章を書くっていうのは相当な知的バックボーンを持っていないとムリだよなぁ、と思ったり思わなかったり。また随所に著者のプロレス愛があふれていてほほえましい。「バーリ・トゥード」の意味もおもしろいいきさつで説明されているので、気になった方はぜひ読んでみて。

言語学バーリ・トゥード[川添 愛]
言語学バーリ・トゥード(言語学バーリ・トゥード)[川添愛]【電子書籍】

読了:ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日(竹書房文庫 と4-1)[キース・トーマス/佐田 千織]

ダリア・ミッチェル博士によって発見された謎のパルスコードは、高度な知性を持つ銀河系外の生命体が送信したものだった。それは地球人のDNAをハッキングするコードであり、その結果、世界から数十億人が消失した。パルスコードとは、いったいなんだったのか。そして消えたひとびとはどこへ行ったのか。パルスコードの発見から5年。ジャーナリストのキース・トーマスが世界を変えた出来事の意味を明らかにする。ミッチェル博士の私的な記録とアメリカ前大統領へのインタビューをはじめ、世界を変える現象に立ち向かった対策チームの機密記録、関係者へのインタビューをまとめた一冊が遂に刊行。

ノンフィクションルポルタージュ『「上昇」秘録-ひとりの女性の発見が、いかにして人類史上最大の出来事につながったか-』の体裁をとったSF小説。中身のノンフィクション部分はある意味偽書ともいえる。

2023年に起きた一連の出来事(外宇宙からのパルスの到着、「上昇」とよばれる現象、そして迎えた「終局」)。人類の数十億人を失ったその後の世界で、あの出来事は何だったのかを振り返る。パルスの発見者ダリア・ミッチェルの日記、関係者へのインタビュー、当時の事情聴取記録や会議記録などをまとめた2028年に出版されたノンフィクションの体。これがもっともらしくなるように工夫されている。なかでも膨大で巧みに練られた脚注は見事。巻頭辞は当時(2023年)の事態収拾にあたった元アメリカ大統領によるものだし、最後には架空の人物(しかも多い)にあてた謝辞や、架空の書物が並ぶ参考文献まで念入りにきちんと作成されている。

すでに起こった事件の振り返りというルポなので、このルポを読む人たちにはすでに分かっていること(起こったこと)を改めて何だったのかを考えるという前提で書かれているのだけれども、さらに外側にいる我々SF小説の読者という立場から見ると、何かが起こったのはわかるんだけれども何がどういう風に起こったのかを徐々に知っていくことになり、それがミステリーっぽい仕上がりになっていてエンターテイメントとしてとてもよくできている。また舞台は2023年(来年だよ)なので、まさに今の世相を多分に反映していて違和感がない。今こういうことがあっても、きっとこういう風な展開をするんだろうなぁということが実感として納得できる。外宇宙の異文明からのパルスによって人類がパニックに陥っていくというSFの要素がわざとらしくならないように敢えて抑えられている演出もうまい。

ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日(竹書房文庫 と4-1)[キース・トーマス/佐田 千織]
ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日(ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日)[キース・トーマス]【電子書籍】