読了:善と悪の経済学[トーマス・セドラチェク/村井章子]

善と悪の経済学

善と悪の経済学

  • 作者:トーマス・セドラチェク/村井章子
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 発売日: 2015年05月29日頃

人類の幸福を示せるか?欧州騒然!チェコのベストセラー、ついに日本上陸。歴史、哲学、心理学、古代の神話。知の境界を越える5000年の旅。経済学の進むべき道はここにある。

経済学の物語ー詩から学問へ/第1部 古代から近代へ(ギルガメシュ叙事詩/旧約聖書/古代ギリシャ/キリスト教/デカルトと機械論 ほか)/第2部 無礼な思想(強欲の必要性ー欲望の歴史/進歩、ニューアダム、安息日の経済学/善悪軸と経済学のバイブル/市場の見えざる手とホモ・エコノミクスの歴史/アニマルスピリットの歴史 ほか)

近代経済学の祖とされるアダム・スミスによる「見えざる手」を核として、現在の主流派経済学は数学を振り回し倫理という面が抜け落ちているのではないかと問いかける。アダム・スミスの「見えざる手」は、個々の投資家の利己的な投資や財産形成戦略が結果として社会全体の利益となり経済成長を実現するとされている。しかしアダム・スミスは本当にそういう「見えざる手」について言及したのか?どうも誤解されているらしい。そもそもがアダム・スミスは倫理哲学者であり、利己的論には与していないのだ。

本書で述べられる「善悪」は主に利己的なふるまいに関することが多い。第1部は縦軸としての近代経済学が立ち上がる前の歴史的な側面から経済と「善悪」の関係をたどる。第2部では、横軸として個々の論点で現在の経済学から倫理面が抜け落ちた問題点に言及する。デカルト以降経済学は数式で記述されるようになり、「すべての条件が同じであれば」という現実にはあり得ない前提条件(時に結論自体がそこに含まれている)を濫用し、個々特定のモデルをトートロジーで語る学問に陥っている(要するに「何も言っていない」と同じ)。

善と悪の経済学[トーマス・セドラチェク/村井章子]
善と悪の経済学[トーマス・セドラチェク]【電子書籍】

読了:やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ[大平 信孝]

誰でもすぐできる!脳をうまく使えば意志が弱くても行動できる!

第1章 先延ばしがなくなる!行動に「初速」をつける方法/第2章 集中力が驚くほど続く!「行動ブレーキ」の外し方/第3章 感情に左右されない!行動マインドのつくり方/第4章 「忙しくて動けない」がなくなる!時間の使い方/第5章 夢や目標に向かって一歩踏み出せる!行動思考の身につけ方/巻末付録 目標を着実に実現するための「振り返りノート」の書き方

さる人が薦めていたので手に取ってみた。なんか似たようなテーマの本を前に読んだなぁ。

読了:先延ばしグセが治る!すぐに行動できる人の習慣術[後藤 英俊]【電子書籍】

本書の方が、上記のものよりハウツー本特有の宗教がかり具合が薄い。著者がずっと冷静。内容もステップアップ式で、導入は本当に簡単なところから入っていき、それができるようになったら次のステップへ。そしてあなたの本当の目標はなんですか?と問われて、それを実現するにはと進んでいく。うまくいけば、意識高い人(意識高い系にあらず)となって人生を謳歌できるはず。これを1冊でひょいひょいと読めるように仕立ててある。しかし、よく考えてみたら、書かれている内容は薄いけれども、目標としていることはえらく面倒で大変な人生改革じゃん。誠実な著者の態度は好感が持てるけれども、この一見の浅さがこの本損している部分かも。

脳科学的なアプローチはちょこちょこ書かれているけれども、そんなに強調はされていない。それよりも実際にやってみることの方が大事でそちらに主眼が置かれている。その理由付けの半ばネタ的な扱いになっているが、個人的にはそっちの方の話(側坐核の話とか心理学の実験の話とか)が知りたい(それはこのハウツー本に期待するものではないことは重々承知だとも)。

最初のステップに関しては、以前に読んだ以下の本の方が個人的には好み。ラフはそこだけをとりあえず何とかしたいんだもの。今回の本はそのはるか先まで行ってしまうので、個人的には今はそこまで行けなくてもいいやって感じで……。

読了:小さな習慣[スティーヴン・ガイズ/田口 未和]

やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ[大平 信孝]
やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ(やる気に頼らず「すぐやる人」になる37のコツ)[大平信孝]【電子書籍】

読了:生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]

生命の歴史は繰り返すのか?

生命の歴史は繰り返すのか?

  • 作者:Jonathan B. Losos/的場 知之
  • 出版社:化学同人
  • 発売日: 2019年06月03日頃

ヒトを含め、いま存在する動植物は、必然的に生まれたのか、それともたまたま運良く進化しただけなのか?地球の生命史における最大のミステリーを実験で解決しようと奮闘する研究者たちによって、グッピーやショウジョウバエ、細菌、シカネズミ、そして著者自身のアノールトカゲの実験を通して、生命テープのリプレイがおこなわれた。はたして、進化生物学における最新のブレイクスルーで、科学界屈指の大論争は解決できるのか。

グッド・ダイナソー/第1部 自然界のドッペルゲンガー(進化のデジャヴ/繰り返される適応放散/進化の特異点)/第2部 野生下での実験(進化は意外と速く起こる/色とりどりのトリニダード/島に取り残されたトカゲ/堆肥から先端科学へ/プールと砂場で進化を追う)/第3部 顕微鏡下の進化(生命テープをリプレイする/フラスコの中のブレイクスルー/ちょっとした変更と酔っぱらったショウジョウバエ/ヒトという環境、ヒトがつくる環境)/運命と偶然:ヒトの誕生は不可避だったのか?

あぁ、そういえば一昔前に生物進化の「適応」の仕組みについて、遺伝学者のリチャード・ドーキンスと、進化古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド(2002年没)が大西洋を挟んでやりあっていたなぁと思いだした。本著は、グールドの代表作「ワンダフル・ライフ」(このタイトルが、クラシック映画「素晴らしき哉、人生!」(1946)と同じなのは偶然ではない)の中にある、進化のテープを巻き戻してもう一度再生しても今の進化は再現されないだろうという考えに対する考察から始まる。(「ワンダフル・ライフ」はグールドが先輩科学者コンウェイ=モリスの研究成果を称えてカンブリア紀の生物多様性大爆発を論じた本なんだけれども、それに対して温厚で知られるコンウェイ=モリスが「俺はそんなことは言っていない」と反論し物議を醸した本でもある)

「進化は繰り返すのか?」つまり、条件さえ同じであれば生物の進化は同じ(少なくとも似る)になるのか?っていうことを本書では論じている。確かに適応放散(オーストラリアの有袋類の進化が有名)の例などが知られてはいる。「進化」について論じる上で確認しておかなければならないのは、ダーウィン以来「進化」という現象は、世代を経ることによる変異(DNA情報の変異)の蓄積による表現型の変化のことである。ある集団において環境に依存しているような特定の形態や性質が見られるようになっていたとしても、それが遺伝的な(つまりDNAを原因とする)変異によるものでない場合は「進化」とは別現象なのだ。

かつては「進化」は実験では確認できない(再現性が担保されない)分野とされていたが、今やDNAの塩基配列決定が手軽に行えるようになったことも一助となって、様々な工夫により実験可能な分野になってきていることを具体的な研究例を通して紹介している。本書のもっともおもしろいのがこの部分。この部分だけでも、この本の存在意義は十分にある。

最終的に、私たちヒトは進化の過程のしかるべき産物として存在しているのか?生命の進化テープをもう一度リプレイしてもやはりヒトは誕生するのか?(「生命の歴史は繰り返すのか?」)。あるいは恐竜がもし絶滅していなかった場合は、彼らもヒトのような形態に進化していたのか?いわゆるディノサウロイド(wikipediaの「ディノサウロイド」の項)。ドーキンスとグールドの論争と同様に、結局は進化をマクロにとらえるか、ミクロにとらえるかで見えるものが違うってところなんだと思うけれども、科学者としては至極真っ当な「まぁそうだろうな」という結論に着地。著者の知的好奇心を大事にしながらも科学者としては極めて真摯でおだやかな態度に個人的にはとても好感が持てた。

生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]
生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む(生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む)[Jonathan B. Losos]【電子書籍】

読了:僕が死んだあの森[ピエール・ルメートル/橘 明美]

僕が死んだあの森

僕が死んだあの森

  • 作者:ピエール・ルメートル/橘 明美
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2021年05月26日頃

母とともに小さな村に暮らす十二歳の少年アントワーヌは、隣家の六歳の男の子を殺した。森の中にアントワーヌが作ったツリーハウスの下で。殺すつもりなんてなかった。いつも一緒に遊んでいた犬が死んでしまった悲しみと、心の中に積み重なってきた孤独と失望とが、一瞬の激情になってしまっただけだった。でも幼い子供は死んでしまった。死体を隠して家に戻ったアントワーヌ。だが子供の失踪に村は揺れる。警察もメディアもやってくる。やがてあの森の捜索がはじまるだろう。そしてアントワーヌは気づいた。いつも身につけていた腕時計がなくなっていることに。もしあれが死体とともに見つかってしまったら…。じわりじわりとアントワーヌに恐怖が迫る。十二歳の利発な少年による完全犯罪は成るのか?殺人の朝から、村に嵐がやってくるまでの三日間ーその代償がアントワーヌの人生を狂わせる。『その女アレックス』『監禁面接』などのミステリーで世界的人気を誇り、フランス最大の文学賞ゴンクール賞を受賞した鬼才が、罪と罰と恐怖で一人の少年を追いつめる。先読み不可能、鋭すぎる筆致で描く犯罪文学の傑作。

自分を慕ってくれていた隣家の6歳の男の子を、感情の爆発から意図せず殺害してしまった12歳のアントワーヌ。思わず死体を森の中に隠してしまったが、家に帰ると腕時計をなくしていることに気付く。男の子の行方不明事件として村は大騒ぎになる。自白していっそ楽になったほうがいいのか、それともこのまま隠ぺいしたままでいいのか、苦しむアントワーヌ。そこに村を記録的な大嵐が襲う。

村を覆う不景気観、村の狭くて濃密な人間関係、そして大嵐がアントワーヌの境遇をさもありなんと思わせる。子供殺しという現実、自身と子どもなりにも考えた世間体のはざまで葛藤するアントワーヌの追い詰められた感を絶妙に描く作者の力量はすばらしい。この子供時代の出来事が全体の半分を占める。アントワーヌの一人称語りなので、事件がどのように起こったのか、死体をどこにどう隠したのかもすべてわかっており、またアントワーヌはそれを一生隠し通そうと強い意志をもって行動しているわけでもない。今後少年の死体は見つかることがあるのだろうか?アントワーヌの殺人は明るみに出るのか?というだけだ。

さて、12年後、医学生となったアントワーヌは忌まわしい思い出のある村を避けて恋人とともに海外へ出発しようとしていたが、帰省した折に殺害した男の子の家とは反対側の隣家の幼馴染(別の男と婚約済み)とチョメチョメしてしまい、その娘が妊娠してしまう。その両親から責任を取るようにアントワーヌは脅される。一方かつて男の子の死体を隠した森が開発され、男の子の白骨死体が発見され、犯人につながる生体試料が見つかるものの、犯罪者データベースには該当者なしで殺害犯はわからずじまい。自身のDNAを提供しなければならなくなる事態を避けるために、彼は恋人と別れ、妊娠させてしまった幼馴染と結婚することを選ぶ。さらに数年後、彼は村の医者となっていた。結局村から逃れることはできなかったのだ……。

あの森で犯した殺人は遂に明るみに出ることはなかったが、そのことで振り回された僕の人生、あの森で死んだのは「僕」だったのかもしれない。でもこの話にはちゃんと救いが用意されているのだ。確かにあの森の事件で「僕」の人生は狂わされたかもしれない。でも村で「僕」はささやかながらも新しい人生を見つけている。そして最後に明かされるのは、あの殺人は決して自分一人が抱えていたわけではなかったのだ。そうか腕時計はそこにあったのか。

犯罪文学というより人間ドラマとしてよくできていて抜群におもしろかった。

僕が死んだあの森[ピエール・ルメートル/橘 明美]
僕が死んだあの森[ピエール・ルメートル]【電子書籍】

読了:1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 現代編[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 現代編

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 現代編

  • 作者:デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム
  • 出版社:文響社
  • 発売日: 2019年08月23日頃

世界中でベストセラー!待望の第3弾。毎日5分で1年後、ニュースからエンタメまで世界の常識丸わかり!

「1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」シリーズ第3弾は「現代編」。第1弾と第2弾「人物編」の感想は以下に。

読了:1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 [ デイヴィッド・S・キダー ]

読了:1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]

これまでの2巻が歴史的雑学側面が強かったので、今回は現代史版か?と思うとちょっと自分の思っている現代史ではなかった。20世紀以降のテーマを扱っているんだけれども、同時代性というものが強くなってくると、もはや現代習俗・文化各論集、もっと言うならゴシップだなって感じ(もっともそれらがやがて淘汰され歴史になっていくんだろうけれども)。曜日ごとのテーマは、月曜日が「人物」、火曜日が「文学」、水曜日が「音楽」、木曜日が「映画」、金曜日が「社会」、土曜日が「スポーツ」、日曜日が「大衆文化」。扱われている内容は前2作以上に圧倒的にアメリカ関係が多い。火曜日「文学」、金曜日「社会」、日曜日「大衆文化」がおもしろかった。ラフはスポーツには疎いので土曜日はしんどかった。アメリカ人にとっては知っていて当たり前な有名アスリート(主にアメフト、アイスホッケー、バスケットボール選手)もほとんど知らなくて「誰やねん」。最後は「J.K.ローリング」(「ハリー・ポッター」シリーズの作者)で閉められていたけれども、途中「マーサ・スチュワート」(カリスマビジネス主婦)が出てきたときには、アメリカではこの人についても教養なんだ……と思ったり思わなかったり。

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 現代編[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]
1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 現代編(教養365)[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム/小林朋則]【電子書籍】

読了:東京藝大で教わる西洋美術の見かた[佐藤 直樹]

東京藝大で教わる西洋美術の見かた

東京藝大で教わる西洋美術の見かた

  • 作者:佐藤 直樹
  • 出版社:世界文化社
  • 発売日: 2021年01月28日頃

これが藝大の美術史だ。作品のメッセージを読み解いて、鑑賞眼を鍛える!

序章 古典古代と中世の西洋美術/ルネサンスーアルプスの南と北で(ジョット ルネサンスの最初の光/初期ネーデルラント絵画1 ロベルト・カンピンの再発見/初期ネーデルラント絵画2 ファン・エイク兄弟とその後継者たち)/ルネサンスからバロックへー天才たちの時代(ラファエッロ 苦労知らずの美貌の画家/デューラー ドイツ・ルネサンスの巨匠/レオナルド イタリアとドイツで同時に起きていた「美術革命」/カラヴァッジョ バロックを切り開いた天才画家の「リアル」/ビーテル・ブリューゲル(父) 中世的な世界観と「新しい風景画」)/古典主義とロマン主義ー国際交流する画家たち(ゲインズバラとレノルズ 英国で花開いた「ファンシー・ピクチャー」/十九世紀のローマ1 「ナザレ派」が巻き起こした新しい風/十九世紀のローマ2 アングルとその仲間たち)/モダニズム前夜のモダンー過去を再生する画家たち(ミレイとラファエル前派 「カワイイ」英国文化のルーツ/シャルフベックとハマスホイ 北欧美術の「不安な絵画」/ヴァン・デ・ヴェルデ バウハウス前夜のモダニズム)

美術史を知ると、美術館で絵画や彫刻を見るときに、どこに注目すればずっとおもしろくなるのかが分かってくる。企画展なんかで入口に展示のテーマに関する概説が最初に掲げてあるけれども、そこに書かれていることを一般の素人は読んでも普通は理解できない。あの概説には、今回の企画展ではここを押さえて鑑賞して欲しいという学芸員の思いが詰まっているのだが、やはり最低限の美術史の知識がないとあれを理解するのはつらい。しこうして一般人はとりあえず話題の美術展に出向くものの、好きか嫌いかのレベルでの感想しか持てないまま、出口直前に置かれたスーブニールショップで一番印象に残った絵画の絵葉書を買って帰るだけになるのだ。

さて日本最高峰の藝術大学である東京藝大でどのような西洋美術史を扱っているのかを垣間見てみたい。前書きにあるように、藝大に入って来る学生は一通りの美術史は知っていることが前提であり、そんな彼らにどのようなことを教えているのか?それでいて一般人に難解にならないような内容にまとめた入門書が本書。こういうアプローチで西洋美術を見ていきますよというエッセンスであり、コンパクトな西洋美術史ダイジェストなのでサクサク読み進めていける。なのでとても面白いが、残念ながら中身はとにかく浅い。すこぶる物足りないのだ(タイトルに「東京藝大」を標榜するのだが構えることはないぞ)。まずは西洋美術史に興味を持ってもらうことが本書の目的だからだろう。山紫水明を愛でる日本人はフランス印象派が大好きだけれども、本書ではあえて印象派には触れていない(藝大の学生にとっては今更の極みであろう)。誰もが知っている定番ではなく、一般人が目にしたことはあるけれども実はあんまり詳しくないという絵画や作家を取り上げてあるのだ。

一般にルネサンスと呼ばれる現象(古代復興)は西洋美術史において実は何度も起こっているのだが、その最大のものがよく知られたイタリアルネサンス。なぜ最大のルネサンスはイタリアで起こったのか?からスタートする。その後の西洋美術史の流れの中で大きなくくりはあるものの(ルネサンス、ロマネスク、バロックなど)それぞれの地域、時間、そして芸術家が相互に影響しあっていく様を、作品を通してその軌跡をたどっていく。そりゃ人間復興も行き過ぎると中世回帰の運動も起こるよなとか。豊富な図版とともに、その作品のそこを見ればいいのねという勘所が具体的に述べられていて興味深い。

東京藝大で教わる西洋美術の見かた[佐藤 直樹]
東京藝大で教わる西洋美術の見かた[佐藤直樹]【電子書籍】

読了:三体3 死神永生 上・下[劉 慈欣/大森 望]

三体3 死神永生 上 三体3 死神永生 下

三体3 死神永生 上

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

三体3 死神永生 下

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

話題の中国SF「三体」シリーズの最後となる「死神永生」(今作も上下2分冊のボリューム)は、前2作を上回るさらにぶっ飛んだスケールにまで広がったてんこ盛りエンターテイメント小説。1作目「三体」と2作目「三体~黒暗森林」の感想は以下。

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

読了:三体2 黒暗森林 上・下[劉 慈欣/大森 望]

前作で、三体人は地球侵攻をやめたはずだけれども、さて今作ではどういう話になるのか?

冒頭に、コンスタンチノープル陥落(1453年)のエピソードが挿入されているのにまず面食らう。前作で描かれた「面壁計画」の裏で、「階梯計画」という別のプロジェクトがあったところから始まる。人類のスパイを三体世界に送り込もうという計画で、当時(というか現代?)の技術ではロケット(?)に十分な推進力を与えるには極端な軽量化が必要で、とても人間一人であっても送ることはできない。ということで、ある人物の脳だけを取り出して冬眠状態にして送り出そうというびっくり計画なのだ。ところが、実行に移したときに事故が起こって、送り出す目的の三体艦隊とはまったく異なる方向へ放り出されてしまったのだ。こうして「階梯計画」は失敗したとして忘れ去られていった。

ここで今作でも重要な「暗黒森林」理論を復習しておく。宇宙の真実──宇宙は恐ろしい暗黒の森であり、あらゆる文明は、その中でじっと息を潜めている狩人である。他の文明の存在に気付いたときは、とりあえずやられる前に破壊しておくのが賢明。おそらく宇宙に文明が存在するのであればこの理論で動いているはずというもの。この理論は前作の主人公である羅輯の面壁計画により確認され、太陽系侵攻を止めないのであれば三体星系の座標を全宇宙に送信するぞ!という脅迫により地球人類は救われたのだった。

さて、今回の主人公は「階梯計画」発案者の若き女性科学者の程心。彼女は技術記憶の保持者として、人工冬眠でこの状態の未来に送られる。危うい抑止効果のバランスで三体世界と地球人類は平和的共存を営み始めているように見えたのだが、三体世界は抑止システムの更新時の隙を狙って、地球にある三体星系座標送信機を破壊したのだ。抑止効果を失ったため、地球は三体人に征服されかけるのだが、唯一送信機を兼ねた人類の宇宙船が間一髪、三体座標の全宇宙への送信に成功する。その座標を受信した別文明により三体星系が破壊されたら、三体星系と太陽系は隣接しているので、遅かれ早かれ太陽系の存在にも気付かれて太陽系も破壊される。それを知った三体人は地球侵略から手を引き太陽系からも逃げ出す。予想よりも早く数年後に三体星系は光子攻撃により三体ある恒星の1つが攻撃をうけて滅んでしまう。三体星系の座標を送信したからには、次は太陽系がいつ滅ぼされるかということで、人類は生き延びる手段を検討する。

一方、失敗したと思われていた「階梯計画」で昔宇宙に送った脳は、実は三体世界により捕獲されていたことが判明する。三体人は脳から元の人間を復活させていたのだ。太陽系に向かっていた艦隊の生き残った三体人監視のもとで、(脳から復元された)彼は程心と対面する。そこで彼から告げられた三つのおとぎ話に隠された人類が生き残るための秘策は?

三体星系を破壊するのに使われた光子を放って恒星を破壊するのはお手軽な方法で、とりあえず潰しとけって時に使われる手段で、実はもっとすごい方法、宇宙の次元を下げるという攻撃があるのだ。太陽系はこの方法で攻撃されたのだ。つまり三次元宇宙を二次元に落とすことで破壊するのだ。この攻撃により二次元に変わっていく太陽系を冥王星からの眺めた様子が今作の圧巻の場面。何が起こっているの?何言っちゃってんの?言葉だけではよくわからないけれど、とにかくものすごい映像が読者の脳内ではそれぞれに再現されているんだろうなという常軌を逸したビューティフルなシーンなのだ。こうして太陽系は終焉を迎えて地球は滅びましたとさ。人類は深宇宙に向かっていた艦隊と、光速航行ロケットで太陽系を脱出した主人公が生き残ってます。このあと、なんだかんだと、時間はバンバン未来に飛びまくって最後はビッグクランチ(宇宙の終焉)直前まで行ってしまう。壮大すぎるよ。

だいぶ端折ったつもりでもこれだけのストーリー。書ききれなかったキーは他にもてんこ盛りなので、興味のある方は実際に読んでみてくださいな。宇宙は無慈悲という一方で、程心の母性愛や人類愛、はたまた宇宙のリセットを計画し呼びかける超文明なんかも登場。ラブストーリーの要素かと思ったところは、惜しいところまで来ていたのに、二人は結局膨大な時間に阻まれて再会できなかったのね。

人類文明という幼い子どもは、玄関のドアを開け、外を覗いてみた。しかし、果てしなく広がる夜の深い闇に縮み上がり、あわててドアをまたしっかりと閉ざしたのである。

シリーズを通して、とにかくものすごい量の要素が盛り込まれており、それぞれが周到に記述されていくので、後々重要になるんだろうなと思っていても、放ったらかしになってしまっているものも結構ある(伏線回収されないというか、そもそも実は伏線でもなんでもなかった?)。文学作品では記述されたからにはその要素には何らかの意味があるはずという強い思いで読んでいると、肩透かしを食うもこともあるのはご愛敬。そこはとてつもなりエンターテイメント性でチャラということで。

「三体」「黒暗森林」「死神永世」人気大河SF三部作がNetflixで実写ドラマに – ITmedia NEWS

三体3 死神永生 下[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】
三体3 死神永生 下(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】

読了:勉強も仕事も時間をムダにしない記憶術[山口佐貴子]

いままでの10分の1の努力で、頭に入る量を格段に増やす!やりたいことに手が届かない人にこそ読んでほしい!加速学習からフォトリーディングまで人気講師が伝授!学歴、才能、勉強量のハンディは、この1冊で克服できる!

第1章 記憶のしくみ、基本はコレだけ!/第2章 いままでの10倍、「忘れない」本の読み方/第3章 本気で試験に合格したい人のための勉強のコツ/第4章 あっという間に本一冊が頭に入る驚異の学習法/第5章 限られた時間で差をつけるメモの取り方/第6章 仕事が飛躍的にはかどる情報処理術

内容は易しくまとめられているので、超高速で読み終えることできる。内容もダイジェストのダイジェスト的で本当に大事な部分のみだけが記されているとも言えるのだが、これがその分濃縮されているかと言えばそうではなく、読み物としてはかなり希釈されていて物足りない。取り立てて目新しい情報もなく、記憶術関係ではそこかしこで目にするものばかりの焼き直しを平易な語り口調で述べているだけなのだ。まぁそれだけこれらのコツが重要ってことなのかもね。最後の仕事への姿勢や心構え的な記載で、著者の顔がちらっと見えるくらいがこの本のオリジナリティか。役に立たないとまでは言わないけれども……。

勉強も仕事も時間をムダにしない記憶術[山口佐貴子]
時間をムダにしない記憶術[山口佐貴子]【電子書籍】

読了:わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる[Dain]

かつてない本の味わい方を名著の数々とともに伝える。日本最高峰の書評ブロガー初の著書。

第1章 本を探すな、人を探せ(運命の一冊を読んだ人を探す/アウトプットすると人が見つかる)/第2章 運命の一冊は、図書館にある(本屋は出会い系、図書館は見合い系/図書館を使い倒す/本は「買う」ものか)/第3章 スゴ本を読むために(『本を読む本』で『本を読む本』を読む/遅い読書/速い読書/本を読まずに文学する「遠読」)/第4章 書き方から学ぶ(文章読本・虎の巻/人を説得するために、いかに書けばいいかー『レトリックのすすめ』/事実と意見は分けて書けー『理科系の作文技術』/おもしろい作品の「おもしろさ」はどこから来るのか/名文で言葉の「型」を練習する)/第5章 よい本は、人生をよくする(人生を破壊する「怒り」から自由になる/子どもに「死」と「セックス」を教える/子育てはマニュアルに頼れ/生きるとは食べること/「正しい死に方」を考える/二〇年前の自分に読ませたい珠玉の一二冊)

自分と同じ読書傾向の人を見つけて、その人が薦める本で自分がまだ未読のものがあれば、それは私にとっての「スゴ本(=スゴイ本)」である可能性がある。まぁそんな導入だけれども、中盤の読書論や読書本(読書を主題とした本)紹介がおもしろい。「ナボコフのドン・キホーテ講義」の正体や「読んでいない本について堂々と語る方法」に仕掛けられた作者の罠とか最高。そして後半はテーマを設定した関連本の紹介。へぇ、そんな本があるんだと著者の読書量に圧倒される。「だがブルーナはしない、ガチだから。」を連呼する箇所はガチでクール(ブルーナとは絵本「ミッフィー」シリーズのディック・ブルーナ)。「読書」体験はもっと自由でいい、でもこういう点を踏まえてみると「読書」はもっと奥深くておもしろい体験になるんじゃない?という提案の数々が紹介されていて興味深かった。

わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる[Dain]
わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる[Dain]【電子書籍】

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

わたしたちが光の速さで進めないなら

わたしたちが光の速さで進めないなら

  • 作者:キム・チョヨプ/カン・バンファ
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年12月03日頃

打ち棄てられたはずの宇宙ステーションで、その老人はなぜ家族の星への船を待ち続けているのか…(「わたしたちが光の速さで進めないなら」)。初出産を控え戸惑うジミンは、記憶を保管する図書館で、疎遠のまま亡くなった母の想いを確かめようとするが…(「館内紛失」)。行方不明になって数十年後、宇宙から帰ってきた祖母が語る、絵を描き続ける異星人とのかけがえのない日々…(「スペクトラム」)。今もっとも韓国の女性たちの共感を集める、新世代作家のデビュー作にしてベストセラー。生きるとは?愛するとは?優しく、どこか懐かしい、心の片隅に残り続けるSF短篇7作。

巡礼者たちはなぜ帰らない/スペクトラム/共生仮説/わたしたちが光の速さで進めないなら/感情の物性/館内紛失/わたしのスペースヒーローについて

韓国発のSF小説集。SFといっても、背景に使われているのがSF的なネタであるというだけで、本質的には人間の物語。どの話もキーを握っているのは女性で、著者の社会的な弱者へのまなざしの温かさを感じさせる点がおもしろい。

「共生仮説」は目の付け所がするどい。細胞内共生仮説といえば元々マーギュリスが提唱したものだが、マーギュリスが女性科学者であるという点も踏まえているんだろうな。

wikipediaの「細胞内共生説」の項

冒頭の「巡礼者たちはなぜ帰らない」が一番おもしろかった。ある穏やかで平和な村では、成人の儀式として宇宙船に乗って「始まりの地」へ巡礼に出かけることになっている。ところが巡礼に出かけた若者は全員がそろって巡礼から帰ってくることはない。「始まりの地」とはどこで、なぜ巡礼から帰ってこない人がいるのか?ディストピアとユートピアは考え方次第の紙一重のものであり、人間は自身の不完全さを受け入れて闘わなければならない、そしてそれこそが人間の存在意義なのかも……。

わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]
わたしたちが光の速さで進めないなら[キム チョヨプ]【電子書籍】