読了:三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

  • 作者:宝樹/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2022年07月06日頃

異星種属・三体文明の太陽系侵略に対抗する「階梯計画」。それは、敵艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送るという奇策だった。航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)はその船の推進方法を考案。船に搭載されたのは彼女の元同級生・雲天明(ユン・ティエンミン)の脳だった…。太陽系が潰滅したのち、青色惑星(プラネット・ブルー)で程心の親友・艾(アイ)AAと二人ぼっちになった天明は、秘めた過去を語り出す。三体艦隊に囚われていた間に何があったのか?『三体3 死神永生』の背後に隠された驚愕の真相が明かされる第一部「時の内側の過去」。和服姿の智子が意外なかたちで再登場する第二部「茶の湯会談」。太陽系を滅ぼした“歌い手”文明の壮大な死闘を描く第三部「天蕚」。そしてー。“三体”熱狂的ファンの著者・宝樹は、第三部『死神永生』を読み終えた直後、喪失感に耐えかね、三体宇宙の空白を埋める物語を勝手に執筆。ネットに投稿したところ絶大な反響を呼び、“三体”著者・劉慈欣の公認を得て“三体”の版元から刊行された。ファンなら誰もが知りたかった裏側が描かれる衝撃の公式外伝(スピンオフ)。

「三体」シリーズのスピンオフではあるんだろうけれども、もっと分かりやすく言うなら「三体」ファンが書いた二次創作ものだね。第3部「死神永生」の取りこぼしを拾っていき発展させたストーリー。

オリジナル「三体」シリーズの魅力は多少の伏線回収漏れなど気にもしていないかのような、おおざっぱながらも力強く進む大陸的文学要素にあったとラフは思っているわけよ(その点がこれまでのSF作品と一線を画す点でもある)。それに対して本作は、「まぁ細かいことは気にするな」とオリジナルでは捨て置かれたようなところまでを几帳面に拾っていく、繊細でロマンティックな作風(恋愛要素入り)。このあたりがオリジナルの「三体」らしさを期待して読み始めると裏切られる点かも。

これはこれで、オリジナル「三体」への愛も感じられるし、よく考えられたエンターテイメントとして、とてもおもしろいよ(「あれはそう解決したのか」とか感心する点も多かった)。でも「三体」とは別物だなというのがラフの感想(そりゃそうだ)。

三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]
三体X 【観想之宙/かんそうのそら】[宝樹]【電子書籍】

読了:奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]

奇書を奇書たらしめるものは、読み手の価値観である。人は時代に合わせて「信じたいもの」を選択してきた。時には、嘘にまみれた書物を受け入れて過ちすら犯す。過去は変えられないが、奇書の歴史を学びとし、未来をどう生きるのか。

01 ノストラダムスの大予言(ミシェル・ド・ノートルダム著)世界一有名な占い師はどんな未来もお見通しだった!…のか?/02 シオン賢者の議定書ーかの独裁者を大量虐殺へ駆り立てた人種差別についての偽書/03 疫神の詫び証文ー伝染病の収束を願って創られた、疫病神からのお便り/番外編01 産褥熱の病理(イグナーツ・ゼンメルワイス著)-ウイルス学誕生前に突き止めた「手洗いの重要性」について/04 Liber Primus(Cicada3301)-諜報機関の採用試験か?ただの愉快犯か?ネットに突如現れた謎解きゲーム/05 盂蘭盆経(竺法護 漢訳)-儒教と仏教の仲を取り持った「偽経」/06 農業生物学(トロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコ著)-科学的根拠なしの「“画期的な”農業技術」について/番外編02 動物の解放(ピーター・シンガー著)-食事の未来を変えるかもしれない、動物への道徳的配慮について

前作の感想はこちら

読了:奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]

前作に引き続き、もともとがネット動画なので、内容は軽くて薄い(前作以上に軽いかも)。軽いのも当然、ネットの民を対象にした「こういう面白い本がある」という紹介なのだから、ちっとも難しくないのである。いわゆる本好きにはちょっと物足りない。個人的には医学生物学関係とITの話題が多かったので、知識を整理する分にしてもかなり物足りなかった。それでも、著者はこの本の対象者を明確に定めており、分かりやすくするためにきちんと記述してある点は相変わらず徹底している。そして言葉もかなり選んで使っている点にも好感が持てる。各章の扉絵もステキ。

今回も、偽書もあれば、奇妙な境遇の本、今では(当時も)否定された理論の本などを取り上げているが、中でもユニークなのは「Cicada3301」の追跡の章。ネット上で話題になったものなのでどういうものかは知っていたけれども、そのいきさつを丹念に追っている。この章で出てくる本は、本そのものというより、本を使った暗号が使われているというもの。あとは「シオン賢者の議定書」(偽書だということは知っていた)がどういう変遷を得て編まれたものかの由来(ウンベルト・エーコによる)はおもしろい。

奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]
奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語(奇書の世界史)[三崎 律日]【電子書籍】

読了:シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

  • 作者:シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム
  • 出版社:竹書房
  • 発売日: 2020年09月30日頃

エルサレムを死神が闊歩したり(「エルサレムの死神」)、進化した巨大ネズミに大学生とぽんこつロボットが挑んだり(「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」)、テルアビブではUFOが降りてきてロバが話し出すこともある(「ろくでもない秋」)。あなたは、天の光が消えた空を見つめる少年(「星々の狩人」)や悩めるテレパス(「完璧な娘」)とも出逢うだろう。アレキサンドリア図書館(「アレキサンドリアを焼く」)に足を踏み入れ、無慈悲な神によって支配されている世界を覗くだろう(「信心者たち」)。未知なる星々のまばゆいばかりの輝きをあなたは目にする。その光はあなたの心を捉えて放さないはずだー。ロバート・シルヴァーバーグによる序文、編者による「イスラエルSFの歴史」をも含む、知られざるイスラエルSFの世界を一望の中に収める傑作集。

オレンジ畑の香り(ラヴィ・ティドハー)/スロー族(ガイル・ハエヴェン)/アレキサンドリアを焼く(ケレン・ランズマン)/完璧な娘(ガイ・ハソン)/星々の狩人(ナヴァ・セメル)/可能性世界(エヤル・テレル)/鏡(ロテム・バルヒン)/シュテルン=ゲルラッハのネズミ(モルデハイ・サソン)/夜の似合う場所(サヴィヨン・リーブレヒト)/エルサレムの死神(エレナ・ゴメル)/白いカーテン(ペサハ(パヴェル)・エマヌエル)/男の夢(ヤエル・フルマン)/二分早く(グル・ショムロン)/ろくでもない秋(ニタイ・ペレツ)/立ち去らなくては(シモン・アダフ)

これまでも、国別SFアンソロジーを紹介してきた。

中国SF短編集の感想はこちら

読了:折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]

韓国SF短編集の感想はこちら

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

今回はイスラエル発のSFファンタジーアンソロジー。なんといっても、ユダヤの民はヘブライ語聖書(キリスト教の旧約聖書のオリジナルに相当するもの)という多くの人に知られている、ある意味壮大なるファンタジーをものした民族である。とはいえ、近代のシオニズム運動においては、敬虔なユダヤ教徒からすれば、聖書は唯一の聖典でありそれ以外の創作物語というものは認められてこなかったという背景を持つらしい(このあたりの事情は解説の「イスラエルSFの歴史」に詳しい)。で、本著に取り上げられている作品も多くは今世紀に入ってからの作品ということだ。著者紹介を読むと専門フィクション文筆業の人よりも、兼業作家や芸術家といった感じの人が目立つ。

におい立つ地中海と中東の香りにあふれた話があれば、突拍子もない奇想天外な話もある。冒頭の「オレンジ畑の香り」が幻想的な話で引き込まれた。また「アレキサンドリアを焼く」と「立ち去らなくては」の2編はとりわけ面白かった。

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]
シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選)[中村融/安野玲/市田泉]【電子書籍】

読了:意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]

意識と感覚のない世界

意識と感覚のない世界

  • 作者:ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日: 2019年12月18日頃

2012年、権威ある医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』は、その200年の歴史において掲載した論文のなかから、もっとも重要な一本を選ぶ読者投票を行った。読者が選んだ「栄えあるベストワン」は、1846年に掲載されたエーテル吸入による初めての無痛手術についての論文であった。今日では、麻酔は脳や心臓の手術から虫歯の治療にいたるまで、医療現場になくてはならないものになった。しかし、発見から170年以上が経ったいまでも、麻酔薬が私たちに作用するメカニズムは多くの謎に包まれたままなのだ。メスで身体を切り刻まれているあいだ、痛みを感じないのはなぜなのか?手術のあと、何事もなかったように目を覚ますことができるのはなぜなのか?3万回以上の処置を行ってきた麻酔科医が、麻酔薬の歴史から麻酔科医の日常までを描く、謎めいた医療技術をめぐるノンフィクション。

深い眠り/麻酔科医のコマンドセンター/五つのA/線路のような麻酔記録/マスクの恐怖/絶飲食/心臓の鼓動/特別変わった患者/つきまとうミス/待たされる側になると/折り鶴/囚われた脳/目で見て、やってみて、教えてみよ/覚醒/安全な旅路

麻酔って医学分野においてなくてはならないものであるにもかかわらず、そのメカニズムっていまだに謎なんだってね。

さて、本書は麻酔科医による医学エッセイ。麻酔の歴史や、麻酔科医の医療現場における役割や作業、そして使命について、著者のこれまでの経験からの麻酔科医の未来の展望までを語る。手術を受ける患者にとっては、麻酔科医というのは手術直前に初めて会って、かつ術前最後に会う医者でもある、そして手術後にはあまり会わない医者。じゃ、そんな大したことがないのかというとさにあらず。手術前からその患者のことを調べ、患者の不安を取り除くのも仕事。また手術中もつきっきりで患者の様態が安定するようにコントロールする責任を負っている。医者としては花形ではないのかもしれないが、欠くべからざる役割を担っている。それでいながら一般には知られていないため軽視されがちな麻酔科医の仕事と存在意義を知るには、非常に勉強になる。

意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]
意識と感覚のない世界ーー実のところ、麻酔科医は何をしているのか[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/勝間田敬弘]【電子書籍】

読了:病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(下)

病の皇帝「がん」に挑む(下)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

20世紀に入り、怪物「がん」と闘うには「治療」という攻撃だけでなく、「予防」という防御が必要であることがわかる。かくて、がんを引き起こす最大の犯人として、たばこが指名手配されたが…人類と「がん」との40世紀にわたる闘いの歴史を壮絶に描き出す!ピュリッツァー賞、ガーディアン賞、受賞作。

第4部 予防こそ最善の治療(「まっくろな棺」/皇帝のナイロンストッキング/「夜盗」 ほか)/第5部 「われわれ自身のゆがんだバージョン」(「単一の原因」/ウイルスの明かりの下で/「サーク狩り」 ほか)/第6部 長い努力の成果(「何一つ、無駄な努力はなかった」/古いがんの新しい薬/紐の都市 ほか)

上巻の感想はこちら

読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

下巻は「がん」の「予防」から。肺がんとたばこの関係は法廷ドラマのように描かれる。続いて「がん」の発生メカニズムへの挑戦が描かれる。ゲノムプロジェクトの進行とともに各地の研究者が「がん」遺伝子とその治療法を探求する競争。今となっては古典ともいえるストラテジーも当時は試行錯誤の末にたどり着いたものであったのだ。個人的にはこの章が一番おもしろかった。刊行された当時のゲノムプロジェクトあたりで話が終わってしまっているのが、仕方ないとはいえ残念。

これに続く「遺伝子ー親密なる人類史ー」にしろ、シッダールタ・ムカジーの物語を紡ぎだす才はすばらしい。この人、文筆家やジャーナリストではなく、臨床腫瘍科医なんだよ。

病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(下)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】

読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(上)

病の皇帝「がん」に挑む(上)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

地球全体で、年間700万以上の人命を奪うがん。紀元前の昔から現代まで、人間を苦しめてきた「病の皇帝」の真の姿を、患者、医師の苦闘の歴史をとおして迫真の筆致で明らかにし、ピュリッツァー賞、ガーディアン賞を受賞した傑作ノンフィクション。

第1部 「沸き立たない黒胆汁」(「血液化膿症」/「ギロチンよりも飽くことを知らない怪物」/ファーバーの挑戦状 ほか)/第2部 せっかちな闘い(「社会を形成する」/「化学療法の新しい友人」/「肉屋」 ほか)/第3部 「よくならなかったら、先生はわたしを見捨てるのですか?」(「われわれは神を信じる。だがそれ以外はすべて、データが必要だ」/「微笑む腫瘍医」/敵を知る ほか)

シッダールタ・ムカジーの「遺伝子」がすごくおもしろかったので、その前に書いている本書もぜひ読んでみたいと思っていた次第。「遺伝子」の感想は以下。

読了:遺伝子ー親密なる人類史ー 【電子書籍】[ シッダールタ ムカジー ]

本書の日本語版出版が2013年にだから最新の情報まではフォローしきれていないにしても、がんとは何か、人類はどう対処してきたのかを知りたければ今でも十分に読む価値あり。

腫瘍医として臨床の場での体験と、自身が立ち向かっている「がん」の歴史、そして人類の紆余曲折の苦闘を物語として語っていく。読みやすく分かりやすい構成になっているところが良い。科学啓蒙書でありながら、歴史ドラマにもなっているのだ。上巻ではがんの歴史、そして主に欧米における(とりわけアメリカにおける)外科的切除術、放射線治療、薬物化学的療法の3つの主要な治療法の歴史、ならびに初期のがん対策ロビー活動について表わされている。

病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(上)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】

読了:生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]

生命の歴史は繰り返すのか?

生命の歴史は繰り返すのか?

  • 作者:Jonathan B. Losos/的場 知之
  • 出版社:化学同人
  • 発売日: 2019年06月03日頃

ヒトを含め、いま存在する動植物は、必然的に生まれたのか、それともたまたま運良く進化しただけなのか?地球の生命史における最大のミステリーを実験で解決しようと奮闘する研究者たちによって、グッピーやショウジョウバエ、細菌、シカネズミ、そして著者自身のアノールトカゲの実験を通して、生命テープのリプレイがおこなわれた。はたして、進化生物学における最新のブレイクスルーで、科学界屈指の大論争は解決できるのか。

グッド・ダイナソー/第1部 自然界のドッペルゲンガー(進化のデジャヴ/繰り返される適応放散/進化の特異点)/第2部 野生下での実験(進化は意外と速く起こる/色とりどりのトリニダード/島に取り残されたトカゲ/堆肥から先端科学へ/プールと砂場で進化を追う)/第3部 顕微鏡下の進化(生命テープをリプレイする/フラスコの中のブレイクスルー/ちょっとした変更と酔っぱらったショウジョウバエ/ヒトという環境、ヒトがつくる環境)/運命と偶然:ヒトの誕生は不可避だったのか?

あぁ、そういえば一昔前に生物進化の「適応」の仕組みについて、遺伝学者のリチャード・ドーキンスと、進化古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド(2002年没)が大西洋を挟んでやりあっていたなぁと思いだした。本著は、グールドの代表作「ワンダフル・ライフ」(このタイトルが、クラシック映画「素晴らしき哉、人生!」(1946)と同じなのは偶然ではない)の中にある、進化のテープを巻き戻してもう一度再生しても今の進化は再現されないだろうという考えに対する考察から始まる。(「ワンダフル・ライフ」はグールドが先輩科学者コンウェイ=モリスの研究成果を称えてカンブリア紀の生物多様性大爆発を論じた本なんだけれども、それに対して温厚で知られるコンウェイ=モリスが「俺はそんなことは言っていない」と反論し物議を醸した本でもある)

「進化は繰り返すのか?」つまり、条件さえ同じであれば生物の進化は同じ(少なくとも似る)になるのか?っていうことを本書では論じている。確かに適応放散(オーストラリアの有袋類の進化が有名)の例などが知られてはいる。「進化」について論じる上で確認しておかなければならないのは、ダーウィン以来「進化」という現象は、世代を経ることによる変異(DNA情報の変異)の蓄積による表現型の変化のことである。ある集団において環境に依存しているような特定の形態や性質が見られるようになっていたとしても、それが遺伝的な(つまりDNAを原因とする)変異によるものでない場合は「進化」とは別現象なのだ。

かつては「進化」は実験では確認できない(再現性が担保されない)分野とされていたが、今やDNAの塩基配列決定が手軽に行えるようになったことも一助となって、様々な工夫により実験可能な分野になってきていることを具体的な研究例を通して紹介している。本書のもっともおもしろいのがこの部分。この部分だけでも、この本の存在意義は十分にある。

最終的に、私たちヒトは進化の過程のしかるべき産物として存在しているのか?生命の進化テープをもう一度リプレイしてもやはりヒトは誕生するのか?(「生命の歴史は繰り返すのか?」)。あるいは恐竜がもし絶滅していなかった場合は、彼らもヒトのような形態に進化していたのか?いわゆるディノサウロイド(wikipediaの「ディノサウロイド」の項)。ドーキンスとグールドの論争と同様に、結局は進化をマクロにとらえるか、ミクロにとらえるかで見えるものが違うってところなんだと思うけれども、科学者としては至極真っ当な「まぁそうだろうな」という結論に着地。著者の知的好奇心を大事にしながらも科学者としては極めて真摯でおだやかな態度に個人的にはとても好感が持てた。

生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]
生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む(生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む)[Jonathan B. Losos]【電子書籍】

読了:三体3 死神永生 上・下[劉 慈欣/大森 望]

三体3 死神永生 上 三体3 死神永生 下

三体3 死神永生 上

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

三体3 死神永生 下

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

話題の中国SF「三体」シリーズの最後となる「死神永生」(今作も上下2分冊のボリューム)は、前2作を上回るさらにぶっ飛んだスケールにまで広がったてんこ盛りエンターテイメント小説。1作目「三体」と2作目「三体~黒暗森林」の感想は以下。

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

読了:三体2 黒暗森林 上・下[劉 慈欣/大森 望]

前作で、三体人は地球侵攻をやめたはずだけれども、さて今作ではどういう話になるのか?

冒頭に、コンスタンチノープル陥落(1453年)のエピソードが挿入されているのにまず面食らう。前作で描かれた「面壁計画」の裏で、「階梯計画」という別のプロジェクトがあったところから始まる。人類のスパイを三体世界に送り込もうという計画で、当時(というか現代?)の技術ではロケット(?)に十分な推進力を与えるには極端な軽量化が必要で、とても人間一人であっても送ることはできない。ということで、ある人物の脳だけを取り出して冬眠状態にして送り出そうというびっくり計画なのだ。ところが、実行に移したときに事故が起こって、送り出す目的の三体艦隊とはまったく異なる方向へ放り出されてしまったのだ。こうして「階梯計画」は失敗したとして忘れ去られていった。

ここで今作でも重要な「暗黒森林」理論を復習しておく。宇宙の真実──宇宙は恐ろしい暗黒の森であり、あらゆる文明は、その中でじっと息を潜めている狩人である。他の文明の存在に気付いたときは、とりあえずやられる前に破壊しておくのが賢明。おそらく宇宙に文明が存在するのであればこの理論で動いているはずというもの。この理論は前作の主人公である羅輯の面壁計画により確認され、太陽系侵攻を止めないのであれば三体星系の座標を全宇宙に送信するぞ!という脅迫により地球人類は救われたのだった。

さて、今回の主人公は「階梯計画」発案者の若き女性科学者の程心。彼女は技術記憶の保持者として、人工冬眠でこの状態の未来に送られる。危うい抑止効果のバランスで三体世界と地球人類は平和的共存を営み始めているように見えたのだが、三体世界は抑止システムの更新時の隙を狙って、地球にある三体星系座標送信機を破壊したのだ。抑止効果を失ったため、地球は三体人に征服されかけるのだが、唯一送信機を兼ねた人類の宇宙船が間一髪、三体座標の全宇宙への送信に成功する。その座標を受信した別文明により三体星系が破壊されたら、三体星系と太陽系は隣接しているので、遅かれ早かれ太陽系の存在にも気付かれて太陽系も破壊される。それを知った三体人は地球侵略から手を引き太陽系からも逃げ出す。予想よりも早く数年後に三体星系は光子攻撃により三体ある恒星の1つが攻撃をうけて滅んでしまう。三体星系の座標を送信したからには、次は太陽系がいつ滅ぼされるかということで、人類は生き延びる手段を検討する。

一方、失敗したと思われていた「階梯計画」で昔宇宙に送った脳は、実は三体世界により捕獲されていたことが判明する。三体人は脳から元の人間を復活させていたのだ。太陽系に向かっていた艦隊の生き残った三体人監視のもとで、(脳から復元された)彼は程心と対面する。そこで彼から告げられた三つのおとぎ話に隠された人類が生き残るための秘策は?

三体星系を破壊するのに使われた光子を放って恒星を破壊するのはお手軽な方法で、とりあえず潰しとけって時に使われる手段で、実はもっとすごい方法、宇宙の次元を下げるという攻撃があるのだ。太陽系はこの方法で攻撃されたのだ。つまり三次元宇宙を二次元に落とすことで破壊するのだ。この攻撃により二次元に変わっていく太陽系を冥王星からの眺めた様子が今作の圧巻の場面。何が起こっているの?何言っちゃってんの?言葉だけではよくわからないけれど、とにかくものすごい映像が読者の脳内ではそれぞれに再現されているんだろうなという常軌を逸したビューティフルなシーンなのだ。こうして太陽系は終焉を迎えて地球は滅びましたとさ。人類は深宇宙に向かっていた艦隊と、光速航行ロケットで太陽系を脱出した主人公が生き残ってます。このあと、なんだかんだと、時間はバンバン未来に飛びまくって最後はビッグクランチ(宇宙の終焉)直前まで行ってしまう。壮大すぎるよ。

だいぶ端折ったつもりでもこれだけのストーリー。書ききれなかったキーは他にもてんこ盛りなので、興味のある方は実際に読んでみてくださいな。宇宙は無慈悲という一方で、程心の母性愛や人類愛、はたまた宇宙のリセットを計画し呼びかける超文明なんかも登場。ラブストーリーの要素かと思ったところは、惜しいところまで来ていたのに、二人は結局膨大な時間に阻まれて再会できなかったのね。

人類文明という幼い子どもは、玄関のドアを開け、外を覗いてみた。しかし、果てしなく広がる夜の深い闇に縮み上がり、あわててドアをまたしっかりと閉ざしたのである。

シリーズを通して、とにかくものすごい量の要素が盛り込まれており、それぞれが周到に記述されていくので、後々重要になるんだろうなと思っていても、放ったらかしになってしまっているものも結構ある(伏線回収されないというか、そもそも実は伏線でもなんでもなかった?)。文学作品では記述されたからにはその要素には何らかの意味があるはずという強い思いで読んでいると、肩透かしを食うもこともあるのはご愛敬。そこはとてつもなりエンターテイメント性でチャラということで。

「三体」「黒暗森林」「死神永世」人気大河SF三部作がNetflixで実写ドラマに – ITmedia NEWS

三体3 死神永生 下[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】
三体3 死神永生 下(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

わたしたちが光の速さで進めないなら

わたしたちが光の速さで進めないなら

  • 作者:キム・チョヨプ/カン・バンファ
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年12月03日頃

打ち棄てられたはずの宇宙ステーションで、その老人はなぜ家族の星への船を待ち続けているのか…(「わたしたちが光の速さで進めないなら」)。初出産を控え戸惑うジミンは、記憶を保管する図書館で、疎遠のまま亡くなった母の想いを確かめようとするが…(「館内紛失」)。行方不明になって数十年後、宇宙から帰ってきた祖母が語る、絵を描き続ける異星人とのかけがえのない日々…(「スペクトラム」)。今もっとも韓国の女性たちの共感を集める、新世代作家のデビュー作にしてベストセラー。生きるとは?愛するとは?優しく、どこか懐かしい、心の片隅に残り続けるSF短篇7作。

巡礼者たちはなぜ帰らない/スペクトラム/共生仮説/わたしたちが光の速さで進めないなら/感情の物性/館内紛失/わたしのスペースヒーローについて

韓国発のSF小説集。SFといっても、背景に使われているのがSF的なネタであるというだけで、本質的には人間の物語。どの話もキーを握っているのは女性で、著者の社会的な弱者へのまなざしの温かさを感じさせる点がおもしろい。

「共生仮説」は目の付け所がするどい。細胞内共生仮説といえば元々マーギュリスが提唱したものだが、マーギュリスが女性科学者であるという点も踏まえているんだろうな。

wikipediaの「細胞内共生説」の項

冒頭の「巡礼者たちはなぜ帰らない」が一番おもしろかった。ある穏やかで平和な村では、成人の儀式として宇宙船に乗って「始まりの地」へ巡礼に出かけることになっている。ところが巡礼に出かけた若者は全員がそろって巡礼から帰ってくることはない。「始まりの地」とはどこで、なぜ巡礼から帰ってこない人がいるのか?ディストピアとユートピアは考え方次第の紙一重のものであり、人間は自身の不完全さを受け入れて闘わなければならない、そしてそれこそが人間の存在意義なのかも……。

わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]
わたしたちが光の速さで進めないなら[キム チョヨプ]【電子書籍】

読了:銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]

流れ星はどこから来る?宇宙の中心にすまうブラックホール、真空の発見、じゃんけん必勝法と民主主義の数理、世論を決めるのは17%の少数者?忘れられた夢を見る技術、反乱を起こす奴隷アリ、銀河を渡る蝶、理論物理学者、とっておきの22話。

〔天空編〕
第1夜 海辺の永遠
第2夜 流星群の夜に
第3夜 世界の中心にすまう闇
第4夜 ファースト・ラグランジュ・ホテル
〔原子編〕
第5夜 真空の探求
第6夜 ベクレル博士のはるかな記憶
第7夜 シラード博士と死の連鎖分裂
第8夜 エヴェレット博士の無限分岐宇宙
〔数理社会編〕
第9夜  確率と錯誤
第10夜 ペイジランク─多数決と世評
第11夜 付和雷同の社会学
第12夜 三人よれば文殊の知恵
第13夜 多数決の秘められた力
〔倫理編〕
第14夜 思い出せない夢の倫理学
第15夜 言葉と世界の見え方
第16夜 トロッコ問題の射程
第17夜 ペルシャとトルコと奴隷貴族
〔生命編〕
第18夜 分子生物学者、遺伝的真実に遭遇す
第19夜 アリたちの晴朗な世界
第20夜 アリと自由
第21夜 銀河を渡る蝶
第22夜 渡り鳥を率いて

はっきり言ってしまうとこれは科学啓蒙書の類では全くない。科学者による純然たるエッセイ本。各話は著者の文学的センス(時にあまりにも詩的でロマンチックで夢見がち)から話が出発して締めくくられる。日ごろの思いや考えを述べつつ、それに科学的話題をちょくちょくからめて進行する。なので扱われている科学の話題はそんな複雑な話ではないし、まぁ今までにどこかで聞いて知っている話ばかり。だからなんなんだ?って回もある。でも、科学者っていうのはこういうたわいもないことを日常考えていても、それを科学的知見と結びつけてはこんなことを徒然に考えているんだよ、ということを知る点では面白いかも。科学者って日ごろ何考えてんの?っていう人が読むと面白いかと。科学者だって詩人なのである。

銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]
銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異(銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異)[全卓樹]【電子書籍】