映画鑑賞「テネット」~物理用語をかなり都合よく濫用したクリストファー・ノーラン監督の印象系実験映画

久々に映画館でも行ってみるかと選んだのが今話題の「テネット」。アメリカでの反応はいまいちだったらしいが、日本では大ヒット。その難解さが癖になるとかで、「分からないけれども面白かった」という謎の感想にあふれた作品(自分のもとにはそんな感想ばっかり届いていた)。じゃ、観てやろうじゃないの。

映画『TENET テネット』オフィシャルサイト|大ヒット上映中

で、観てきました。2時間半くらいある長めの映画だったんだけれども、ラフ的感想を述べるなら「物理用語をかなり都合よく濫用したクリストファー・ノーラン監督の印象系実験映画」。ストーリーはすごく場当たり的で展開に必然性はほとんどなし、ただひたすら生ぬるい緊張感が延々と(緩急というものが一切ない)、そして頭と腹をガンガン殴りつけるような乱暴な音響効果が2時間半続く。時間遡行ものなので多少は仕掛けがあるものの、印象的なシーンがあとで実はあのシーンだったんだというのは何カ所かあるんだけれども、普通そういう伏線回収というのは回収することによって今までの疑問が解けるとかどんでん返しが起こったりするからおもしろいのに、この作品は単に実はあのシーンはこのシーンを別の視点から見たものだったんですよというだけ。

扱われているSF的要素は「時間の矢」(時間は過去から未来に一方向にしか向かわない)いわゆる「エントロピー増大の法則」(時間の矢が一方向にしか進まないのは、開放系ではエントロピーは増大するから)なんだけれども、じゃ「時間の矢」を逆向きに進めることができればどうなるか?という発想。もちろんSFなのでこの発想自体は悪くない。ただ個々の物体がそれぞれに時間の矢の向きを変えて同じ世界に存在しうるのかとか、時間の矢が逆転しているからエネルギーも逆転して炎は凍るとかいう設定もあったりするんだけれども(ある1場面でだけ説明的に使われているが、じゃ他のエネルギーは逆転しないのか?っていう疑問はあるし、その場面でしか使われない使い捨て理屈扱い)とか理論的にはつまみ食いなので穴だらけ。そもそも「エントロピー増大の法則」の重要な前提条件は「開放系において」ってところなんだけれどもなぁ。SFというのは、それがもとにした理論から「じゃこういう場合はどうなる?」とか仮定を使って想像して話を膨らますのは常套手段ではあるけれども、それでもそれを読者なり観客なりを納得させるだけの説得力を持って表現しないとならないわけで、そこがSF作家の力量ってやつでしょ。それがこの作品にはこれっぽっちも見られないのだ。まったくもって監督・脚本が都合よく使える理論を部分的につまみ食いしているだけ。

時間の挟みうち作戦が何回か出てくるんだけれども、通常世界から反転世界の物体を見ると、その物体のみがフィルムの逆回転の如く動いているわけ。横転する車とかが、事故を起こした状態から普通に走っている状態に戻っていくように見えたり。そこはまぁいいよ。そういうことにしておくよ。今度は、登場人物が反転世界に行くと、自分自身は通常の動きをしているのだけれども、周りの世界全部がフィルム逆回し世界なのよ。とりわけラストシーンの荒野でのドンパチは、敵地に乗り込む集団が反転世界で攻撃をかけていくから、攻め込む集団の周りの戦地で起こる出来事がすべて逆回し世界になっていて、これはどうみても「コメディ」の手法。その滑稽さを大真面目にやられるから、おかしくてしょうがない。なんでみんな笑わないの?(ちなみに前半に出てくる床を這う人物の逆回しは「エクソシスト」だ)

ストーリーがあまり明確にない作品なので、最初から、敵も味方もミッションの正体も、そして黒幕もよくわからないまま進む(しかも登場人物は言及はするもののあまりそのことを本気では気にしていないようなのだ)のだが、最後に取ってつけたような黒幕種明かしが、ターミネーターのバリエーションだった時には「なんじゃそりゃ!!」と突っ込んだよ。

難解なのではなく、あまりにも物理用語を適当に使った説得力のない中途半端な雰囲気だけSF映画だから、「時間の矢」「エントロピー増大の法則」をよく知らない人は煙に巻かれているだけじゃないの?

レポート ・ エントロピー増大の法則 -エントロピーの話し(1)-
wikipediaの「エントロピー」の項



追記(2020-10-23)

現実はこうだけれども、こういう考え方をしてみたらおもしろい視点が生まれるんじゃないか?っていうのはフィクション(中でもSF)では重要な要素の一つだと思います。ただ作り手によるその着眼点がきちんと整理されて作品の世界観がきちんと構築されていて欲しいのです。

テネットの最大の失敗は、時間軸の反転によりエネルギーも反転するため、炎で凍死しかけるって中間あたりに出てくるワンシーンをものすごく印象深く作ってしまった点だと思うのです。このシーンが理屈の解説付きで丁寧に描かれているんだけれども、この設定ってこの場限りの使い捨てで(伏線でもなんでもない)、それ以外の時間軸反転世界では一切無視されてしまうのですよ。ラフ的にはラストのドンパチシーンで、この設定活かしたらものすごくおもしろいのにって思うわけですよ(炎と銃撃の嵐だし)。要するに「テネット」は着眼点は面白いけれども、作品として成立させるにはストーリーがきちんと練られていないため、深みはなく行き当たりばったりという感想をラフは持ったということを開陳した次第。そして、そういう点を踏まえてラフは「テネット」を「実験映画」と呼んだわけです。

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