読了:ラッシュライフ(新潮文庫 新潮文庫)[伊坂 幸太郎]

ラッシュライフ

ラッシュライフ

  • 作者:伊坂 幸太郎
  • 出版社:新潮社
  • 発売日: 2005年05月

泥棒を生業とする男は新たなカモを物色する。父に自殺された青年は神に憧れる。女性カウンセラーは不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた男は野良犬を拾う。幕間には歩くバラバラ死体登場ー。並走する四つの物語、交錯する十以上の人生、その果てに待つ意外な未来。不思議な人物、機知に富む会話、先の読めない展開。巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる。

 エンターテイメント小説としては今は池井戸潤のほうが人気あるのかな。でも、ラフはビジネスエンターテイメント小説にはどうも食指が動かない。読めばきっと面白いんだろうけれども。また百田尚樹のビジネス英雄譚みたいな伝記っぽいものもあまり好まない。そうなのだ、ビジネスというものに根本的に興味がないのだ。

 なので、若干ファンタジー色が強いものの一般の市井人が主役で日常を苦悩しながらも生きていく、そしてちょっとした事件に巻き込まれて奇想天外な展開をしていくが、人生を生きることに絶望しない伊坂幸太郎の小説は好きなのだ。伊坂幸太郎が仙台在住なので仙台を舞台にした作品も多く、本作も主に仙台市街で話が展開される(仙台駅や市街の通り名やアーケードのある商店街の位置関係などを知っていると面白く読めるかも。ドラマなんかでこのシーンは東京のあそこだ!とかわかるとうれしいみたいな感じ?)。

 並走する4つの物語と書いてあるけれども、ちょっと弱めのもう1つのグループがあって全体で5つの話が並行して進んでいく。駅前に新たにオープンしたカフェや、展望台のある駅前ビルで開催されているエッシャー展、駅近くで道行く人に好きな日本語の調査をしている外国人などどの話にも出てくるガジェットがあって、それぞれの話が並行して進行していることを示唆する。正直言うと常識的にはあり得ない設定もちらほら出てくるけれども、そこは伊坂幸太郎の絶妙なファンタジー描写で「まぁそういうことでいいか」と流せる。とりわけ、軽妙洒脱でさりげない教養溢れる会話は伊坂幸太郎ならではで楽しめる。そして各話で出てくるエピソードや小道具がそれぞれほかのエピソードにも登場してきたりすることで、だんだんと話が整理集約されていく。それぞれのエピソードは独立しているけれども完全に別個ではない。しかも読者がちりばめられた仕掛けをパズルのように組み立てていく過程でわかってくるのは、各エピソードが実は同じ時刻に同時進行しているのではなかったということ。各グループの出来事は日が一日ずつずれていたのだ。

「人生がリレーだったらいいと思わないかい?」
「リレー?」
「私の好きだった絵にそういうものがあってね。『つなぐ』という題名だった。それを観て思ったんだ。一生のうち一日だけが自分の担当で、その日は自分が主役になる。そうして翌日には、別の人間が主役を務める。そうだったら愉快だな、と」
「そうだとしたら、お前の出番はいつだよ」
 佐々岡はあまり考えなかった。「昨日だよ。君と久しぶりに会えて楽しかった。昨日は私が、私たちが主役だった」
「子供じみた考えだな」
「昨日は私たちが主役で、今日は私の妻が主役。その次は別の人間が主役。そんなふうに繋がっていけば面白いと思わないか。リレーのように繋がっていけば面白いと思わないか。リレーのように続いていけばいいと思わないか? 人生は一瞬だが、永遠に続く」
「人の一日なんてどれも似たり寄ったりだよ。俺たちの昨日も、おまえのカミさんの今日も、別の人間の明日だって、重ねて一度に眺めてみればどれも一緒に見えるさ」
「そんなことはない」と佐々岡は笑った。

 そうか、この物語の仕掛けはこれだったんだね(ネタばれゴメン)というわけ。これは市井の人への人生賛歌だな(登場人物はことごとくとんでもないことに巻き込まれたりやっていたりするけれども)。こういうところが伊坂幸太郎のエンターテイメントの気持ちいいところなんだよね。

「私には賭けるものなんてない」
「もし金庫があったら、俺のアドバイスを聞けよ」
「アドバイス?」
「泥棒なんていう孤独な仕事を続けているとな、誰も自分の言うことを聞いてくれない事実に愕然とするんだ。人は誰かに忠告されたい。同時に誰かにアドバイスしたいと思っている。そういうものだ」
「そういうものかい?」
「誰だって人生のアマチュアだからな。他人に無責任なアドバイスをしてだ、ちょっとは先輩面したいんだ」

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