鼻持ちならないマンション管理組合理事長に対して「いたずら」(復讐ではない!)を画策するおっさんたち。半ばで仕返しが終わったかと思ったら、あにはからんやそこから警察沙汰の立てこもり事件にまで発展してしまう。会話が軽妙でトントンと進む、義理と人情も交えた痛快エンターテイメント。
カテゴリー: 読書
読了:すべての神様の十月(PHP文芸文庫)[小路幸也]
読了:ウンベルト・エーコの文体練習[完全版](河出文庫 河出文庫)[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]
1(ノニータ/新入り猫の素描/もうひとつの至高天/物体/芸術家マンゾーニの肖像の再浮上による反復行為の散策のための彼の虚構化をめぐる小生の分析/ポー川流域社会における工業と性的抑圧/フランティ礼賛/息子への手紙/変速書評三編/アメリカ発見/あなたも映画を作ってみませんか/涙ながらの却下ー編集者への読書リポート/楽しみはつづかないーウンベルト・Eの文学遊戯)/2(帝国の地図(縮尺1/1)/編集チェック/かくれん本/定量分析批評概要/調子はいかが?/聖バウドリーノの奇蹟/教官公募/取り扱い説明書/エーコは霧のむこうに)
哲学者、記号論学者、小説家など多くの方面で活躍したイタリアの知の巨匠ウンベルト・エーコによるパロディ中心のエッセイ。パロディであっても手を抜かず本格的に取り組む姿勢に感服。ものすごくバカバカしいこともここまで徹底されると本当かもとか思いだしてしまう。大真面目にふざけることの面白さが満載。知らなくても楽しめるけれども、知っているともっと楽しめるというのが優れたパロディだと思っているのだが、それの答えがこれだなと思った。
解説が冗長なのが玉に瑕。このギャグの面白さはこういうところでと説明しているような感じがして野暮。それぞれの読者がそれぞれのレベルで楽しめばいいんじゃないかと思う。
■ ウンベルト・エーコの文体練習[完全版](河出文庫 河出文庫)[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]
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読了:越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版[越前 敏弥]
A 基礎編120問(文の構造/時制・態/否定/助動詞・不定詞/動名詞・分詞 ほか)/B 難問編30問 正答率20~70%/C 超難問編10問 正答率20%未満/D 活用編30問
読んでいて苦しくなった。大学受験の頃の英文和訳問題ってこんな感じの文ばっかりだったようなことを思い出してしまった。
扱われているのは当然日常会話ではなく、文学や評論、契約書など。「ん?どういうことだ?」と引っかかる骨のある英文ばっかり。案の定ラフはことごとく誤訳したよ。まったく反対の文意にとっていたり、何を言っているのかまったく意味不明だったり、中には文の構造がこれっぽちも押さえられていないものまで(主語はどれ?動詞はどれ?この節は何?)。
解説では、どこで引っかかるかが丁寧に解説されている。英語は左から読んでいくって習ってはいてもそれがどういうことか全然分かっていなかったんだなぁ。知的エンターテイメント(頭の体操)としてもなかなか面白かった。
■ 越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 決定版[越前 敏弥]
■ 越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文【決定版】(越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文【決定版】)[越前敏弥]【電子書籍】
読了:きみと暮らせば(徳間文庫)[八木沢里志]
親同士の再婚で兄妹になった陽一とユカリ。5年前にその両親を事故で亡くしてからは兄妹の二人暮らし。26歳の兄と中3で受験生の妹、そして新しく家族となったネコの種田さん。何気ない一年間の暮しぶりをのほほんと描く。のんびり屋の兄は兄なりに妹を引き取ったことの責任に悩み、妹は実の母親と会ったりもするが、最終的には今の何気ない日常を2人で続けていく幸せを選ぶ。いつかは別々の生活をしていくことにはなるだろうその日まで……
悪くはないが、とりとめのない平和な日常の連続で、個人的にはちょっと退屈。もうちょっと刺激が欲しかった。とりたてて大事件が起こるわけではない、のほほんとした読み物を求めている時にはちょうどいいかも。
読了:ボーイミーツガールの極端なもの[山崎ナオコーラ/小田康平]
処女のおばあさん/野球選手の妻になりたい/誰にでもかんむりがある/恋人は松田聖子/「さようなら」を言ったことがない/山と薔薇の日々/付き添いがいないとテレビに出られないアイドル/ガールミーツガール/絶対的な恋なんてない
様々な恋の形を描いた連作短編集。すべての作品にサボテンが1種ずつ登場する。ストーリーの前にそのサボテンの写真と生態の紹介がある。入鹿君の話は悲劇だけれども、概してつかみどころのない「恋」をつかみどころなく、結末を描き切らないところがおもしろい(他の話で後日譚が明かされるものもあり)。でもそれがとてもいいのだ。どうなったのかを慮る幸せを感じられる。
■ ボーイミーツガールの極端なもの[山崎ナオコーラ/小田康平]
■ ボーイミーツガールの極端なもの(ボーイミーツガールの極端なもの)[山崎ナオコーラ]【電子書籍】
読了:昨日の海は[近藤史恵]
光介は四国の太平洋側に面した田舎に暮らす高校1年生。夏休みに今まで存在さえ聞かされたことのない母の姉が8歳の娘を連れて東京から帰ってきた。母姉妹の父母(光介の母方の祖父母)は、光介が生まれる前に借金を苦にして心中したという。母はそのことに触れたがらないが、母の姉はこの地に暮らすのであるからとその事件の真相を解明しようとする。ただの心中ではなくどうやら無理心中であったようなのだ。心中であれば母姉妹は親(祖父母)に捨てられたことになるが、無理心中であればどちらかは姉妹を捨てたわけではないことになる。母の姉から話を聞き、光介自身も祖父母の今まで知られていなかった過去を調べていくと……。
太平洋に面した四国っていったら高知県だよね?高校生の主人公が東京にまで自分の祖父母の情報を訪ねていくとか、進路に悩む話とか若干設定に「海がきこえる」臭がした。前途はまだわからないけれども前向きで素直な主人公による、さわやか健全なストーリーなので安心して読める。
読了:彼女は頭が悪いから[姫野 カオルコ]
4,5月の新学期シーズンになると渋谷に東大の学生証をちらつかせてナンパをする輩が現れる──という都市伝説的笑い話が、かつてあった。
本作品は男子東大生による女子大生に対する集団わいせつ事件に着想を得たフィクション。直木賞作家でもある著者としては問題提起も込めて発表したと思うのだが、一部で激しい議論を呼んだ。東大ではこの作品について著者を招いてのシンポジウムまで開かれるという問題作になった。当時のシンポジウムの様子を記事で読むと、多くの東大関係者には作品中の東大生の描き方にリアリティがないと感じられたようだ(かなり否定的な意見が多かったようだ)。一方で著者はあくまでもフィクションであり「東大」や「東大生」そのものを貶める意図はないことをおっしゃっていた。むしろこういう風に問題になったことに著者自身が当惑している感じでまとめられていたように思う。
以下いくつか書評を紹介しておく。
■ 東大OGが『彼女は頭が悪いから』を読んで思うこと。私たちも「クソ東大生」と同じ穴の狢かもしれない | DRESS [ドレス]
■ 僕は頭がいいけれど…東大生が抱く「彼女は頭が悪いから」への違和感|好書好日
■ 「彼女は頭が悪いから」読了感想と考察。|Randy|note
■ 女子大生の服を脱がせて叩き……「東大わいせつ事件」に着想を得たエグい本 | 文春オンライン
■ 書評:「彼女は頭が悪いから」 姫野カオルコ・著 : タイム・コンサルタントの日誌から
■ 『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ(書評): trivialities & realities
確かに、実名で登場する他の大学の学生の描き方に比べると、5人の東大生は具体的に描くことで「東大生とはこういうものだ」という十把一絡げ的な扱いだなぁという印象は読んでいても感じた(この著者は何か東大に対してルサンチマンを抱えているのか?と勘繰りたくなるほど)。この作品が議論を呼んだのはそこなんじゃないかな。明らかに東大を指してはいるけれども架空の大学名を使った方が、フィクションとして登場人物のリアリティが増して説得力を持ったんじゃないか?ルポルタージュではないのだから、人間性を描く小説においてこれは失敗だと思う。しかし著者としては「東大」というブランドというか記号(実際に作品中でもあえて「『todai』の音」と書いていたりする)が持つ威力を利用することで作品の説得力が増すと考えた次第だとは思うが。そうはいってもフィクションの力をもっと信用してよかったのでは?それが作家の力量でもあると思う。
読後が非常に不快になる強烈な作品ではあるが、被害者の神立美咲の大学学部長が彼女に寄り添ってくれた点には救いがある。
読了:だめだし日本語論[橋本 治/橋爪 大三郎]
日本語のできあがり方ー鎌倉時代まで(文字を持たなかった日本人/日本語のDNA螺旋構造/外国に説明できない日本史/学問に向かない日本語/日本語は「意味の言葉」ではない ほか)/日本語の壊し方ー室町以後(幽霊が主役の能/江戸の印刷文化/武士が歴史をつくらなかったから天皇制につながった/漢字とナショナリズム)
多くの古典を独自の現代語に訳してきた経験を持つ作家の橋本治と、社会学者の橋爪大三郎による「日本語の歴史」を題材にした座談会(この二人は大学の同級生)。日本語の専門家(研究者)でない二人がそれぞれに日本語とはどんなものかを文学史とからめて話していくので雑談的要素も多く楽しく読める。写本の写真も多く掲載されていて、文だけでなく目で見てもその歴史を追うことができる。ひらがなカタカナについての言及はもちろん、多くの古典文学作品だけではなく、大衆芸能にまで幅広く話題が及ぶ。いやぁ読みやすいうえに刺激的で面白かった。後半に述べられる室町時代にいったん崩壊した日本語が江戸時代に再構築されていく下りもなかなか。
正しく美しい日本語の正解なんてものはなくて、現在の日本語だって決して完成されたものではない、日本語の歴史だって決して1本道だったわけでもないという前提で話は進められていくのだが、最後に二人の意見はちょっと分かれる。あいまいでいい加減な日本語をそのまま受容してそれでいいんだよと言いたい橋本治と、「したり顔でいい加減な日本語を使う輩」をなんとかしたいために日本語をある程度体系立てた方がよいと考える橋爪大三郎。個人的には橋本治に賛同。
■ 【バーゲン本】だめだし日本語論(atプラス叢書)[橋本 治 他]
■ だめだし日本語論[橋本 治/橋爪 大三郎]
■ だめだし日本語論[橋本治/橋爪大三郎]【電子書籍】
読了:デッドエンドの思い出(文春文庫)[よしもと ばなな]
幽霊の家/「おかあさーん!」/あったかくなんかない/ともちゃんの幸せ/デッドエンドの思い出
久々によしもとばななを手に取ってみた。あぁそうだった、この人は、なんとなくさみしいとか、なんとなくもやもやするとか、なんか心に引っかかるんだよってものを、きっちり書き込むことができる人だった。だからこそそのもやもやを抱えた読者は誰もが「そうそう!!」と共感をよぶんだよね。よしもとばななの見事さはその心の不安定さを言語化できるところなのだと思う。今回の短編集はどれもドラマティックな出来事は起こらないんだけれども、それを日常のとらえどころのない気持ちと絡めてさらっとまとめる。うそ、本当はとんでもないことも起こっているんだけれども、それをさも日常の一場面として(主に回想が多いけど)取り込んでしまうのだ。生きていく上での ambiguity な心持ちをそれでもいいんだよと肯定的に受け止めてくれる、そんなやさしさにあふれた短編集。
それでは、何カ所か特に鼻についた「ばなな臭」をお楽しみください。
これはもう、セックスしてもいいの? いいよ、というやりとりと何も違わないことを、私たちはわかっていたと思う。ちょっとした悲しみの中で。
(「幽霊の家」より)
秋の空は透明な色をしていて、景色と溶け合うところまですうっと澄んでいて、どこまでもあいまいで、はっきりした感じが何もなくて、宙ぶらりんな私を優しくなぐさめた。
(「デッドエンドの思い出」より)
きゅうと追い詰められたような気持ちは抜けていなかった。それでも「今しかない、今から目をそらしたら悲しくなってしまうから」とせっぱつまっているこの日々は、どうしてだか、まさにそれゆえに奇妙に幸せだった。
(「デッドエンドの思い出」より)