読み間違いの思い込み

 そういえば先日、酔っぱらってエロトークになったとき、自分が「ていん、ていん」と連呼したらしくて、「それはなんだ?」と問われた。ほら、あれですよと、手でそのしぐさをしたら、「それは『しゅいん』」と突っ込まれた。「手淫」。そうかぁ「しゅいん」と読むのか。この年にして初めて知ったよ。「御しゅいん帳」みたいだねと言ったら、「このばちあたりが」と。

書くことがないと書けばいい

書くことがなければ、書くことがないと書けばいい。
ん~~、書くことが本当にないのか?何にもない一日を過ごしたのか?と問われると、地味なことはいろいろあったけれども、書くネタとしてまとまるものがない。最近平日を中心に更新するようにしているけれども、はっきり言って最近書き散らしていることってホントつまらない。せめて書くからにはオチをつけた小話くらいにまとめたいというのが本音。ただこんなことがあったとだけ書くのは不本意である。不本意ならやめてしまえ?

土曜日の晩飲み会に行ってきます。

「どようびのばんのみかいにいってきます。」を一発変換したら「土曜日の番の未開に言ってきます。」となった。フッ、まだまだだな。

というわけで、S吹奏楽団元団員Kさんを囲む会に参加。とりあえず焼肉、それから居酒屋へ移って楽しく談笑。Kさん忙しそうだけれども、相変わらず話がうまくて楽しい。また余裕が出来たら戻ってきてほしいなぁ。

ネコ手・ネコ耳

 知人でまったく無関係の少なくとも2名が独立に「自分は『ネコ手』である」と主張している。「ネコ手」要するに、熱いものを手で持つのが苦手だと。そのくらいは言語感性がおかしいと言われる自分にも理解は出来る。ここにおいては、「ネコ」>「猫舌」>「ネコ手」という流れから派生した使い方で、「ネコ」>(直接)「ネコ手」ではない。「ネコ手」という言葉においては「ネコ」という語が表す動物そのものには意味(あるいは関係)はないのである(たとえネコが手足において熱いものとの接触が苦手であるとしても)。一方で「ネコ耳」というものは2次元やコスプレ用具として頻繁に使われるが、これはあきらかにネコ由来であり、「ネコ」という語を使うことが重要なのである。

しも

「下ネタ」はウィットに富んでなければ意味がない、下品なだけなのはただの「下」だ!!とはSちゃんの言。

のぼる

Rに誘われて仕事終わってから東京ドームで野球観戦。

球場で野球見るのって、やっぱり人が小さく見える。それでもなんだろう、この臨場感というのかライブ感。おもしろい。盛り上がる観客の中にいるのもなかなかおもしろいよね。テレビ中継ではわからない感覚。

野球終わった後は、ちゃんぽん亭に寄って近江ちゃんぽん初体験。滋賀県民のソウルフードらしい。優しい味でなかなかおいしかった。また食べたい!

一発変換

「きのくにやぶんざえもん」が一発で「紀伊国屋文左衛門」と変換されると、ちょっとうれしい。

ゼロの未発見

紀元前1年の翌年は紀元後1年つまり西暦1年。西暦0年という年は存在しない。
【補足】天文学は除く