読了:父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス/関 美和]

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

  • 作者:ヤニス・バルファキス/関 美和
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019年03月08日頃

元財務大臣の父がホンネで語り尽くす!シンプルで、心に響く言葉で本質をつき、世界中で大絶賛されている、究極の経済×文明論!

プロローグ 経済学の解説書とは正反対の経済の本/第1章 なぜ、こんなに「格差」があるのか?-答えは1万年以上前にさかのぼる/第2章 市場社会の誕生ーいくらで売れるか、それがすべて/第3章 「利益」と「借金」のウエディングマーチーすべての富が借金から生まれる世界/第4章 「金融」の黒魔術ーこうしてお金は生まれては消える/第5章 世にも奇妙な「労働力」と「マネー」の世界ー悪魔が潜むふたつの市場/第6章 恐るべき「機械」の呪いー自動化するほど苦しくなる矛盾/第7章 誰にも管理されない「新しいお金」-収容所のタバコとビットコインのファンタジー/第8章 人は地球の「ウイルス」か?-宿主を破壊する市場のシステム/エピローグ 進む方向を見つける「思考実験」

邦題は修飾の多い表現になっているが、英語タイトルは「Talking to My Daughter About the Economy: or, How Capitalism Works–and How It Fails (English Edition)

著者ヤニス・バルファキスは、ギリシャが経済危機の最中の2015年に財務大臣に就任し、EU当局からの財政緊縮策に「ノー」を示し、大幅な債務帳消しを求めた人。「なぜ経済的格差が存在するのか」という娘からの問いに応えるように語る、経済の歴史と現状の問題点、そして私たちが考えていかなければならないこと。愛するティーンの娘に対する語りなので、とても平易だが、経済の話から派生した人生訓まであり。具体的で身近な題材を使った例え話もわかりやすい。経済に疎いラフにはこういう本はとても助かり、内容も刺激的で一気に読み切った。

この世の中には有り余るほどおカネを持った人がいる一方で、何も持たない人がいるのはなぜだろう?

経済の誕生と市場の仕組みの成り立ちを追っていきながら、人類がどのような経済的問題に直面しどのように対処してきたかが述べられる。そして経済は人の思惑でどう転ぶかわからないものであり、これまでに確立されてきたどの経済理論も不完全であるという。経済学は決して科学ではない。自身も経済学者でありながら、経済学者を評してこのように言う。

経済学者が数学を使うから科学者だと言い張るのは、星占い師がコンピュータや複雑な表を使うから天文学者と同じくらい科学的だと言うのと変わらない。

民主主義と市場経済の関係は決して相性がいいものではなく、うまくいかない部分も結構多いことを述べ、チャーチルのジョークを踏まえて民主主義について次のように述べる。

民主主義はとんでもなくまずい統治形態だ。欠陥だらけで間違いやすく非効率で腐敗しやすい。だが、他のどの形態よりもましなのだ。

民主主義は不完全で腐敗しやすいが、それでも、人類全体が愚かなウイルスのように行動しないための、ただひとつの方策であることには変わりない。

人生訓関係では、次のような記述あり。

欲望を満足させることと、本物の幸せはどこが違うのだろう?

自分の望みを一度に全部は叶えてくれない世界と衝突することで人格ができ、自分の中で葛藤を重ねることで「あれが欲しい。でもあれを欲しがるのは正しいことなのか?」と考える力が生まれる。われわれは制約を嫌うけれど、制約は自分の動機を自問させてくれ、それによって我々を解放してくれる。

君には、いまの怒りをそのまま持ち続けてほしい。でも賢く、戦略的に怒り続けてほしい。そして、機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス/関 美和]
父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。[ヤニス・バルファキス]【電子書籍】

読了:読破できない難解な本がわかる本[富増 章成]

読破できない難解な本がわかる本

読破できない難解な本がわかる本

  • 作者:富増 章成
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019年03月29日頃

答えは全部、「古典」に書いてある。この本が、世界を変えた。教養としての名著60冊を徹底解説。

第1章 古代・叡智編 古代からの叡智を知ることができる本/第2章 思考・理性編 考えに考えて人生を変える本/第3章 人生・苦悩編 悩める人生について考えることができる本/第4章 政治・社会編 現代の政治思想とその起源がわかる本/第5章 経済・生活編 仕事と生き方がよくわかる本/第6章 心理・言語編 人の「心」と「言葉」について考えてみる本/第7章 思想・現代編 現代社会を別の角度から考えてみる本/第8章 日本・自己編 日本の思想をふりかえって自分を知る本

そういえば、阿刀田高は「実存主義」について知りたい時は、サルトルの『実存主義とは何か』が入門書としてわかりやすいと勧めているが、それでも評して曰く

“人間においては実存が本質に先立つ”と、これがサルトルの考えであり、実存主義の原点である。本質は、定義と言い換えてもよいだろう。
とはいえ、これだけではやっぱりわからない。わかるほうがおかしい。
(中略)
人間はまっ白い紙のようなものであり、そこになにを書くかは人間みずからが決定していくことであり、それゆえに自由であり、それを自覚することがなにより大切である、と、サルトルは主張しているのである。
 旧約聖書を知っていますか(新潮文庫 あー7-19)[阿刀田 高]

(中略)の後が、端的な要約(結論?)。その本に何が書かれているのかは、とりあえずこういうところを押さえておきたいのだ。こういう感じで、古今東西の様々なムツカシイ本を簡単に紹介してくれるのが本書『読破できない難解な本がわかる本』だ(ちなみに本書で取り上げられているサルトルの本は『存在と時間』だった)。

基本的には哲学・宗教・心理学・政治・経済の理論本が対象なので、いわゆる挫折系文学本の類は出てきません(『カラマーゾフの兄弟』とか『失われた時を求めて』とかね)。タイトルと著者名だけは知っているけれども何が書いてあるのかはあまりよくわかっていない本が続々と登場する。本の難易度、書かれた背景、内容の要約、この書から「人生で役に立つこと」コラム、そして著した人のプロフィールという順で、難解な1冊を数ページのダイジェストにして紹介していくのだ。まぁ無茶な企画だこと。でもこういったムツカシイ本を読むことは一生ないであろうラフにはありがたい企画でもある。

哲学関係の本では「自由」という言葉一つとっても、みんなそれぞれに自分の概念を定義していくので、単純比較ができない。この人はこういう定義で使う、あの人はああいう定義で使うっていう感じで、「自由」という言葉だけでは同じ土俵で議論を進めることができないのだ。同じ「イルカ」でも、水生哺乳類の「イルカ」と「なごり雪」の「イルカ」くらい違うんじゃないかってくらいに、人によって全然違うものを「自由」と定義している。もうほんと、ラフ、困っちゃう。

一人の著者が、複数のムツカシイ本を超圧縮ダイジェストで紹介しているのだから、どれも毒気を抜かれた扁平な紹介になってしまうのは仕方ない。でも、どれも古今東西の七面倒くさいことを考えている奴らの本なんだから、おそらく原書はどれも強烈な個性が異彩を放つ一癖ある文体に違いないとは想像できる。気になったものは読んでみるしかないのか(と、思わせる時点でこの著者の術中にはまったわけだな)。

「人生で役に立つこと」コラムは蛇足かも。読んでもいない本のダイジェストを紹介されたうえで、あなたの人生もこう考えたらいいんじゃない?と提案されても困る。その本の中身をどう生かすかは実際に読んでみた人がそれぞれに考えればいいし、それこそが読書の楽しみではないかと思ったり思わなかったり(自分では読まない宣言をしているくせに大口をたたく)。

そうか、「パラダイム転換(シフト)」って言葉はトーマス・クーン『科学革命の構造』で使われたのか。
wikipediaの「科学革命の構造」の項

『アンチ・オイディプス』は難易度★5だって?紹介の冒頭が「なにが書いてあるのかまったくわからない本。」だって。気になって夜も眠れない。
wikipediaの「アンチ・オイディプス」の項

キルケゴールの『死に至る病』が「絶望」を指しているというのは知っていたけれども、人間は「絶望」すると「死ぬ」、だから「絶望」せずに生きていくには?って本だと勝手に思っていた。あっさり否定された。「死に至る病」といいながら「死んでない」とは……

「絶望」とは死にたいけれども死ぬこともできずに生きていく状態のことです。肉体の死をも超えた苦悩が「絶望」です。
 つまり、生きながら死んでいるようなゾンビ状態のことを「死に至る病」と呼んでいるのです。
(中略)
結論としては、やっぱり人間は絶望する方がよいということです。というのは、人間は動物以上であり、自己意識をもつからこそ絶望しうるわけです。意識が増す(自己をみつめる)ことでいろんな挫折を感じ、「このままではいけない!」という焦燥感が強まってくるものです。
(中略)
絶望を人生の成長として捉えることが大切なのです。

wikipediaの「死に至る病」の項

『21世紀の資本』のトマ・ピケティってラフとほぼ同年代。この書は一世を風靡したけれども、もう古典と呼べるほどの地位を確立しているのか。
wikipediaの「21世紀の資本」の項

読破できない難解な本がわかる本[富増 章成]
読破できない難解な本がわかる本[富増章成]【電子書籍】

読了:カラフル(文春文庫)[森 絵都]

カラフル

カラフル

  • 作者:森 絵都
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2007年09月

生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼくの魂。だが天使業界の抽選にあたり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければならないのだ。真として過ごすうち、ぼくは人の欠点や美点が見えてくるようになるのだが…。不朽の名作ついに登場。

タイで映画化(2018)された原作ということで手に取ってみた(日本でもすでに実写(1999)とアニメ(2001)で映画化されている)。直木賞作家である著者はもともと児童文学でデビューした人なので、描写がとても素直でわかりやすくそしてキラキラとしている(出てくる話題が家庭の不和とか不倫とか援助交際とかなのにも関わらず)。ラスト近くで世界が色づいていくシーンの美しさはとりわけすばらしい。文字でこの色彩感を描くってすごいぞ。

死んだ僕は、輪廻のサイクルに戻るチャンスを天使から与えられ、自殺した中学3年生である小林真の身体に入って生活し、生前に犯した罪を思い出さなければならない。どうやら小林真の人生はパッとしないどころか自殺するのもさもありなんなものだったようだ。身体的コンプレックスを抱える上に、浮気する母親、仕事がうまくいっていない父親、大学受験を控えて意地悪で皮肉屋な兄という家族。学校に友達はいない。そして中年男性と援助交際をしている小林真の思い人。それでも、完ぺきではないがそれぞれに懸命に生きている人々の実際を知るにつれて、小林真が気付いていなかったであろう世界を僕は知っていく。この世界を小林真が知っていたら自殺なんかしなかっただろうに、この世界を知ってほしかったと僕は思い始める。そして僕が犯した生前の罪は何だったのか?

阿川佐和子による後書きが愉快。檀ふみの一言に爆笑。

アニメ版予告編(2001)

タイ版予告編(2018)

カラフル(文春文庫)[森 絵都]
カラフル[森絵都]【電子書籍】

読了:闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

  • 作者:ローン・フランク/仲野 徹
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2020年10月14日頃

人間の精神は操れる。人類のタブーに挑戦して葬り去られた天才科学者の記録とDARPA(国防高等研究計画局)も参戦する米医学界の最前線。

プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える/第1章 ゴー・サウスー野心に燃える若き医師/第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”/第3章 一躍、時代の寵児へー“ヒース王国”の完成/第4章 幸福感に上限を設けるべきか/第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」/第6章 その実験は倫理的か/第7章 暴力は治療できる/第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線/第9章 研究室にペテン師がいる!/第10章 毀誉褒貶の果てに/エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき

20世紀以降の精神医学と治療法の歴史と現在の最先端技術について、精神・神経医学の先駆者ロバート・ヒースの生涯を軸にして描いたルポルタージュ。

wikipedia(英語)の「Robert Galbraith Heath」の項

脳に電極を差して電気を流し、同性愛者を異性愛者へ変える人体実験の様子が冒頭に描かれる。でも、このルポルタージュはそんなグロテスクな人体実験だけを描いたものではない。邦題はかなり物騒なものになっているが原題は「The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor」で、精神病治療法としての脳深部電気刺激法とそれを研究した忘れられた先駆者ロバート・ヒースの生涯を扱ったものである。20世紀の前半、精神の問題は、それまでの主流であった「精神分析」から「精神医学」「神経医学」へと医学・医療の対象へと変わっていった。その先駆者であったロバート・ヒースの栄光と挫折の生涯を関係者へのインタビューを通して追っていく。また、精神・神経医学・脳科学における最先端の技術を交えて話は進む。

科学者ロバート・ヒースがいかにして精神病を科学的に研究治療する方法を求めていたのか、そして当時考えうる限りのインフォームドコンセントを慎重に取り付けて治療(実験)を行ったかが描かれる。それにもかかわらず当時の社会はそれを人体実験とみなしてデモが起き、多くの医療関係科学者はヒースの進歩的な考えや実験報告に懐疑的であった。ヒースの研究室で何があったのかがまるでドラマのようで手に汗握るほど面白く、それを解明していくために関係者を探し訪ねていく過程が興味深い。また最新の脳科学技術についてはDARPA(国防高等研究計画局)が力を入れている(IT関係者ならピンと来ると思うんだけれども現在のインターネットの原型を生み出した軍事研究所)。その軍事研究所が脳科学研究に力を入れていると聞くと物騒な想像をしてしまうが、目的としているのは戦地から帰還した人々の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療である。その治療法として現在どんなことが研究されているのだろうか?

なぜ”Robert”が「ボブ」になるの? – ニックネームの不思議 | 会話に使える!英文法

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]
闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野徹・解説]【電子書籍】

読了:三体2 黒暗森林 上・下[劉 慈欣/大森 望]

三体2 黒暗森林 上

三体2 黒暗森林 上

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年06月18日頃

現代中国最大の衝撃作『三体』驚天動地の第二部!驚異の技術力をもつ異星文明・三体世界に立ち向かうため、地球が発動した前代未聞の「面壁計画」とは!?

三体2 黒暗森林 下

三体2 黒暗森林 下

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年06月18日頃

人類の命運は四人の面壁者の手に委ねられた。かれらは自分の専門分野の知識を駆使し、命がけの頭脳戦に身を投じるが…!?現代エンタメ小説の最高峰三部作。

話題の中国発SF小説「三体」の第二部は上下巻2冊組という大作。前作では地球に攻めてくる三体人が太陽系に到達するまであと450年とかいうところで終わっていた。

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

さて、今回はその続き。とにかく絶大な科学力を持つ三体人が太陽系に到達するのは数世紀後だ。その間に地球人はどう防衛準備をするのか?が軸。三体人は先行して地球に陽子ナノコンピュータ「智子」を送って地球の物理科学の発展を妨害していて、人類のやっていることは三体人には筒抜け。しかし三体人というのは考えは必ず表出されるもので、人類のように思考をうちに秘めるということがない。そこで人類は救済作戦を三体人だけでなく、人類にも漏らさず秘密裏に実行する権限を持つ4人の独立した者(面壁者)を選出した。一方で三体人は、面壁者の考え(人類救済作戦)を暴くため、人類の中で三体文明に興味を持つ協力者を破壁者としてそれぞれの面壁者に向かわせる。途中で人工冬眠なんかが入って、足掛け数世紀ほどの話になるんだけれども、三体人の真の意図をめぐって人類は右往左往。最終的には黒暗森林理論による呪文を使ったある面壁計画により三体人は地球に向かうことをあきらめてハッピーエンド。三体人、結局地球に来なかったあるよ(捜査船みたいなのは一機飛来して大惨事を引き起こしてはいるけれど)。

あいかわらず手に汗握る濃厚エンタメSF。一気に上下2冊読み切ってしまったよ。メインの主人公は一応いるものの、群像劇なので登場人物が多い。「この人誰だっけ?」とか最初のうちは混乱。重要だと思った人が途中であっさり退場して、この人はなんで出てきたん?(これは前作でもあり)。また地球の未来世界描写があるんだけれども、たしかに未来世界の科学技術はすごいしよく考えたものだと感心はするけれども、「智子」というものを設定しているので現在の科学技術で説明できる範囲での発展になるように枠をはめたのはうまい仕掛けだ。宇宙艦隊が壊滅させられていくシーンは情景が目に浮かぶようで、悲惨なシーンなのにものすごく美しい。また伏線回収もうまい。

三体人による人類の危機問題は本作で解決しちゃったんだけれども、この後まだ第三部があるんだよね?

三体2 黒暗森林 上[劉 慈欣/大森 望]
三体2 黒暗森林 下[劉 慈欣/大森 望]

読了:もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)[穂村 弘]

もしもし、運命の人ですか。

もしもし、運命の人ですか。

  • 作者:穂村 弘
  • 出版社:KADOKAWA
  • 発売日: 2017年01月25日頃

或る夜のこと。友達の家に何人かで集まって遊んでいるとき、コンビニエンスストアに食料の買い出しにゆくことになった。「僕、行こうか」と私が名乗りをあげると、「じゃあ、あたしも行く」とSさんが云った。どきっとする。今、Sさんは「じゃあ、あたしも行く」って云わなかった?「じゃあ」ってなんだ?-恋なんて縁がないと思っている人に贈りたい、人気歌人の恋愛エッセイ集。

「ときめき」延長作戦/いちゃいちゃ界/苺狩り/理想の男性像/「似ている」事件/性的合意点/次の恋人/好意の数値化/一次会の後で/料金所の女神〔ほか〕

歌人による軽妙洒脱なダメ男恋愛エッセイ。著者の恋愛観のダメっぷりや女性に対して抱く幻想が面白おかしく描かれている。女性が読むと、このダメ男っぷりが母性本能をくすぐるようでかわいいと思えるようなのだが(実際後書き解説にそう書いてある)、男から見ると「そうそう、そうなんだよ」と共感することしきりな点多し。恋の駆け引きは苦手だから、こういう場合はこういう解釈をすると明確にルール化してもらえると助かるとか(もちろん本気では言っていない)、常識人の著者からすると珍妙でありながらワイルドな発言(「今、東名を歩いている」とか)をさらっと吐きくさって女性の心を鷲掴みにする男への羨望とか。とにかく言うことがいちいち面白いのだ。著者は、女性に幻想を抱いている独りよがりなダメ男っぷりを開陳し、もてない男を演じているが、ちゃっかり運命の女性(=妻)がすでにいることをしれっと漏らしてしまったりもする。なんだこの男は、面白すぎるぞ。むしろこういうことが言える男になりたいぞ、俺は。

もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)[穂村 弘]
もしもし、運命の人ですか。[穂村 弘]【電子書籍】

読了:スプラッシュマンション(PHP文芸文庫)[畠山健二]

スプラッシュマンション

スプラッシュマンション

  • 作者:畠山健二
  • 出版社:PHP研究所
  • 発売日: 2015年01月08日頃

人生は笑って、楽しんだ者の勝ち!-東京の下町・葛飾区新小岩。分譲マンションの管理組合理事長・高倉と、管理会社の癒着が発覚!?住人の麻丘と南は、漫画原作を生業とするパパ友・葉山を参謀役に迎え、謎の風俗嬢をも巻き込んで、高慢で小悪党の理事長を懲らしめるべく「大人のいたずら」を仕掛ける!笑芸作家が人生の妙味を笑いでつつみ込んで描いたノンストップ・エンターテインメント。

鼻持ちならないマンション管理組合理事長に対して「いたずら」(復讐ではない!)を画策するおっさんたち。半ばで仕返しが終わったかと思ったら、あにはからんやそこから警察沙汰の立てこもり事件にまで発展してしまう。会話が軽妙でトントンと進む、義理と人情も交えた痛快エンターテイメント。

スプラッシュマンション(PHP文芸文庫)[畠山健二]
スプラッシュ マンション[畠山健二]【電子書籍】

読了:すべての神様の十月(PHP文芸文庫)[小路幸也]

すべての神様の十月

すべての神様の十月

  • 作者:小路幸也
  • 出版社:PHP研究所
  • 発売日: 2017年09月08日頃

帆奈がバーで隣り合ったイケメンは、死神だった!?死神は、これまでに幸せを感じたことがないらしい。なぜなら幸せを感じた瞬間…(「幸せな死神」)。貧乏神に取り憑かれていた雅人。そうとは知らず、彼は冴えない自分の人生を“小吉人生”と呼び、楽しんでいたのだが…(「貧乏神の災難」)。人生の大切なものを見失った人間の前に現れる神々たち。その意外な目的とは?優しさとせつなさが胸を打つ連作短篇集。

幸せな死神/貧乏神の災難/疫病神が微笑む/動かない道祖神/ひとりの九十九神/福の神の幸せ/御蒔け・迷う山の神

いきなり死神から始まるけれども、これがコメデイなのだ。そして最後に泣かせる。人の世に、数多の人生を見守る神様がそこかしこにいる。そして福の神の話で気付かされる。この著者は人の優しさや思いやり、可能性を信じていてそれを伝えるためにこの作品では神様にその役目を託したのだ、本当は神様ってあなたの周りにいる人たちなんだよって。

軽いノリで楽しく読めて、最後にほろっと泣かせる短編集。あぁ、いい話をありがとう。

すべての神様の十月(PHP文芸文庫)[小路幸也]
すべての神様の十月[小路幸也]【電子書籍】

読了:ウンベルト・エーコの文体練習[完全版](河出文庫 河出文庫)[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]

ウンベルト・エーコの文体練習[完全版]

ウンベルト・エーコの文体練習[完全版]

  • 作者:ウンベルト・エーコ/和田 忠彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 発売日: 2019年06月06日頃

「パロディーと戯れるわたしには、モラルも批評精神も皆無だ」(エーコ)。老女たちの性的魅力を綴った手記『ノニータ』、新大陸発見の実況中継、『フィネガンズ・ウェイク』続篇の書評…古今東西の文学作品、映画、取扱い説明書など、変幻自在のパロディー集。「知の巨人」による最高の遊戯的エッセイ。大幅増補「完全版」!

1(ノニータ/新入り猫の素描/もうひとつの至高天/物体/芸術家マンゾーニの肖像の再浮上による反復行為の散策のための彼の虚構化をめぐる小生の分析/ポー川流域社会における工業と性的抑圧/フランティ礼賛/息子への手紙/変速書評三編/アメリカ発見/あなたも映画を作ってみませんか/涙ながらの却下ー編集者への読書リポート/楽しみはつづかないーウンベルト・Eの文学遊戯)/2(帝国の地図(縮尺1/1)/編集チェック/かくれん本/定量分析批評概要/調子はいかが?/聖バウドリーノの奇蹟/教官公募/取り扱い説明書/エーコは霧のむこうに)

哲学者、記号論学者、小説家など多くの方面で活躍したイタリアの知の巨匠ウンベルト・エーコによるパロディ中心のエッセイ。パロディであっても手を抜かず本格的に取り組む姿勢に感服。ものすごくバカバカしいこともここまで徹底されると本当かもとか思いだしてしまう。大真面目にふざけることの面白さが満載。知らなくても楽しめるけれども、知っているともっと楽しめるというのが優れたパロディだと思っているのだが、それの答えがこれだなと思った。

解説が冗長なのが玉に瑕。このギャグの面白さはこういうところでと説明しているような感じがして野暮。それぞれの読者がそれぞれのレベルで楽しめばいいんじゃないかと思う。

ウンベルト・エーコの文体練習[完全版](河出文庫 河出文庫)[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]
ウンベルト・エーコの文体練習[完全版](ウンベルト・エーコの文体練習[完全版])[ウンベルト・エーコ]【電子書籍】

読了:越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版[越前 敏弥]

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版

  • 作者:越前 敏弥
  • 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2019年08月29日頃

『ダ・ヴィンチ・コード』の名翻訳家が勘所を伝授。英語自慢の鼻をへし折る!シリーズ2点を合本して再編集。

A 基礎編120問(文の構造/時制・態/否定/助動詞・不定詞/動名詞・分詞 ほか)/B 難問編30問 正答率20~70%/C 超難問編10問 正答率20%未満/D 活用編30問

読んでいて苦しくなった。大学受験の頃の英文和訳問題ってこんな感じの文ばっかりだったようなことを思い出してしまった。

扱われているのは当然日常会話ではなく、文学や評論、契約書など。「ん?どういうことだ?」と引っかかる骨のある英文ばっかり。案の定ラフはことごとく誤訳したよ。まったく反対の文意にとっていたり、何を言っているのかまったく意味不明だったり、中には文の構造がこれっぽちも押さえられていないものまで(主語はどれ?動詞はどれ?この節は何?)。

解説では、どこで引っかかるかが丁寧に解説されている。英語は左から読んでいくって習ってはいてもそれがどういうことか全然分かっていなかったんだなぁ。知的エンターテイメント(頭の体操)としてもなかなか面白かった。

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版[越前 敏弥]
越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文【決定版】(越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文【決定版】)[越前敏弥]【電子書籍】