読了:病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]

病の皇帝「がん」に挑む(上)

病の皇帝「がん」に挑む(上)

  • 作者:シッダールタ・ムカジー/田中文
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2013年08月23日頃

地球全体で、年間700万以上の人命を奪うがん。紀元前の昔から現代まで、人間を苦しめてきた「病の皇帝」の真の姿を、患者、医師の苦闘の歴史をとおして迫真の筆致で明らかにし、ピュリッツァー賞、ガーディアン賞を受賞した傑作ノンフィクション。

第1部 「沸き立たない黒胆汁」(「血液化膿症」/「ギロチンよりも飽くことを知らない怪物」/ファーバーの挑戦状 ほか)/第2部 せっかちな闘い(「社会を形成する」/「化学療法の新しい友人」/「肉屋」 ほか)/第3部 「よくならなかったら、先生はわたしを見捨てるのですか?」(「われわれは神を信じる。だがそれ以外はすべて、データが必要だ」/「微笑む腫瘍医」/敵を知る ほか)

シッダールタ・ムカジーの「遺伝子」がすごくおもしろかったので、その前に書いている本書もぜひ読んでみたいと思っていた次第。「遺伝子」の感想は以下。

読了:遺伝子ー親密なる人類史ー 【電子書籍】[ シッダールタ ムカジー ]

本書の日本語版出版が2013年にだから最新の情報まではフォローしきれていないにしても、がんとは何か、人類はどう対処してきたのかを知りたければ今でも十分に読む価値あり。

腫瘍医として臨床の場での体験と、自身が立ち向かっている「がん」の歴史、そして人類の紆余曲折の苦闘を物語として語っていく。読みやすく分かりやすい構成になっているところが良い。科学啓蒙書でありながら、歴史ドラマにもなっているのだ。上巻ではがんの歴史、そして主に欧米における(とりわけアメリカにおける)外科的切除術、放射線治療、薬物化学的療法の3つの主要な治療法の歴史、ならびに初期のがん対策ロビー活動について表わされている。

病の皇帝「がん」に挑む(上)[シッダールタ・ムカジー/田中文]
病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘(上)[シッダールタ ムカジー]【電子書籍】

読了:生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]

生命の歴史は繰り返すのか?

生命の歴史は繰り返すのか?

  • 作者:Jonathan B. Losos/的場 知之
  • 出版社:化学同人
  • 発売日: 2019年06月03日頃

ヒトを含め、いま存在する動植物は、必然的に生まれたのか、それともたまたま運良く進化しただけなのか?地球の生命史における最大のミステリーを実験で解決しようと奮闘する研究者たちによって、グッピーやショウジョウバエ、細菌、シカネズミ、そして著者自身のアノールトカゲの実験を通して、生命テープのリプレイがおこなわれた。はたして、進化生物学における最新のブレイクスルーで、科学界屈指の大論争は解決できるのか。

グッド・ダイナソー/第1部 自然界のドッペルゲンガー(進化のデジャヴ/繰り返される適応放散/進化の特異点)/第2部 野生下での実験(進化は意外と速く起こる/色とりどりのトリニダード/島に取り残されたトカゲ/堆肥から先端科学へ/プールと砂場で進化を追う)/第3部 顕微鏡下の進化(生命テープをリプレイする/フラスコの中のブレイクスルー/ちょっとした変更と酔っぱらったショウジョウバエ/ヒトという環境、ヒトがつくる環境)/運命と偶然:ヒトの誕生は不可避だったのか?

あぁ、そういえば一昔前に生物進化の「適応」の仕組みについて、遺伝学者のリチャード・ドーキンスと、進化古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド(2002年没)が大西洋を挟んでやりあっていたなぁと思いだした。本著は、グールドの代表作「ワンダフル・ライフ」(このタイトルが、クラシック映画「素晴らしき哉、人生!」(1946)と同じなのは偶然ではない)の中にある、進化のテープを巻き戻してもう一度再生しても今の進化は再現されないだろうという考えに対する考察から始まる。(「ワンダフル・ライフ」はグールドが先輩科学者コンウェイ=モリスの研究成果を称えてカンブリア紀の生物多様性大爆発を論じた本なんだけれども、それに対して温厚で知られるコンウェイ=モリスが「俺はそんなことは言っていない」と反論し物議を醸した本でもある)

「進化は繰り返すのか?」つまり、条件さえ同じであれば生物の進化は同じ(少なくとも似る)になるのか?っていうことを本書では論じている。確かに適応放散(オーストラリアの有袋類の進化が有名)の例などが知られてはいる。「進化」について論じる上で確認しておかなければならないのは、ダーウィン以来「進化」という現象は、世代を経ることによる変異(DNA情報の変異)の蓄積による表現型の変化のことである。ある集団において環境に依存しているような特定の形態や性質が見られるようになっていたとしても、それが遺伝的な(つまりDNAを原因とする)変異によるものでない場合は「進化」とは別現象なのだ。

かつては「進化」は実験では確認できない(再現性が担保されない)分野とされていたが、今やDNAの塩基配列決定が手軽に行えるようになったことも一助となって、様々な工夫により実験可能な分野になってきていることを具体的な研究例を通して紹介している。本書のもっともおもしろいのがこの部分。この部分だけでも、この本の存在意義は十分にある。

最終的に、私たちヒトは進化の過程のしかるべき産物として存在しているのか?生命の進化テープをもう一度リプレイしてもやはりヒトは誕生するのか?(「生命の歴史は繰り返すのか?」)。あるいは恐竜がもし絶滅していなかった場合は、彼らもヒトのような形態に進化していたのか?いわゆるディノサウロイド(wikipediaの「ディノサウロイド」の項)。ドーキンスとグールドの論争と同様に、結局は進化をマクロにとらえるか、ミクロにとらえるかで見えるものが違うってところなんだと思うけれども、科学者としては至極真っ当な「まぁそうだろうな」という結論に着地。著者の知的好奇心を大事にしながらも科学者としては極めて真摯でおだやかな態度に個人的にはとても好感が持てた。

生命の歴史は繰り返すのか?[Jonathan B. Losos/的場 知之]
生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む(生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む)[Jonathan B. Losos]【電子書籍】

読了:三体3 死神永生 上・下[劉 慈欣/大森 望]

三体3 死神永生 上 三体3 死神永生 下

三体3 死神永生 上

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

三体3 死神永生 下

  • 作者:劉 慈欣/大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2021年05月25日頃

話題の中国SF「三体」シリーズの最後となる「死神永生」(今作も上下2分冊のボリューム)は、前2作を上回るさらにぶっ飛んだスケールにまで広がったてんこ盛りエンターテイメント小説。1作目「三体」と2作目「三体~黒暗森林」の感想は以下。

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

読了:三体2 黒暗森林 上・下[劉 慈欣/大森 望]

前作で、三体人は地球侵攻をやめたはずだけれども、さて今作ではどういう話になるのか?

冒頭に、コンスタンチノープル陥落(1453年)のエピソードが挿入されているのにまず面食らう。前作で描かれた「面壁計画」の裏で、「階梯計画」という別のプロジェクトがあったところから始まる。人類のスパイを三体世界に送り込もうという計画で、当時(というか現代?)の技術ではロケット(?)に十分な推進力を与えるには極端な軽量化が必要で、とても人間一人であっても送ることはできない。ということで、ある人物の脳だけを取り出して冬眠状態にして送り出そうというびっくり計画なのだ。ところが、実行に移したときに事故が起こって、送り出す目的の三体艦隊とはまったく異なる方向へ放り出されてしまったのだ。こうして「階梯計画」は失敗したとして忘れ去られていった。

ここで今作でも重要な「暗黒森林」理論を復習しておく。宇宙の真実──宇宙は恐ろしい暗黒の森であり、あらゆる文明は、その中でじっと息を潜めている狩人である。他の文明の存在に気付いたときは、とりあえずやられる前に破壊しておくのが賢明。おそらく宇宙に文明が存在するのであればこの理論で動いているはずというもの。この理論は前作の主人公である羅輯の面壁計画により確認され、太陽系侵攻を止めないのであれば三体星系の座標を全宇宙に送信するぞ!という脅迫により地球人類は救われたのだった。

さて、今回の主人公は「階梯計画」発案者の若き女性科学者の程心。彼女は技術記憶の保持者として、人工冬眠でこの状態の未来に送られる。危うい抑止効果のバランスで三体世界と地球人類は平和的共存を営み始めているように見えたのだが、三体世界は抑止システムの更新時の隙を狙って、地球にある三体星系座標送信機を破壊したのだ。抑止効果を失ったため、地球は三体人に征服されかけるのだが、唯一送信機を兼ねた人類の宇宙船が間一髪、三体座標の全宇宙への送信に成功する。その座標を受信した別文明により三体星系が破壊されたら、三体星系と太陽系は隣接しているので、遅かれ早かれ太陽系の存在にも気付かれて太陽系も破壊される。それを知った三体人は地球侵略から手を引き太陽系からも逃げ出す。予想よりも早く数年後に三体星系は光子攻撃により三体ある恒星の1つが攻撃をうけて滅んでしまう。三体星系の座標を送信したからには、次は太陽系がいつ滅ぼされるかということで、人類は生き延びる手段を検討する。

一方、失敗したと思われていた「階梯計画」で昔宇宙に送った脳は、実は三体世界により捕獲されていたことが判明する。三体人は脳から元の人間を復活させていたのだ。太陽系に向かっていた艦隊の生き残った三体人監視のもとで、(脳から復元された)彼は程心と対面する。そこで彼から告げられた三つのおとぎ話に隠された人類が生き残るための秘策は?

三体星系を破壊するのに使われた光子を放って恒星を破壊するのはお手軽な方法で、とりあえず潰しとけって時に使われる手段で、実はもっとすごい方法、宇宙の次元を下げるという攻撃があるのだ。太陽系はこの方法で攻撃されたのだ。つまり三次元宇宙を二次元に落とすことで破壊するのだ。この攻撃により二次元に変わっていく太陽系を冥王星からの眺めた様子が今作の圧巻の場面。何が起こっているの?何言っちゃってんの?言葉だけではよくわからないけれど、とにかくものすごい映像が読者の脳内ではそれぞれに再現されているんだろうなという常軌を逸したビューティフルなシーンなのだ。こうして太陽系は終焉を迎えて地球は滅びましたとさ。人類は深宇宙に向かっていた艦隊と、光速航行ロケットで太陽系を脱出した主人公が生き残ってます。このあと、なんだかんだと、時間はバンバン未来に飛びまくって最後はビッグクランチ(宇宙の終焉)直前まで行ってしまう。壮大すぎるよ。

だいぶ端折ったつもりでもこれだけのストーリー。書ききれなかったキーは他にもてんこ盛りなので、興味のある方は実際に読んでみてくださいな。宇宙は無慈悲という一方で、程心の母性愛や人類愛、はたまた宇宙のリセットを計画し呼びかける超文明なんかも登場。ラブストーリーの要素かと思ったところは、惜しいところまで来ていたのに、二人は結局膨大な時間に阻まれて再会できなかったのね。

人類文明という幼い子どもは、玄関のドアを開け、外を覗いてみた。しかし、果てしなく広がる夜の深い闇に縮み上がり、あわててドアをまたしっかりと閉ざしたのである。

シリーズを通して、とにかくものすごい量の要素が盛り込まれており、それぞれが周到に記述されていくので、後々重要になるんだろうなと思っていても、放ったらかしになってしまっているものも結構ある(伏線回収されないというか、そもそも実は伏線でもなんでもなかった?)。文学作品では記述されたからにはその要素には何らかの意味があるはずという強い思いで読んでいると、肩透かしを食うもこともあるのはご愛敬。そこはとてつもなりエンターテイメント性でチャラということで。

「三体」「黒暗森林」「死神永世」人気大河SF三部作がNetflixで実写ドラマに – ITmedia NEWS

三体3 死神永生 下[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上[劉 慈欣/大森 望]
三体3 死神永生 上(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】
三体3 死神永生 下(三体)[劉 慈欣]【電子書籍】

読了:わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]

わたしたちが光の速さで進めないなら

わたしたちが光の速さで進めないなら

  • 作者:キム・チョヨプ/カン・バンファ
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2020年12月03日頃

打ち棄てられたはずの宇宙ステーションで、その老人はなぜ家族の星への船を待ち続けているのか…(「わたしたちが光の速さで進めないなら」)。初出産を控え戸惑うジミンは、記憶を保管する図書館で、疎遠のまま亡くなった母の想いを確かめようとするが…(「館内紛失」)。行方不明になって数十年後、宇宙から帰ってきた祖母が語る、絵を描き続ける異星人とのかけがえのない日々…(「スペクトラム」)。今もっとも韓国の女性たちの共感を集める、新世代作家のデビュー作にしてベストセラー。生きるとは?愛するとは?優しく、どこか懐かしい、心の片隅に残り続けるSF短篇7作。

巡礼者たちはなぜ帰らない/スペクトラム/共生仮説/わたしたちが光の速さで進めないなら/感情の物性/館内紛失/わたしのスペースヒーローについて

韓国発のSF小説集。SFといっても、背景に使われているのがSF的なネタであるというだけで、本質的には人間の物語。どの話もキーを握っているのは女性で、著者の社会的な弱者へのまなざしの温かさを感じさせる点がおもしろい。

「共生仮説」は目の付け所がするどい。細胞内共生仮説といえば元々マーギュリスが提唱したものだが、マーギュリスが女性科学者であるという点も踏まえているんだろうな。

wikipediaの「細胞内共生説」の項

冒頭の「巡礼者たちはなぜ帰らない」が一番おもしろかった。ある穏やかで平和な村では、成人の儀式として宇宙船に乗って「始まりの地」へ巡礼に出かけることになっている。ところが巡礼に出かけた若者は全員がそろって巡礼から帰ってくることはない。「始まりの地」とはどこで、なぜ巡礼から帰ってこない人がいるのか?ディストピアとユートピアは考え方次第の紙一重のものであり、人間は自身の不完全さを受け入れて闘わなければならない、そしてそれこそが人間の存在意義なのかも……。

わたしたちが光の速さで進めないなら[キム・チョヨプ/カン・バンファ]
わたしたちが光の速さで進めないなら[キム チョヨプ]【電子書籍】

読了:銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]

流れ星はどこから来る?宇宙の中心にすまうブラックホール、真空の発見、じゃんけん必勝法と民主主義の数理、世論を決めるのは17%の少数者?忘れられた夢を見る技術、反乱を起こす奴隷アリ、銀河を渡る蝶、理論物理学者、とっておきの22話。

〔天空編〕
第1夜 海辺の永遠
第2夜 流星群の夜に
第3夜 世界の中心にすまう闇
第4夜 ファースト・ラグランジュ・ホテル
〔原子編〕
第5夜 真空の探求
第6夜 ベクレル博士のはるかな記憶
第7夜 シラード博士と死の連鎖分裂
第8夜 エヴェレット博士の無限分岐宇宙
〔数理社会編〕
第9夜  確率と錯誤
第10夜 ペイジランク─多数決と世評
第11夜 付和雷同の社会学
第12夜 三人よれば文殊の知恵
第13夜 多数決の秘められた力
〔倫理編〕
第14夜 思い出せない夢の倫理学
第15夜 言葉と世界の見え方
第16夜 トロッコ問題の射程
第17夜 ペルシャとトルコと奴隷貴族
〔生命編〕
第18夜 分子生物学者、遺伝的真実に遭遇す
第19夜 アリたちの晴朗な世界
第20夜 アリと自由
第21夜 銀河を渡る蝶
第22夜 渡り鳥を率いて

はっきり言ってしまうとこれは科学啓蒙書の類では全くない。科学者による純然たるエッセイ本。各話は著者の文学的センス(時にあまりにも詩的でロマンチックで夢見がち)から話が出発して締めくくられる。日ごろの思いや考えを述べつつ、それに科学的話題をちょくちょくからめて進行する。なので扱われている科学の話題はそんな複雑な話ではないし、まぁ今までにどこかで聞いて知っている話ばかり。だからなんなんだ?って回もある。でも、科学者っていうのはこういうたわいもないことを日常考えていても、それを科学的知見と結びつけてはこんなことを徒然に考えているんだよ、ということを知る点では面白いかも。科学者って日ごろ何考えてんの?っていう人が読むと面白いかと。科学者だって詩人なのである。

銀河の片隅で科学夜話 -物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異[全卓樹]
銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異(銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異)[全卓樹]【電子書籍】

読了:折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

  • 作者:ケン・リュウ/中原 尚哉
  • 出版社:早川書房
  • 発売日: 2019年10月03日頃

天の秘密は円のなかにあるー円周率の中に不老不死の秘密があると聞かされた秦の始皇帝は、五年以内に十万桁まで円周率を求めよと命じた。学者の荊軻は始皇帝の三百万の軍隊を用いた驚異の人間計算機を編みだす。劉慈欣『三体』抜粋改作にして星雲賞受賞作「円」、貧富の差で分断された異形の三層都市を描いたヒューゴー賞受賞作「折りたたみ北京」など、ケン・リュウが精選した7作家13篇を収録の傑作アンソロジー。

陳楸帆(鼠年/麗江の魚/沙嘴の花)/夏笳(百鬼夜行街/童童の夏/龍馬夜行)/馬伯庸(沈黙都市)/〓景芳(見えない惑星/折りたたみ北京)/糖匪(コールガール)/程〓波(蛍火の墓)/劉慈欣(円/神様の介護係)/エッセイ(ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF(劉慈欣)/引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF(陳楸帆)/中国SFを中国SFたらしめているものは何か?(夏笳))

現代中国のSF小説アンソロジー。最近の中国SFといえば「三体」が注目を集めたけれども、じゃその他の中国SFはどうなんだ?中国産SF小説ってどんなんだ?ってことが知りたければこの書をどうぞ。中国という国とSF小説の歴史と関係性については、巻末の3つのエッセイがとてもためになる。

中国のSFもなかなか魅力にあふれている。固いものから柔らかいものまで、幻想幽玄文学的なものまで、どれもおもしろい。なるほど、SFはこういう世界もありだなという感じ。中国産のディストピア小説だと、国体への批判と単純に結び付けてしまう傾向もあるけれども、まずはそれ抜きに楽しんでくれとのこと。本格SFからくすっと笑えるライトSFまで取り揃えてあります。

個人的に鮮烈に印象に残ったのは最初の「鼠年」。研究所を脱走した遺伝子改変された二足歩行の大型ネズミが繁殖してしまい、大学を卒業したけれども職がない若者が組織され退治しに行く話。大型ネズミはメスだけでなくオスも妊娠するようになっており、宗教的儀式めいたことをするほどの知能を帯び始めていた。このネズミと人間の血みどろの生々しい戦い。ところが、実はネズミには遺伝子爆弾が仕掛けられていて、ある日突然集団自殺を図るのだ。このシーンがただ放心状態で眺めるしかない。うつろな目をしたミッキーマウスの集団が二足歩行で、レミングの集団自殺のごとき行列を作りながら、海へと行進していく様をラフは想像したんだけれどもこれがとんでもなく印象的。結果的にネズミは駆除されたことになり人類の勝利のように思えるが、この遺伝子改変ネズミの正体、そして遺伝子爆弾が仕組まれていた意図は謎のままで、不気味さの余韻だけが残る。

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー(ハヤカワ文庫SF)[ケン・リュウ/中原 尚哉]
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー【電子書籍】

Speed of light

光速計測の歴史はとてもおもしろいんだけれども、まずはなによりも「光には速度がある(に違いない)」ってことを想定していなければ光速を計測しようなんて思わないわけじゃん?日常生活のレベルにおいて、電灯をつけたら(昔なら炎か?)パッとその場と周囲が一瞬で明るくなるわけじゃない。「光あれ」っていったら、世界はもうその時点で明るいんだよ。それなのに「光に速度がある」と仮定したってことが「どうかしちゃってる」レベルですごいんじゃないかと思ったり思わなったり。

wikipediaの「光速」の項
wikipediaの「Speed of light」の項

read between lines

学会やセミナーの質疑応答で、英語圏の発表者は第一声に「Good question!」と反応することがある。「いいところに気が付いたね」というのは表面的な意味で、その実は「あ、やっぱり気付いちゃいました?痛いところを突かれたなぁ、ハハハ」なのである(あまりにも頻出する表現だったため、学生たちの間でささやかれていた説)。

PCよりもスマホが主流の今日ではあまり行うこともなくなりましたが、かつてはPCへソフトウェアをインストールために、インストーラというものがあったのですよ。そして作業完了の最後の画面にはたいてい「Congratulations」と表示された。これに対して「『おめでとう』じゃないだろう。『ありがとうございます』と言えよ」と突っ込んでいる人がいた。日本人的には「この度はインストールいただきまことにありがとうございました」なんだろうけれども、英語圏の人々の感覚は「やったね、これで使えるよ(だって使いたいからインストールしたんでしょ?)」なのだ。知らんけど。

今年の恵方と方角にちなんだ分子生物学実験手法名

節分ですよ。えぇ、かつてこっそりと関西人やっていたもんですから、節分と言えば恵方巻でしたよ。学校から帰って来るじゃないですか、そうすると台所のテーブルの上におやつとして恵方巻が置いてある。それが節分だったのですよ。

wikipediaの「恵方巻」の項

さて、今年の恵方は、ほぼ南南東だとか。南南東は英語では「South-southeast」で「SSE」と略すらしい(英会話サークルみたいってそれは「ESS」か)。

話は変わって、分子生物学の実験手法の一つにサザン法(サザンブロッティングあるいはサザンハイブリダイゼーション)というのがあるのですよ。サンプルの中に特定の塩基配列を持つDNAが存在するかどうかを検出する手法。一般的には生物の全DNA(ゲノム)あるいは特定のDNAを酵素で処理し、電気泳動した後、それをメンブレン(膜)に転写する(ブロット)。そのメンブレンに対して、ラベリングした検出したい塩基配列のDNA(実際には相補的な配列)をプローブとして特異的に結合させて(ハイブリダイズ)、メンブレン上のどこにプローブが結合したかを調べる。Edwin Southern さん(まだ存命のはず)によって開発された方法なので 「サザン法」と名付けられてます。

サザン法は、DNAをDNAプローブで検出する方法。同じ原理で、DNAの代わりにmRNAを電気泳動で流したものをメンブレンに転写し、DNAプローブで検出する方法(RNAをDNAプローブで検出する方法)には「ノーザン法」と名付けられたとさ(「サザン法」にちなんだシャレ)。さらに、サンプルに含まれるタンパク質を検出する方法として、タンパク質を電気泳動した後にメンブレンに転写し、特定の抗体(抗体もタンパク質なのでタンパク質同士の結合)で検出する方法には「ウェスタン法」と名が付いております。

じゃ、これの応用。ある特定のDNA配列に結合するタンパク質を検出する方法があります(DNAに結合するということは主にDNAの転写調節タンパク質である可能性が高い)。サンプルのタンパク質を電気泳動した後にメンブレンに転写し、DNAプローブで検出する。この方法はDNAとタンパク質の結合なので「サウスウェスタン法」と名付けられておりますよ。

wikipediaの「サザンブロッティング」の項(DNAをDNAで検出)
wikipediaの「ノーザンブロッティング」の項(RNAをDNAで検出)
wikipediaの「ウェスタンブロッティング」の項(タンパク質をタンパク質で検出)
wikipediaの「サウスウェスタン法」の項(タンパク質をDNAで検出)

サザンやウェスタンは学生実習でも行うくらい基本の実験手法なんだけれども、RNAを扱うのは難しいというか超面倒なので(RNA分解酵素はそこら中にあるため油断するとすぐ分解されてサンプルがおじゃんになる)、個人的にノーザンは難易度が高くて嫌い。でも学位論文発表や学会発表なんかでは「で、ノーザンはやったの?」としばしばつっこまれることがあるので油断ならない。

ついでに、生物学の用語にはこういうシャレでつけられた名前ってほかにもある。例えば、64コドンのうち終止コドンは3つあるんだけれども、それぞれにオーカー、アンバー、オパールとキラキラネームが付いている。最初にアンバーが名付けられたのだが、そのいきさつはこうだ。ある仮説を検証するための超面倒くさい実験を考えた人たちがいるんだけれども、彼らは自分たちがその面倒くさい実験をやりたくないもんだから、とある大学院生に「もし実験がうまくいったら得られた変異体に君の名前にちなんだ名前を付けてあげよう」と丸め込んで実験させたのだ。幸いなことに実験はうまくいって仮説は検証された。その大学院生の名前はBernsteinといった(英語だとAmber(琥珀)の意)ので、その変異体には「Forever Amber」と名が付けられた。のちにその変異体の変異の原因は、ある終止コドンが原因とわかった。そういうわけでその終止コドンには「amber」と名が付いた次第。で、残り2つの終止コドンにもだったらということでキラキラネームが付きましたとさ。

wikipediaの「終止コドン」の項
「源流を遡る」 第1回 – コーヒーブレイク | 東洋紡バイオテクサポート事業部

アウストラロピテクスの有名な化石標本「ルーシー」は、調査作業中にかかっていた曲がビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」だったからとか。

wikipediaの「ルーシー (アウストラロピテクス)」の項

読了:闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる

  • 作者:ローン・フランク/仲野 徹
  • 出版社:文藝春秋
  • 発売日: 2020年10月14日頃

人間の精神は操れる。人類のタブーに挑戦して葬り去られた天才科学者の記録とDARPA(国防高等研究計画局)も参戦する米医学界の最前線。

プロローグ 脳を刺激し、同性愛者を異性愛者へ作り変える/第1章 ゴー・サウスー野心に燃える若き医師/第2章 忘れ去られた“精神医学界の英雄”/第3章 一躍、時代の寵児へー“ヒース王国”の完成/第4章 幸福感に上限を設けるべきか/第5章 「狂っているのは患者じゃない。医者のほうだ」/第6章 その実験は倫理的か/第7章 暴力は治療できる/第8章 DARPAも参戦、脳深部刺激法の最前線/第9章 研究室にペテン師がいる!/第10章 毀誉褒貶の果てに/エピローグ 七十六歳の老ヒース、かく語りき

20世紀以降の精神医学と治療法の歴史と現在の最先端技術について、精神・神経医学の先駆者ロバート・ヒースの生涯を軸にして描いたルポルタージュ。

wikipedia(英語)の「Robert Galbraith Heath」の項

脳に電極を差して電気を流し、同性愛者を異性愛者へ変える人体実験の様子が冒頭に描かれる。でも、このルポルタージュはそんなグロテスクな人体実験だけを描いたものではない。邦題はかなり物騒なものになっているが原題は「The Pleasure Shock: The Rise of Deep Brain Stimulation and Its Forgotten Inventor」で、精神病治療法としての脳深部電気刺激法とそれを研究した忘れられた先駆者ロバート・ヒースの生涯を扱ったものである。20世紀の前半、精神の問題は、それまでの主流であった「精神分析」から「精神医学」「神経医学」へと医学・医療の対象へと変わっていった。その先駆者であったロバート・ヒースの栄光と挫折の生涯を関係者へのインタビューを通して追っていく。また、精神・神経医学・脳科学における最先端の技術を交えて話は進む。

科学者ロバート・ヒースがいかにして精神病を科学的に研究治療する方法を求めていたのか、そして当時考えうる限りのインフォームドコンセントを慎重に取り付けて治療(実験)を行ったかが描かれる。それにもかかわらず当時の社会はそれを人体実験とみなしてデモが起き、多くの医療関係科学者はヒースの進歩的な考えや実験報告に懐疑的であった。ヒースの研究室で何があったのかがまるでドラマのようで手に汗握るほど面白く、それを解明していくために関係者を探し訪ねていく過程が興味深い。また最新の脳科学技術についてはDARPA(国防高等研究計画局)が力を入れている(IT関係者ならピンと来ると思うんだけれども現在のインターネットの原型を生み出した軍事研究所)。その軍事研究所が脳科学研究に力を入れていると聞くと物騒な想像をしてしまうが、目的としているのは戦地から帰還した人々の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療である。その治療法として現在どんなことが研究されているのだろうか?

なぜ”Robert”が「ボブ」になるの? – ニックネームの不思議 | 会話に使える!英文法

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野 徹]
闇の脳科学 「完全な人間」をつくる[ローン・フランク/仲野徹・解説]【電子書籍】