読了:中世の星の下で(ちくま学芸文庫)[阿部謹也]

中世の星の下で

中世の星の下で

  • 作者:阿部謹也
  • 出版社:筑摩書房
  • 発売日: 2010年11月

遠くヨーロッパ中世、市井の人びとは何を思い、どのように暮らしていたのだろうか。本書から聞こえてくるのは、たとえば石、星、橋、暦、鐘、あるいは驢馬、狼など、人びとの日常生活をとりまく具体的な“もの”との間にかわされた交感の遠いこだまである。兄弟団、賎民、ユダヤ人、煙突掃除人など被差別者へ向けられた著者の温かい眼差しを通して見えてくるのは、彼らの間の強い絆である。「民衆史を中心に据えた社会史」探究の軌跡は、私たちの社会を照らし出す鏡ともなっている。ヨーロッパ中世史研究の泰斗が遺した、珠玉の論集。

1 中世のくらし(私の旅 中世の旅/石をめぐる中世の人々/中世の星の下で ほか)/2 人と人を結ぶ絆(現代に生きる中世市民意識/ブルーマンデーの起源について/中世賎民身分の成立について ほか)/3 歴史学を支えるもの(ひとつの言葉/文化の底流にあるもの/知的探究の喜びとわが国の学問 ほか)

主に中世・近世のドイツの市井の人々の歴史エピソードや考察論考エッセイ集。農村住民などにも言及されてはいるけれども、軸足はあくまでも都市住民(職人・商人・ツンフトとかギルドとかいった集団)を対象としている。前半はいろんな事物を対象とした中世都市住民の関わりや思想が具体的に紹介されていて「ふ~~んそうだったのか」の連続で興味深い。乱暴に言ってしまうと「都市伝説」みたいなことに対してもその歴史的背景を紹介したうえで考察を加えており、当時描かれた戯画挿絵も多くてわかりやすい。月曜日が来るたびに「ブルーマンデー」を連呼していたラフだが、もともとの由来はこんなところにあったのかぁ。鐘にまつわる逸話紹介も面白かった。後半は、雑誌や新聞に掲載された、あるいは講演記録での比較文化論が多く、ヨーロッパ(ドイツ)中世と日本の中世との対比にも言及されている。

中世の星の下で(ちくま学芸文庫)[阿部謹也]
中世の星の下で[阿部謹也]【電子書籍】

読了:銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]

流れ星はどこから来る?宇宙の中心にすまうブラックホール、真空の発見、じゃんけん必勝法と民主主義の数理、世論を決めるのは17%の少数者?忘れられた夢を見る技術、反乱を起こす奴隷アリ、銀河を渡る蝶、理論物理学者、とっておきの22話。

〔天空編〕
第1夜 海辺の永遠
第2夜 流星群の夜に
第3夜 世界の中心にすまう闇
第4夜 ファースト・ラグランジュ・ホテル
〔原子編〕
第5夜 真空の探求
第6夜 ベクレル博士のはるかな記憶
第7夜 シラード博士と死の連鎖分裂
第8夜 エヴェレット博士の無限分岐宇宙
〔数理社会編〕
第9夜  確率と錯誤
第10夜 ペイジランク─多数決と世評
第11夜 付和雷同の社会学
第12夜 三人よれば文殊の知恵
第13夜 多数決の秘められた力
〔倫理編〕
第14夜 思い出せない夢の倫理学
第15夜 言葉と世界の見え方
第16夜 トロッコ問題の射程
第17夜 ペルシャとトルコと奴隷貴族
〔生命編〕
第18夜 分子生物学者、遺伝的真実に遭遇す
第19夜 アリたちの晴朗な世界
第20夜 アリと自由
第21夜 銀河を渡る蝶
第22夜 渡り鳥を率いて

はっきり言ってしまうとこれは科学啓蒙書の類では全くない。科学者による純然たるエッセイ本。各話は著者の文学的センス(時にあまりにも詩的でロマンチックで夢見がち)から話が出発して締めくくられる。日ごろの思いや考えを述べつつ、それに科学的話題をちょくちょくからめて進行する。なので扱われている科学の話題はそんな複雑な話ではないし、まぁ今までにどこかで聞いて知っている話ばかり。だからなんなんだ?って回もある。でも、科学者っていうのはこういうたわいもないことを日常考えていても、それを科学的知見と結びつけてはこんなことを徒然に考えているんだよ、ということを知る点では面白いかも。科学者って日ごろ何考えてんの?っていう人が読むと面白いかと。科学者だって詩人なのである。

銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]
銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異(銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異)[全卓樹]【電子書籍】

読了:象られた力(ハヤカワ文庫)[飛浩隆]

象られた力

象られた力

  • 作者:飛浩隆
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2004年09月

惑星“百合洋”が謎の消失を遂げてから1年、近傍の惑星“シジック”のイコノグラファー、クドウ円は、百合洋の言語体系に秘められた“見えない図形”の解明を依頼される。だがそれは、世界認識を介した恐るべき災厄の先触れにすぎなかった…異星社会を舞台に“かたち”と“ちから”の相克を描いた表題作、双子の天才ピアニストをめぐる生と死の二重奏の物語「デュオ」ほか、初期中篇の完全改稿版全4篇を収めた傑作集。

デュオ/呪界のほとり/夜と泥の/象られた力

最初の1篇はサイコスリラーかサイコホラーって感じの作品だけれども、続く3篇はSF。構成力や発想は表題作「象られた力」がうまいこと作りやがったなぁと思う。しかし、読むべきは3番目の「夜と泥の」である。人類が入植したある惑星の夏至の晩にのみ、ロボット、ナノマシーン、もともとの沼の生物群、そして遺伝子工学で一夜の命を与えられた少女の混沌とした戦いが繰り広げられる。その様の描写がすばらしいのだ。吟味された言葉の選択と洗練された美しい描写力はまさに息をのむほど。文字だけなのにその情景に圧倒されたよ。

象られた力(ハヤカワ文庫)[飛浩隆]
象られた力[飛 浩隆]【電子書籍】

読了:折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

  • 作者:ケン・リュウ/中原 尚哉
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2019年10月03日頃

天の秘密は円のなかにあるー円周率の中に不老不死の秘密があると聞かされた秦の始皇帝は、五年以内に十万桁まで円周率を求めよと命じた。学者の荊軻は始皇帝の三百万の軍隊を用いた驚異の人間計算機を編みだす。劉慈欣『三体』抜粋改作にして星雲賞受賞作「円」、貧富の差で分断された異形の三層都市を描いたヒューゴー賞受賞作「折りたたみ北京」など、ケン・リュウが精選した7作家13篇を収録の傑作アンソロジー。

陳楸帆(鼠年/麗江の魚/沙嘴の花)/夏笳(百鬼夜行街/童童の夏/龍馬夜行)/馬伯庸(沈黙都市)/〓景芳(見えない惑星/折りたたみ北京)/糖匪(コールガール)/程〓波(蛍火の墓)/劉慈欣(円/神様の介護係)/エッセイ(ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF(劉慈欣)/引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF(陳楸帆)/中国SFを中国SFたらしめているものは何か?(夏笳))

現代中国のSF小説アンソロジー。最近の中国SFといえば「三体」が注目を集めたけれども、じゃその他の中国SFはどうなんだ?中国産SF小説ってどんなんだ?ってことが知りたければこの書をどうぞ。中国という国とSF小説の歴史と関係性については、巻末の3つのエッセイがとてもためになる。

中国のSFもなかなか魅力にあふれている。固いものから柔らかいものまで、幻想幽玄文学的なものまで、どれもおもしろい。なるほど、SFはこういう世界もありだなという感じ。中国産のディストピア小説だと、国体への批判と単純に結び付けてしまう傾向もあるけれども、まずはそれ抜きに楽しんでくれとのこと。本格SFからくすっと笑えるライトSFまで取り揃えてあります。

個人的に鮮烈に印象に残ったのは最初の「鼠年」。研究所を脱走した遺伝子改変された二足歩行の大型ネズミが繁殖してしまい、大学を卒業したけれども職がない若者が組織され退治しに行く話。大型ネズミはメスだけでなくオスも妊娠するようになっており、宗教的儀式めいたことをするほどの知能を帯び始めていた。このネズミと人間の血みどろの生々しい戦い。ところが、実はネズミには遺伝子爆弾が仕掛けられていて、ある日突然集団自殺を図るのだ。このシーンがただ放心状態で眺めるしかない。うつろな目をしたミッキーマウスの集団が二足歩行で、レミングの集団自殺のごとき行列を作りながら、海へと行進していく様をラフは想像したんだけれどもこれがとんでもなく印象的。結果的にネズミは駆除されたことになり人類の勝利のように思えるが、この遺伝子改変ネズミの正体、そして遺伝子爆弾が仕組まれていた意図は謎のままで、不気味さの余韻だけが残る。

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー【電子書籍】

読了:父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス/関 美和]

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

  • 作者:ヤニス・バルファキス/関 美和
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019年03月08日頃

元財務大臣の父がホンネで語り尽くす!シンプルで、心に響く言葉で本質をつき、世界中で大絶賛されている、究極の経済×文明論!

プロローグ 経済学の解説書とは正反対の経済の本/第1章 なぜ、こんなに「格差」があるのか?-答えは1万年以上前にさかのぼる/第2章 市場社会の誕生ーいくらで売れるか、それがすべて/第3章 「利益」と「借金」のウエディングマーチーすべての富が借金から生まれる世界/第4章 「金融」の黒魔術ーこうしてお金は生まれては消える/第5章 世にも奇妙な「労働力」と「マネー」の世界ー悪魔が潜むふたつの市場/第6章 恐るべき「機械」の呪いー自動化するほど苦しくなる矛盾/第7章 誰にも管理されない「新しいお金」-収容所のタバコとビットコインのファンタジー/第8章 人は地球の「ウイルス」か?-宿主を破壊する市場のシステム/エピローグ 進む方向を見つける「思考実験」

邦題は修飾の多い表現になっているが、英語タイトルは「Talking to My Daughter About the Economy: or, How Capitalism Works–and How It Fails (English Edition)

著者ヤニス・バルファキスは、ギリシャが経済危機の最中の2015年に財務大臣に就任し、EU当局からの財政緊縮策に「ノー」を示し、大幅な債務帳消しを求めた人。「なぜ経済的格差が存在するのか」という娘からの問いに応えるように語る、経済の歴史と現状の問題点、そして私たちが考えていかなければならないこと。愛するティーンの娘に対する語りなので、とても平易だが、経済の話から派生した人生訓まであり。具体的で身近な題材を使った例え話もわかりやすい。経済に疎いラフにはこういう本はとても助かり、内容も刺激的で一気に読み切った。

この世の中には有り余るほどおカネを持った人がいる一方で、何も持たない人がいるのはなぜだろう?

経済の誕生と市場の仕組みの成り立ちを追っていきながら、人類がどのような経済的問題に直面しどのように対処してきたかが述べられる。そして経済は人の思惑でどう転ぶかわからないものであり、これまでに確立されてきたどの経済理論も不完全であるという。経済学は決して科学ではない。自身も経済学者でありながら、経済学者を評してこのように言う。

経済学者が数学を使うから科学者だと言い張るのは、星占い師がコンピュータや複雑な表を使うから天文学者と同じくらい科学的だと言うのと変わらない。

民主主義と市場経済の関係は決して相性がいいものではなく、うまくいかない部分も結構多いことを述べ、チャーチルのジョークを踏まえて民主主義について次のように述べる。

民主主義はとんでもなくまずい統治形態だ。欠陥だらけで間違いやすく非効率で腐敗しやすい。だが、他のどの形態よりもましなのだ。

民主主義は不完全で腐敗しやすいが、それでも、人類全体が愚かなウイルスのように行動しないための、ただひとつの方策であることには変わりない。

人生訓関係では、次のような記述あり。

欲望を満足させることと、本物の幸せはどこが違うのだろう?

自分の望みを一度に全部は叶えてくれない世界と衝突することで人格ができ、自分の中で葛藤を重ねることで「あれが欲しい。でもあれを欲しがるのは正しいことなのか?」と考える力が生まれる。われわれは制約を嫌うけれど、制約は自分の動機を自問させてくれ、それによって我々を解放してくれる。

君には、いまの怒りをそのまま持ち続けてほしい。でも賢く、戦略的に怒り続けてほしい。そして、機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス/関 美和]
父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス]【電子書籍】

読了:読破できない難解な本がわかる本[富増 章成]

読破できない難解な本がわかる本

読破できない難解な本がわかる本

  • 作者:富増 章成
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019年03月29日頃

答えは全部、「古典」に書いてある。この本が、世界を変えた。教養としての名著60冊を徹底解説。

第1章 古代・叡智編 古代からの叡智を知ることができる本/第2章 思考・理性編 考えに考えて人生を変える本/第3章 人生・苦悩編 悩める人生について考えることができる本/第4章 政治・社会編 現代の政治思想とその起源がわかる本/第5章 経済・生活編 仕事と生き方がよくわかる本/第6章 心理・言語編 人の「心」と「言葉」について考えてみる本/第7章 思想・現代編 現代社会を別の角度から考えてみる本/第8章 日本・自己編 日本の思想をふりかえって自分を知る本

そういえば、阿刀田高は「実存主義」について知りたい時は、サルトルの『実存主義とは何か』が入門書としてわかりやすいと勧めているが、それでも評して曰く

“人間においては実存が本質に先立つ”と、これがサルトルの考えであり、実存主義の原点である。本質は、定義と言い換えてもよいだろう。
とはいえ、これだけではやっぱりわからない。わかるほうがおかしい。
(中略)
人間はまっ白い紙のようなものであり、そこになにを書くかは人間みずからが決定していくことであり、それゆえに自由であり、それを自覚することがなにより大切である、と、サルトルは主張しているのである。
 旧約聖書を知っていますか(新潮文庫 あー7-19)[阿刀田 高]

(中略)の後が、端的な要約(結論?)。その本に何が書かれているのかは、とりあえずこういうところを押さえておきたいのだ。こういう感じで、古今東西の様々なムツカシイ本を簡単に紹介してくれるのが本書『読破できない難解な本がわかる本』だ(ちなみに本書で取り上げられているサルトルの本は『存在と時間』だった)。

基本的には哲学・宗教・心理学・政治・経済の理論本が対象なので、いわゆる挫折系文学本の類は出てきません(『カラマーゾフの兄弟』とか『失われた時を求めて』とかね)。タイトルと著者名だけは知っているけれども何が書いてあるのかはあまりよくわかっていない本が続々と登場する。本の難易度、書かれた背景、内容の要約、この書から「人生で役に立つこと」コラム、そして著した人のプロフィールという順で、難解な1冊を数ページのダイジェストにして紹介していくのだ。まぁ無茶な企画だこと。でもこういったムツカシイ本を読むことは一生ないであろうラフにはありがたい企画でもある。

哲学関係の本では「自由」という言葉一つとっても、みんなそれぞれに自分の概念を定義していくので、単純比較ができない。この人はこういう定義で使う、あの人はああいう定義で使うっていう感じで、「自由」という言葉だけでは同じ土俵で議論を進めることができないのだ。同じ「イルカ」でも、水生哺乳類の「イルカ」と「なごり雪」の「イルカ」くらい違うんじゃないかってくらいに、人によって全然違うものを「自由」と定義している。もうほんと、ラフ、困っちゃう。

一人の著者が、複数のムツカシイ本を超圧縮ダイジェストで紹介しているのだから、どれも毒気を抜かれた扁平な紹介になってしまうのは仕方ない。でも、どれも古今東西の七面倒くさいことを考えている奴らの本なんだから、おそらく原書はどれも強烈な個性が異彩を放つ一癖ある文体に違いないとは想像できる。気になったものは読んでみるしかないのか(と、思わせる時点でこの著者の術中にはまったわけだな)。

「人生で役に立つこと」コラムは蛇足かも。読んでもいない本のダイジェストを紹介されたうえで、あなたの人生もこう考えたらいいんじゃない?と提案されても困る。その本の中身をどう生かすかは実際に読んでみた人がそれぞれに考えればいいし、それこそが読書の楽しみではないかと思ったり思わなかったり(自分では読まない宣言をしているくせに大口をたたく)。

そうか、「パラダイム転換(シフト)」って言葉はトーマス・クーン『科学革命の構造』で使われたのか。
wikipediaの「科学革命の構造」の項

『アンチ・オイディプス』は難易度★5だって?紹介の冒頭が「なにが書いてあるのかまったくわからない本。」だって。気になって夜も眠れない。
wikipediaの「アンチ・オイディプス」の項

キルケゴールの『死に至る病』が「絶望」を指しているというのは知っていたけれども、人間は「絶望」すると「死ぬ」、だから「絶望」せずに生きていくには?って本だと勝手に思っていた。あっさり否定された。「死に至る病」といいながら「死んでない」とは……

「絶望」とは死にたいけれども死ぬこともできずに生きていく状態のことです。肉体の死をも超えた苦悩が「絶望」です。
 つまり、生きながら死んでいるようなゾンビ状態のことを「死に至る病」と呼んでいるのです。
(中略)
結論としては、やっぱり人間は絶望する方がよいということです。というのは、人間は動物以上であり、自己意識をもつからこそ絶望しうるわけです。意識が増す(自己をみつめる)ことでいろんな挫折を感じ、「このままではいけない!」という焦燥感が強まってくるものです。
(中略)
絶望を人生の成長として捉えることが大切なのです。

wikipediaの「死に至る病」の項

『21世紀の資本』のトマ・ピケティってラフとほぼ同年代。この書は一世を風靡したけれども、もう古典と呼べるほどの地位を確立しているのか。
wikipediaの「21世紀の資本」の項

読破できない難解な本がわかる本[富増 章成]
読破できない難解な本がわかる本[富増章成]【電子書籍】

読了:カラフル(文春文庫)[森 絵都]

カラフル

カラフル

  • 作者:森 絵都
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2007年09月

生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼくの魂。だが天使業界の抽選にあたり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければならないのだ。真として過ごすうち、ぼくは人の欠点や美点が見えてくるようになるのだが…。不朽の名作ついに登場。

タイで映画化(2018)された原作ということで手に取ってみた(日本でもすでに実写(1999)とアニメ(2001)で映画化されている)。直木賞作家である著者はもともと児童文学でデビューした人なので、描写がとても素直でわかりやすくそしてキラキラとしている(出てくる話題が家庭の不和とか不倫とか援助交際とかなのにも関わらず)。ラスト近くで世界が色づいていくシーンの美しさはとりわけすばらしい。文字でこの色彩感を描くってすごいぞ。

死んだ僕は、輪廻のサイクルに戻るチャンスを天使から与えられ、自殺した中学3年生である小林真の身体に入って生活し、生前に犯した罪を思い出さなければならない。どうやら小林真の人生はパッとしないどころか自殺するのもさもありなんなものだったようだ。身体的コンプレックスを抱える上に、浮気する母親、仕事がうまくいっていない父親、大学受験を控えて意地悪で皮肉屋な兄という家族。学校に友達はいない。そして中年男性と援助交際をしている小林真の思い人。それでも、完ぺきではないがそれぞれに懸命に生きている人々の実際を知るにつれて、小林真が気付いていなかったであろう世界を僕は知っていく。この世界を小林真が知っていたら自殺なんかしなかっただろうに、この世界を知ってほしかったと僕は思い始める。そして僕が犯した生前の罪は何だったのか?

阿川佐和子による後書きが愉快。檀ふみの一言に爆笑。

アニメ版予告編(2001)

タイ版予告編(2018)

カラフル(文春文庫)[森 絵都]
カラフル[森絵都]【電子書籍】

読了:闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

  • 作者:ローン・フランク/仲野 徹
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2020年10月14日頃

人間の精神は操れる。人類のタブーに挑戦して葬り去られた天才科学者の記録とDARPA(国防高等研究計画局)も参戦する米医学界の最前線。

プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える/第1章 ゴー・サウスー野心に燃える若き医師/第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”/第3章 一躍、時代の寵児へー“ヒース王国”の完成/第4章 幸福感に上限を設けるべきか/第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」/第6章 その実験は倫理的か/第7章 暴力は治療できる/第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線/第9章 研究室にペテン師がいる!/第10章 毀誉褒貶の果てに/エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき

20世紀以降の精神医学と治療法の歴史と現在の最先端技術について、精神・神経医学の先駆者ロバート・ヒースの生涯を軸にして描いたルポルタージュ。

wikipedia(英語)の「Robert Galbraith Heath」の項

脳に電極を差して電気を流し、同性愛者を異性愛者へ変える人体実験の様子が冒頭に描かれる。でも、このルポルタージュはそんなグロテスクな人体実験だけを描いたものではない。邦題はかなり物騒なものになっているが原題は「The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor」で、精神病治療法としての脳深部電気刺激法とそれを研究した忘れられた先駆者ロバート・ヒースの生涯を扱ったものである。20世紀の前半、精神の問題は、それまでの主流であった「精神分析」から「精神医学」「神経医学」へと医学・医療の対象へと変わっていった。その先駆者であったロバート・ヒースの栄光と挫折の生涯を関係者へのインタビューを通して追っていく。また、精神・神経医学・脳科学における最先端の技術を交えて話は進む。

科学者ロバート・ヒースがいかにして精神病を科学的に研究治療する方法を求めていたのか、そして当時考えうる限りのインフォームドコンセントを慎重に取り付けて治療(実験)を行ったかが描かれる。それにもかかわらず当時の社会はそれを人体実験とみなしてデモが起き、多くの医療関係科学者はヒースの進歩的な考えや実験報告に懐疑的であった。ヒースの研究室で何があったのかがまるでドラマのようで手に汗握るほど面白く、それを解明していくために関係者を探し訪ねていく過程が興味深い。また最新の脳科学技術についてはDARPA(国防高等研究計画局)が力を入れている(IT関係者ならピンと来ると思うんだけれども現在のインターネットの原型を生み出した軍事研究所)。その軍事研究所が脳科学研究に力を入れていると聞くと物騒な想像をしてしまうが、目的としているのは戦地から帰還した人々の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療である。その治療法として現在どんなことが研究されているのだろうか?

なぜ”Robert”が「ボブ」になるの? – ニックネームの不思議 | 会話に使える!英文法

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]
闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野徹・解説]【電子書籍】

読了:三体2 黒暗森林 上・下[劉 慈欣/大森 望]

三体2 黒暗森林 上

三体2 黒暗森林 上

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年06月18日頃

現代中国最大の衝撃作『三体』驚天動地の第二部!驚異の技術力をもつ異星文明・三体世界に立ち向かうため、地球が発動した前代未聞の「面壁計画」とは!?

三体2 黒暗森林 下

三体2 黒暗森林 下

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年06月18日頃

人類の命運は四人の面壁者の手に委ねられた。かれらは自分の専門分野の知識を駆使し、命がけの頭脳戦に身を投じるが…!?現代エンタメ小説の最高峰三部作。

話題の中国発SF小説「三体」の第二部は上下巻2冊組という大作。前作では地球に攻めてくる三体人が太陽系に到達するまであと450年とかいうところで終わっていた。

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

さて、今回はその続き。とにかく絶大な科学力を持つ三体人が太陽系に到達するのは数世紀後だ。その間に地球人はどう防衛準備をするのか?が軸。三体人は先行して地球に陽子ナノコンピュータ「智子」を送って地球の物理科学の発展を妨害していて、人類のやっていることは三体人には筒抜け。しかし三体人というのは考えは必ず表出されるもので、人類のように思考をうちに秘めるということがない。そこで人類は救済作戦を三体人だけでなく、人類にも漏らさず秘密裏に実行する権限を持つ4人の独立した者(面壁者)を選出した。一方で三体人は、面壁者の考え(人類救済作戦)を暴くため、人類の中で三体文明に興味を持つ協力者を破壁者としてそれぞれの面壁者に向かわせる。途中で人工冬眠なんかが入って、足掛け数世紀ほどの話になるんだけれども、三体人の真の意図をめぐって人類は右往左往。最終的には黒暗森林理論による呪文を使ったある面壁計画により三体人は地球に向かうことをあきらめてハッピーエンド。三体人、結局地球に来なかったあるよ(捜査船みたいなのは一機飛来して大惨事を引き起こしてはいるけれど)。

あいかわらず手に汗握る濃厚エンタメSF。一気に上下2冊読み切ってしまったよ。メインの主人公は一応いるものの、群像劇なので登場人物が多い。「この人誰だっけ?」とか最初のうちは混乱。重要だと思った人が途中であっさり退場して、この人はなんで出てきたん?(これは前作でもあり)。また地球の未来世界描写があるんだけれども、たしかに未来世界の科学技術はすごいしよく考えたものだと感心はするけれども、「智子」というものを設定しているので現在の科学技術で説明できる範囲での発展になるように枠をはめたのはうまい仕掛けだ。宇宙艦隊が壊滅させられていくシーンは情景が目に浮かぶようで、悲惨なシーンなのにものすごく美しい。また伏線回収もうまい。

三体人による人類の危機問題は本作で解決しちゃったんだけれども、この後まだ第三部があるんだよね?

三体2 黒暗森林 上[劉 慈欣/大森 望]
三体2 黒暗森林 下[劉 慈欣/大森 望]

読了:もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)[穂村 弘]

もしもし、運命の人ですか。

もしもし、運命の人ですか。

  • 作者:穂村 弘
  • 出版社:KADOKAWA
  • 発売日: 2017年01月25日頃

或る夜のこと。友達の家に何人かで集まって遊んでいるとき、コンビニエンスストアに食料の買い出しにゆくことになった。「僕、行こうか」と私が名乗りをあげると、「じゃあ、あたしも行く」とSさんが云った。どきっとする。今、Sさんは「じゃあ、あたしも行く」って云わなかった?「じゃあ」ってなんだ?-恋なんて縁がないと思っている人に贈りたい、人気歌人の恋愛エッセイ集。

「ときめき」延長作戦/いちゃいちゃ界/苺狩り/理想の男性像/「似ている」事件/性的合意点/次の恋人/好意の数値化/一次会の後で/料金所の女神〔ほか〕

歌人による軽妙洒脱なダメ男恋愛エッセイ。著者の恋愛観のダメっぷりや女性に対して抱く幻想が面白おかしく描かれている。女性が読むと、このダメ男っぷりが母性本能をくすぐるようでかわいいと思えるようなのだが(実際後書き解説にそう書いてある)、男から見ると「そうそう、そうなんだよ」と共感することしきりな点多し。恋の駆け引きは苦手だから、こういう場合はこういう解釈をすると明確にルール化してもらえると助かるとか(もちろん本気では言っていない)、常識人の著者からすると珍妙でありながらワイルドな発言(「今、東名を歩いている」とか)をさらっと吐きくさって女性の心を鷲掴みにする男への羨望とか。とにかく言うことがいちいち面白いのだ。著者は、女性に幻想を抱いている独りよがりなダメ男っぷりを開陳し、もてない男を演じているが、ちゃっかり運命の女性(=妻)がすでにいることをしれっと漏らしてしまったりもする。なんだこの男は、面白すぎるぞ。むしろこういうことが言える男になりたいぞ、俺は。

もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)[穂村 弘]
もしもし、運命の人ですか。[穂村 弘]【電子書籍】