読了:僕が死んだあの森[ピエール・ルメートル/橘 明美]

僕が死んだあの森

僕が死んだあの森

  • 作者:ピエール・ルメートル/橘 明美
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2021年05月26日頃

母とともに小さな村に暮らす十二歳の少年アントワーヌは、隣家の六歳の男の子を殺した。森の中にアントワーヌが作ったツリーハウスの下で。殺すつもりなんてなかった。いつも一緒に遊んでいた犬が死んでしまった悲しみと、心の中に積み重なってきた孤独と失望とが、一瞬の激情になってしまっただけだった。でも幼い子供は死んでしまった。死体を隠して家に戻ったアントワーヌ。だが子供の失踪に村は揺れる。警察もメディアもやってくる。やがてあの森の捜索がはじまるだろう。そしてアントワーヌは気づいた。いつも身につけていた腕時計がなくなっていることに。もしあれが死体とともに見つかってしまったら…。じわりじわりとアントワーヌに恐怖が迫る。十二歳の利発な少年による完全犯罪は成るのか?殺人の朝から、村に嵐がやってくるまでの三日間ーその代償がアントワーヌの人生を狂わせる。『その女アレックス』『監禁面接』などのミステリーで世界的人気を誇り、フランス最大の文学賞ゴンクール賞を受賞した鬼才が、罪と罰と恐怖で一人の少年を追いつめる。先読み不可能、鋭すぎる筆致で描く犯罪文学の傑作。

自分を慕ってくれていた隣家の6歳の男の子を、感情の爆発から意図せず殺害してしまった12歳のアントワーヌ。思わず死体を森の中に隠してしまったが、家に帰ると腕時計をなくしていることに気付く。男の子の行方不明事件として村は大騒ぎになる。自白していっそ楽になったほうがいいのか、それともこのまま隠ぺいしたままでいいのか、苦しむアントワーヌ。そこに村を記録的な大嵐が襲う。

村を覆う不景気観、村の狭くて濃密な人間関係、そして大嵐がアントワーヌの境遇をさもありなんと思わせる。子供殺しという現実、自身と子どもなりにも考えた世間体のはざまで葛藤するアントワーヌの追い詰められた感を絶妙に描く作者の力量はすばらしい。この子供時代の出来事が全体の半分を占める。アントワーヌの一人称語りなので、事件がどのように起こったのか、死体をどこにどう隠したのかもすべてわかっており、またアントワーヌはそれを一生隠し通そうと強い意志をもって行動しているわけでもない。今後少年の死体は見つかることがあるのだろうか?アントワーヌの殺人は明るみに出るのか?というだけだ。

さて、12年後、医学生となったアントワーヌは忌まわしい思い出のある村を避けて恋人とともに海外へ出発しようとしていたが、帰省した折に殺害した男の子の家とは反対側の隣家の幼馴染(別の男と婚約済み)とチョメチョメしてしまい、その娘が妊娠してしまう。その両親から責任を取るようにアントワーヌは脅される。一方かつて男の子の死体を隠した森が開発され、男の子の白骨死体が発見され、犯人につながる生体試料が見つかるものの、犯罪者データベースには該当者なしで殺害犯はわからずじまい。自身のDNAを提供しなければならなくなる事態を避けるために、彼は恋人と別れ、妊娠させてしまった幼馴染と結婚することを選ぶ。さらに数年後、彼は村の医者となっていた。結局村から逃れることはできなかったのだ……。

あの森で犯した殺人は遂に明るみに出ることはなかったが、そのことで振り回された僕の人生、あの森で死んだのは「僕」だったのかもしれない。でもこの話にはちゃんと救いが用意されているのだ。確かにあの森の事件で「僕」の人生は狂わされたかもしれない。でも村で「僕」はささやかながらも新しい人生を見つけている。そして最後に明かされるのは、あの殺人は決して自分一人が抱えていたわけではなかったのだ。そうか腕時計はそこにあったのか。

犯罪文学というより人間ドラマとしてよくできていて抜群におもしろかった。

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