読了:生物はなぜ誕生したのか(河出文庫)[ピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク]

生物はなぜ誕生したのか

生物はなぜ誕生したのか

  • 作者:ピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク
  • 出版社:河出書房新社
  • 発売日: 2020年04月07日頃

生物は幾度もの大量絶滅を経験し、スノーボールアースや酸素濃度の増減といった地球環境の劇的な変化に適応することで進化しつづけてきた。生命はどこでどのように誕生し、何が進化を推し進めたのかを、宇宙生物学や地球生物学といった最新の研究結果をもとに解明。生物の生き残りをかけた巧妙な戦略と苦闘の歴史を新たな視点で描き出す!

時を読む/地球の誕生ー四六億年前~四五億年前/生と死、そしてその中間に位置するもの/生命はどこでどのように生まれたのかー四二億(?)年前~三五億年前/酸素の登場ー三五億年前~二〇億年前/動物出現までの退屈な一〇億年ー二〇億年前~一〇億年前/凍りついた地球と動物の進化ー八億五〇〇〇万年前~六億三五〇〇万年前/カンブリア爆発と真の極移動ー六億年前~五億年前/オルドビス紀とデボン紀における動物の発展ー五億年前~三億六〇〇〇万年前/生物の陸上進出ー四億七五〇〇万年前~三億年/節足動物の時代ー3億5000万年前~3億年前/大絶滅ー酸素欠乏と硫化水素ー2億5200万年前~2億5000年前/三畳紀爆発ー2億5200万年前~2億年前/低酸素世界における恐竜の覇権ー2億3000万年前~1億8000万年前/温室化した海ー2億年前~6500万年前/恐竜の死ー6500万年前/ようやく訪れた第三の哺乳類時代ー6500万年前~5000万年前/鳥類の時代ー5000万年前~250万年前/人類と10度目の絶滅ー250万年前~現在/地球生命の把握可能な未来

扱われているのは生物進化史ではあるんだけれども、地球環境との関連が詳しく述べられており、どちらかというと地球史。非常に分かりやすく簡潔に最新の知見(スノーボールアース仮説とか)を踏まえた地球史が解説される(訳も読みやすい)。分かりやすいとはいえ、さすがに丸腰ではつらいだろう。入門書ではないので、読み進めるためには最低限の地質年代(著者らは冒頭で地質年代による区分けを時代遅れだと言ってはいるが)や、基本的な生命進化の知識は必要。むしろ、こういった知識を最新の知見でアップデートするのに適した本。

大気成分、気温の影響を軸とした地球環境の変動と生命の進化がどのようにリンクしてきたのかが丁寧に語られていく。生命の誕生の謎、何度も繰り返される大量絶滅、そして多様化する種。みんな大好き恐竜時代(ジュラ紀~白亜紀)を必要以上にクローズアップしていないバランス感覚もよい(目次を見給え)。

生物はなぜ誕生したのか(河出文庫)[ピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク]
生物はなぜ誕生したのか[ピーター・ウォード/ジョゼフ・カーシュヴィンク/梶山あゆみ]【電子書籍】

読了:三体0【ゼロ】 球状閃電[劉 慈欣/大森 望]

三体0【ゼロ】 球状閃電

三体0【ゼロ】 球状閃電

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2022年12月21日頃

激しい雷が鳴り響く、14歳の誕生日。その夜、ぼくは別人に生まれ変わったー両親と食卓を囲んでいた少年・陳(チェン)の前に、それは突然現れた。壁を通り抜けてきた球状の雷(ボール・ライトニング)が、陳の父と母を一瞬で灰に変えてしまったのだ。自分の人生を一変させたこの奇怪な自然現象に魅せられた陳は、憑かれたように球電の研究を始める。その過程で知り合った運命の人が林雲(リン・ユン)。軍高官を父に持つ彼女は、新概念兵器開発センターで雷兵器の開発に邁進する技術者にして若き少佐だった。やがて研究に行き詰まった二人は、世界的に有名な理論物理学者・丁儀(ディン・イー)に助力を求め、球電の真実を解き明かす…。世界的ベストセラー『三体』連載開始の前年に出た前日譚。三部作でお馴染みの天才物理学者・丁儀が颯爽と登場し、“球状閃電”の謎に挑む。丁儀がたどりついた、現代物理学を根底から揺るがす大発見とは?“三体”シリーズ幻の“エピソード0”、ついに刊行。

 中国発大人気SF「三体」シリーズの前日譚にあたる位置づけをされている本作。実際には「三体」よりも前に書かれた独立した長編SF作品。なのでシームレスに「三体」につながるわけではないものの、中間あたりから登場する天才理論物理学者丁儀(ディン・イー)は「三体」の主要登場人物であるし、本作での細かな設定が後の「三体」でも言及されていたりする。また兵器に魅入られた女軍人林雲(この人も「三体」でカメオ出演している)が、ロシア人生物学者からおくられた言葉「それを防ぐ最善の方法は、いまの敵や将来の敵よりも早く、その兵器をつくりだすこと!」は、「黒暗森林理論」に通じる。そして人類以外からの観察者という存在は、三体星人の智子(ソフォン)的なものを想起させる。おそらく、著者はこの作品を書くことで次の「三体」への構想を膨らませていったものと思われる。

 球電(雷電気仕掛けの火の玉みたいなもの)の研究の苦労から始まり、実はそれが巨大な電子=マクロ電子(サッカーボール大の電子)だということが分かり、そうするとこのサイズの原子核というものが存在するはずというとてつもないスケール(物理的サイズも物語構想も)になっていく。最初は気象学や電磁気学をネタにしたSFかと思っていたら、鮮やかに量子論に変わっていくのだ。量子論の話に突入すると、確率論的重ね合わせから「シュレーディンガーの猫」(本来ミクロの世界の話をマクロのたとえ話にすると奇妙なことになる)を逆手にとってこれをマクロ世界でやってしまうという驚きの展開に。もはや様々な次元やサイズの異なるマルチバース的物語にもなっている。

 突拍子もないことをさもありなんと一気に読ませる著者の力量はやっぱりすばらしい。「三体人」の「さ」の字も出てこない(前述のように「三体」シリーズとは直接つながっていかない)ものの面白さは格別。

三体0【ゼロ】 球状閃電[劉 慈欣/大森 望]
三体0【ゼロ】 球状閃電(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】

読了:数の発明[ケイレブ・エヴェレット/屋代通子]

数の発明

数の発明

  • 作者:ケイレブ・エヴェレット/屋代通子
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日: 2021年05月08日頃

数万年前の狩人が骨に残した刻み目、1+1を理解する新生児のまなざし。数を持たないピダハン族と暮らした著者が縦横に語る、数の誕生の軌跡。

序 人間という種の成功/第1部 人間の営為のあらゆる側面に浸透している数というもの(現在に織り込まれている数/過去に彫りこまれている数/数をめぐる旅ー今日の世界/数の言葉の外側ー数を表す言い回しのいろいろ)/第2部 数のない世界(数字を持たない人々/幼い子どもにとっての数量/動物の頭にある数量)/第3部 わたしたちの暮らしを形作る数(数の発明と算術/数と文化ー暮らしと象徴/変化の道具)

ヒトにもともと備わっている数認識能力は次の2点らしい。
・3程度までの個数認識は一瞬で行える
・3より大きい数認識についてはある程度の量差がある集合のどちらが多いかを判断できる

ヒトは、3より大きな量を安定して正確に識別するためには、数の言葉を使って稽古を積むことが必要である

3より大きい量を具体的に認識する(数える)ためには訓練が必要で、それによりヒトは大きな数を実際に数えることができるようになっていくのだとか(3までと3より大きい数の数え方はシームレスではない?)。こういったことを言語学、人類学、生物進化学などさまざまな視点からどういうことなのかを実験例をひいて説明していく。なかなか興味深い。

農業革命は人類が桁の大きな数を見出していなければ起こりえなかった

数の発明[ケイレブ・エヴェレット/屋代通子]

読了:神は、脳がつくった[E.フラー・トリー/寺町 朋子]

神は、脳がつくった

神は、脳がつくった

  • 作者:E.フラー・トリー/寺町 朋子
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 発売日: 2018年09月28日頃

「神(宗教)はいつ、なぜ、どのようにして生まれたのか?」という問いに対し、精神医学の世界的権威の著者E.フラー・トリーが人類史や脳科学、考古学の実証的証拠を組み合わせて迫る衝撃の一大スペクタクル。頭蓋骨の化石、人工遺物、ヒトや霊長類の脳の解剖や脳画像、子どもの成長などから明らかになる神の起源。

 神(神々)というものを信仰できる生物は、進化上ホモ・サピエンスだけらしい。これを人属の脳の進化理論から考察する。人属は進化の歩みとともに「自己認識」、「他者認識」、「内省」、「自伝的記憶」と獲得していくが、「自伝的記憶」を獲得したのはようやくホモ・サピエンスになってからである。そしてこの「自伝的記憶」によってはじめて「神」を想像することが可能になった。そこに至るまでは相当の時間がかかっている(そして本書のほとんどはこの説明に充てられている。「神」が登場するのは本当に終わりの方)。

 他者を埋葬するという宗教「的」儀式は旧人類にも見られるものであるが、本書ではこれはまだ「神」という存在を信じているかどうかとは別とする。なぜなら「他者の死を悲しむことは、自分がいずれ死ぬことを理解していることと同じではない」からである。将来自分も死ぬという理解はホモ・サピエンス特有らしい。ホモ・サピエンスは時間を超越する自己を想定できることで、将来的な自身の死と、過去の亡くなった祖先たちと結びつけてエピソードとして捉えることができるようになった。そしてそれを仲間と共有し、亡くなった祖先たちの中でも特別な地位を与えられたものが、やがて神へと変わっていったようだ。

神は、脳がつくった[E.フラー・トリー/寺町 朋子]
神は、脳がつくった[E.フラー・トリー]【電子書籍】

読了:時間は存在しない[カルロ・ロヴェッリ/冨永 星]

時間は存在しない

時間は存在しない

  • 作者:カルロ・ロヴェッリ/冨永 星
  • 出版社:NHK出版
  • 発売日: 2019年08月29日頃

時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではなく、過去から未来へと流れるわけでもないー。“ホーキングの再来”と評される天才物理学者が、本書の前半で「物理学的に時間は存在しない」という驚くべき考察を展開する。後半では、それにもかかわらず私たちはなぜ時間が存在するように感じるのかを、哲学や脳科学などの知見を援用して論じる。詩情あふれる筆致で時間の本質を明らかにする、独創的かつエレガントな科学エッセイ。

第1部 時間の崩壊(所変われば時間も変わる/時間には方向がない/「現在」の終わり/時間と事物は切り離せない/時間の最小単位)/第2部 時間のない世界(この世界は、物ではなく出来事でできている/語法がうまく合っていない/関係としての力学)/第3部 時間の源へ(時とは無知なり/視点/特殊性から生じるもの/マドレーヌの香り/時の起源)

著者の研究テーマ紹介を兼ねた「時間」とは何かに関する刺激的なエッセイ。
大きく3部構成になっている。

第1部は、物理の世界における時間について。相対性理論において時間の速さは観測者ごとに異なるという話から。そこから量子レベルまで掘り下げていくと、時間にも最小単位(プランク時間)というものがあって、連続ではないらしい。

第2部は、量子レベルに至ったので、著者の研究している「ループ量子重力理論」について。この理論によると、世界は粒子の関係性だけで表現できるそう。そこに時間を表す変数は含まれていない。時間というものは物理的には存在しないのだ。

第3部、じゃ、私たちが感じている「時間」とは何なのか?今度は量子レベルからマクロの世界へ向かっていき、どこで時間というものが生じるのかを考察する。エントロピー増大の法則が登場するあたりで時間の感覚というものが生じるのであるが、ここでのキーは「記憶」だそうな。そして「記憶」と「時間」について人類が古来どのように考察して来たのかを人文科学にまで広げて述べていく。

時間は存在しない[カルロ・ロヴェッリ/冨永 星]
時間は存在しない[カルロ・ロヴェッリ]【電子書籍】

読了:三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

三体X 観想之宙【かんそうのそら】

  • 作者:宝樹/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2022年07月06日頃

異星種属・三体文明の太陽系侵略に対抗する「階梯計画」。それは、敵艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送るという奇策だった。航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)はその船の推進方法を考案。船に搭載されたのは彼女の元同級生・雲天明(ユン・ティエンミン)の脳だった…。太陽系が潰滅したのち、青色惑星(プラネット・ブルー)で程心の親友・艾(アイ)AAと二人ぼっちになった天明は、秘めた過去を語り出す。三体艦隊に囚われていた間に何があったのか?『三体3 死神永生』の背後に隠された驚愕の真相が明かされる第一部「時の内側の過去」。和服姿の智子が意外なかたちで再登場する第二部「茶の湯会談」。太陽系を滅ぼした“歌い手”文明の壮大な死闘を描く第三部「天蕚」。そしてー。“三体”熱狂的ファンの著者・宝樹は、第三部『死神永生』を読み終えた直後、喪失感に耐えかね、三体宇宙の空白を埋める物語を勝手に執筆。ネットに投稿したところ絶大な反響を呼び、“三体”著者・劉慈欣の公認を得て“三体”の版元から刊行された。ファンなら誰もが知りたかった裏側が描かれる衝撃の公式外伝(スピンオフ)。

「三体」シリーズのスピンオフではあるんだろうけれども、もっと分かりやすく言うなら「三体」ファンが書いた二次創作ものだね。第3部「死神永生」の取りこぼしを拾っていき発展させたストーリー。

オリジナル「三体」シリーズの魅力は多少の伏線回収漏れなど気にもしていないかのような、おおざっぱながらも力強く進む大陸的文学要素にあったとラフは思っているわけよ(その点がこれまでのSF作品と一線を画す点でもある)。それに対して本作は、「まぁ細かいことは気にするな」とオリジナルでは捨て置かれたようなところまでを几帳面に拾っていく、繊細でロマンティックな作風(恋愛要素入り)。このあたりがオリジナルの「三体」らしさを期待して読み始めると裏切られる点かも。

これはこれで、オリジナル「三体」への愛も感じられるし、よく考えられたエンターテイメントとして、とてもおもしろいよ(「あれはそう解決したのか」とか感心する点も多かった)。でも「三体」とは別物だなというのがラフの感想(そりゃそうだ)。

三体X 観想之宙【かんそうのそら】[宝樹/大森 望]
三体X 【観想之宙/かんそうのそら】[宝樹]【電子書籍】

読了:奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]

奇書を奇書たらしめるものは、読み手の価値観である。人は時代に合わせて「信じたいもの」を選択してきた。時には、嘘にまみれた書物を受け入れて過ちすら犯す。過去は変えられないが、奇書の歴史を学びとし、未来をどう生きるのか。

01 ノストラダムスの大予言(ミシェル・ド・ノートルダム著)世界一有名な占い師はどんな未来もお見通しだった!…のか?/02 シオン賢者の議定書ーかの独裁者を大量虐殺へ駆り立てた人種差別についての偽書/03 疫神の詫び証文ー伝染病の収束を願って創られた、疫病神からのお便り/番外編01 産褥熱の病理(イグナーツ・ゼンメルワイス著)-ウイルス学誕生前に突き止めた「手洗いの重要性」について/04 Liber Primus(Cicada3301)-諜報機関の採用試験か?ただの愉快犯か?ネットに突如現れた謎解きゲーム/05 盂蘭盆経(竺法護 漢訳)-儒教と仏教の仲を取り持った「偽経」/06 農業生物学(トロフィム・デニソヴィチ・ルイセンコ著)-科学的根拠なしの「“画期的な”農業技術」について/番外編02 動物の解放(ピーター・シンガー著)-食事の未来を変えるかもしれない、動物への道徳的配慮について

前作の感想はこちら

読了:奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]

前作に引き続き、もともとがネット動画なので、内容は軽くて薄い(前作以上に軽いかも)。軽いのも当然、ネットの民を対象にした「こういう面白い本がある」という紹介なのだから、ちっとも難しくないのである。いわゆる本好きにはちょっと物足りない。個人的には医学生物学関係とITの話題が多かったので、知識を整理する分にしてもかなり物足りなかった。それでも、著者はこの本の対象者を明確に定めており、分かりやすくするためにきちんと記述してある点は相変わらず徹底している。そして言葉もかなり選んで使っている点にも好感が持てる。各章の扉絵もステキ。

今回も、偽書もあれば、奇妙な境遇の本、今では(当時も)否定された理論の本などを取り上げているが、中でもユニークなのは「Cicada3301」の追跡の章。ネット上で話題になったものなのでどういうものかは知っていたけれども、そのいきさつを丹念に追っている。この章で出てくる本は、本そのものというより、本を使った暗号が使われているというもの。あとは「シオン賢者の議定書」(偽書だということは知っていた)がどういう変遷を得て編まれたものかの由来(ウンベルト・エーコによる)はおもしろい。

奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語[三崎 律日]
奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語(奇書の世界史)[三崎 律日]【電子書籍】

読了:シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選

  • 作者:シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム
  • 出版社:竹書房
  • 発売日: 2020年09月30日頃

エルサレムを死神が闊歩したり(「エルサレムの死神」)、進化した巨大ネズミに大学生とぽんこつロボットが挑んだり(「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」)、テルアビブではUFOが降りてきてロバが話し出すこともある(「ろくでもない秋」)。あなたは、天の光が消えた空を見つめる少年(「星々の狩人」)や悩めるテレパス(「完璧な娘」)とも出逢うだろう。アレキサンドリア図書館(「アレキサンドリアを焼く」)に足を踏み入れ、無慈悲な神によって支配されている世界を覗くだろう(「信心者たち」)。未知なる星々のまばゆいばかりの輝きをあなたは目にする。その光はあなたの心を捉えて放さないはずだー。ロバート・シルヴァーバーグによる序文、編者による「イスラエルSFの歴史」をも含む、知られざるイスラエルSFの世界を一望の中に収める傑作集。

オレンジ畑の香り(ラヴィ・ティドハー)/スロー族(ガイル・ハエヴェン)/アレキサンドリアを焼く(ケレン・ランズマン)/完璧な娘(ガイ・ハソン)/星々の狩人(ナヴァ・セメル)/可能性世界(エヤル・テレル)/鏡(ロテム・バルヒン)/シュテルン=ゲルラッハのネズミ(モルデハイ・サソン)/夜の似合う場所(サヴィヨン・リーブレヒト)/エルサレムの死神(エレナ・ゴメル)/白いカーテン(ペサハ(パヴェル)・エマヌエル)/男の夢(ヤエル・フルマン)/二分早く(グル・ショムロン)/ろくでもない秋(ニタイ・ペレツ)/立ち去らなくては(シモン・アダフ)

これまでも、国別SFアンソロジーを紹介してきた。

中国SF短編集の感想はこちら

読了:折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]

韓国SF短編集の感想はこちら

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

今回はイスラエル発のSFファンタジーアンソロジー。なんといっても、ユダヤの民はヘブライ語聖書(キリスト教の旧約聖書のオリジナルに相当するもの)という多くの人に知られている、ある意味壮大なるファンタジーをものした民族である。とはいえ、近代のシオニズム運動においては、敬虔なユダヤ教徒からすれば、聖書は唯一の聖典でありそれ以外の創作物語というものは認められてこなかったという背景を持つらしい(このあたりの事情は解説の「イスラエルSFの歴史」に詳しい)。で、本著に取り上げられている作品も多くは今世紀に入ってからの作品ということだ。著者紹介を読むと専門フィクション文筆業の人よりも、兼業作家や芸術家といった感じの人が目立つ。

におい立つ地中海と中東の香りにあふれた話があれば、突拍子もない奇想天外な話もある。冒頭の「オレンジ畑の香り」が幻想的な話で引き込まれた。また「アレキサンドリアを焼く」と「立ち去らなくては」の2編はとりわけ面白かった。

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(竹書房文庫 て2-1)[シェルドン・テイテルバウム/エマヌエル・ロテム]
シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選)[中村融/安野玲/市田泉]【電子書籍】

読了:意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]

意識と感覚のない世界

意識と感覚のない世界

  • 作者:ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子
  • 出版社:みすず書房
  • 発売日: 2019年12月18日頃

2012年、権威ある医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』は、その200年の歴史において掲載した論文のなかから、もっとも重要な一本を選ぶ読者投票を行った。読者が選んだ「栄えあるベストワン」は、1846年に掲載されたエーテル吸入による初めての無痛手術についての論文であった。今日では、麻酔は脳や心臓の手術から虫歯の治療にいたるまで、医療現場になくてはならないものになった。しかし、発見から170年以上が経ったいまでも、麻酔薬が私たちに作用するメカニズムは多くの謎に包まれたままなのだ。メスで身体を切り刻まれているあいだ、痛みを感じないのはなぜなのか?手術のあと、何事もなかったように目を覚ますことができるのはなぜなのか?3万回以上の処置を行ってきた麻酔科医が、麻酔薬の歴史から麻酔科医の日常までを描く、謎めいた医療技術をめぐるノンフィクション。

深い眠り/麻酔科医のコマンドセンター/五つのA/線路のような麻酔記録/マスクの恐怖/絶飲食/心臓の鼓動/特別変わった患者/つきまとうミス/待たされる側になると/折り鶴/囚われた脳/目で見て、やってみて、教えてみよ/覚醒/安全な旅路

麻酔って医学分野においてなくてはならないものであるにもかかわらず、そのメカニズムっていまだに謎なんだってね。

さて、本書は麻酔科医による医学エッセイ。麻酔の歴史や、麻酔科医の医療現場における役割や作業、そして使命について、著者のこれまでの経験からの麻酔科医の未来の展望までを語る。手術を受ける患者にとっては、麻酔科医というのは手術直前に初めて会って、かつ術前最後に会う医者でもある、そして手術後にはあまり会わない医者。じゃ、そんな大したことがないのかというとさにあらず。手術前からその患者のことを調べ、患者の不安を取り除くのも仕事。また手術中もつきっきりで患者の様態が安定するようにコントロールする責任を負っている。医者としては花形ではないのかもしれないが、欠くべからざる役割を担っている。それでいながら一般には知られていないため軽視されがちな麻酔科医の仕事と存在意義を知るには、非常に勉強になる。

意識と感覚のない世界[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/小田嶋由美子]
意識と感覚のない世界ーー実のところ、麻酔科医は何をしているのか[ヘンリー・ジェイ・プリスビロー/勝間田敬弘]【電子書籍】

読了:病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(下)

病の皇帝「がん」に挑む(下)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

20世紀に入り、怪物「がん」と闘うには「治療」という攻撃だけでなく、「予防」という防御が必要であることがわかる。かくて、がんを引き起こす最大の犯人として、たばこが指名手配されたが…人類と「がん」との40世紀にわたる闘いの歴史を壮絶に描き出す!ピュリッツァー賞、ガーディアン賞、受賞作。

第4部 予防こそ最善の治療(「まっくろな棺」/皇帝のナイロンストッキング/「夜盗」 ほか)/第5部 「われわれ自身のゆがんだバージョン」(「単一の原因」/ウイルスの明かりの下で/「サーク狩り」 ほか)/第6部 長い努力の成果(「何一つ、無駄な努力はなかった」/古いがんの新しい薬/紐の都市 ほか)

上巻の感想はこちら

読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

下巻は「がん」の「予防」から。肺がんとたばこの関係は法廷ドラマのように描かれる。続いて「がん」の発生メカニズムへの挑戦が描かれる。ゲノムプロジェクトの進行とともに各地の研究者が「がん」遺伝子とその治療法を探求する競争。今となっては古典ともいえるストラテジーも当時は試行錯誤の末にたどり着いたものであったのだ。個人的にはこの章が一番おもしろかった。刊行された当時のゲノムプロジェクトあたりで話が終わってしまっているのが、仕方ないとはいえ残念。

これに続く「遺伝子ー親密なる人類史ー」にしろ、シッダールタ・ムカジーの物語を紡ぎだす才はすばらしい。この人、文筆家やジャーナリストではなく、臨床腫瘍科医なんだよ。

病の皇帝「がん」に挑む(下)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(下)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】