読了:ユダヤ人の歴史(河出文庫)[レイモンド・P.シェインドリン/入江規夫]

世界をまたにかけて移動し、世界中の人々に影響を与え続けているユダヤ人の起源から現代までの三千年以上にわたる歴史を、簡潔に理解できる入門書。各時代における有力なユダヤ人社会を体系的に見通し、その変容を追う。オックスフォード大学出版局の叢書にもおさめられている基本図書。多数の図版と年譜、索引、コラムを収録。

第1章 古代イスラエル人の起源とその王国ー紀元前一二二〇年以前から紀元前五八七年まで
第2章 ユダヤの地とディアスポラの起源ー紀元前五八七年から紀元七〇年まで
第3章 ローマ帝国下のパレスチナとササン朝ペルシアのバビロニアー紀元七〇年から六三二年まで
第4章 イスラム社会におけるユダヤ人/イスラムの勃興と中世の終わりまでー六三二年から一五〇〇年まで
第5章 中世キリスト教ヨーロッパ社会におけるユダヤ人ー九世紀から一五〇〇年まで
第6章 オスマン帝国と中東におけるユダヤ人ー一四五三年から一九四八年まで
第7章 西ヨーロッパのユダヤ人ー一五〇〇年から一九〇〇年まで
第8章 東ヨーロッパとアメリカ合衆国のユダヤ人ー一七七〇年から一九四〇年まで
第9章 ホロコースト
第10章 シオニズムとイスラエル建国
第11章 一九四八年以降のユダヤ人

イスラエル、エルサレム関係の歴史入門書を先ごろ読んだ。

読了:物語エルサレムの歴史 旧約聖書以前からパレスチナ和平まで (中公新書) [ 笈川博一 ]

読了:物語イスラエルの歴史 アブラハムから中東戦争まで (中公新書) [ 高橋正男 ]


当然、イスラエルの歴史となると、古代イスラエル(主に聖書の記述に基づく)からユダヤ戦役までが描かれた後、(狭義の)ディアスポラの時代を経て、次に再登場してくるのは19世紀のシオニズム運動あたりからとなる。中世がごっそり抜け落ちるのだ。

今回読んだ書はユダヤ人の歴史なので、(狭義の)ディアスポラ時代についても、ユダヤ人がどのように生きてきたのかが分かり非常におもしろい(その時代に該当する第3章から第8章あたりが個人的にはとても新鮮だった)。世界史の中でユダヤ人が置かれた立場(決して彼らが望んだわけではない)を知ると、ユダヤ人の陰謀といったものがいかにバカげた説かが分かる(もっともこの本ではそんなつまらないことを述べてはいないけれども、そんなことはありえないということはわかる)。またユダヤ人は他の民族とは決して交わらないという思い込みがあったんだけれども、他の民族と同化していったユダヤ人もかなり多いことを知った。ヨーロッパにおいては、スペイン起源のセファルディム系ユダヤ人と西ヨーロッパを起源としてやがて東ヨーロッパに中心を移したアシュケナジム系ユダヤ人というように、実は多様化していたことも知った。というわけで「オスマン帝国内のスペイン系ユダヤ人」といった表現も当たり前に出てくる。

ユダヤ世界と非ユダヤ世界の違いを歴史的な経緯から説明し、また「世界史の中で暗躍するユダヤ人」といった間違ったイメージを払拭してくれる入門的良書。

ユダヤ人の歴史(河出文庫)[レイモンド・P.シェインドリン/入江規夫]
ユダヤ人の歴史(ユダヤ人の歴史)[レイモンド・P・シェインドリン]【電子書籍】

読了:ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊[塩野 七生]

黄金時代を迎えたアテネ。しかし、その崩壊の足音を手繰りよせたのは民主政に巣くうポピュリズムだったー民主政の光と影を描く、待望の第二巻。

第1巻では全ギリシアが連携してペルシア戦役を乗り越えたところまでが描かれた。今巻では、前半に指導者ペリクレスによるアテネの民主政の頂点を、そして後半ではアテネを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した四半世紀以上にわたるペロポネソス戦争が描かれる。

後半のペロポネソス戦争がおもしろい。アテネもスパルタもお互いに正面衝突する気は全くなかったのに、それぞれの同盟加盟都市国家の争いから盟主が引っ張り出されてしまう。だらだらと続く戦役はギリシアのほぼすべての都市国家を巻き込み、舞台もシチリア島や、エーゲ海東部にまで広がり、また指導者も入れ替わってゆき、アテネもスパルタもこれまで自国を特徴づけてきた路線を外れていく。最終的にアテネはデロス同盟の崩壊とともに無残に凋落する。

次巻では、スパルタも疲弊してしまい、ギリシアに再び本格的な触手を伸ばし始めるペルシア、そしてマケドニア王国の寵児アレクサンダーの登場が描かれるようだ。

ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊[塩野 七生]
ギリシア人の物語II 民主政の成熟と崩壊(ギリシア人の物語)[塩野七生]【電子書籍】

読了:奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]

これは良書か、悪書か。時代の流れで変わる、価値観の正解。ロマン、希望、洗脳、欺瞞、愛憎、殺戮ー1冊の書物をめぐる人間ドラマの数々!

取り上げられているのは、いわゆる奇書というよりかは、著者も述べているように、その当時一世を風靡した(現代から見たら)トンデモ本や偽書・ねつ造論文の類。ある程度本に興味を持っている人にとっては、目新しい話題は少ないかも。

wikipediaの「偽書」の項

YouTubeやニコ動に掲載したコンテンツを書籍にまとめたものだけに、本や歴史好きの人を対象としたものというよりも、雑学系ゴシップ的読み物という印象。超やさしいwikipediaって感じ?内容的な奥深さはないが、想定読者をはっきりと定めて著者自身がそこは割り切っているようだ。ただし、かなり調査をしたことは垣間見られ、また誤解がないような言葉の選び方や注釈のつけ方などとても考えられている。浅いからと言って手を抜かない著者の真摯な態度は好感が持てる。各エピソードのまとめで、オチをつけてきれいに着地させたものが多いのも気持ちいい。また畠山モグ氏のイラストがとてもいい味を出している。

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]
奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語[三崎 律日]【電子書籍】

読了:ギリシア人の物語(1)[塩野七生]

古代ギリシアの民主政はいかにして生れたのか。そしていかに有効活用され、機能したのか。その背後には少ない兵力で強大なペルシア帝国と戦わねばならない、苛酷きわまる戦争があったーー。累計2000万部突破のベストセラー『ローマ人の物語』の塩野七生が、それ以前の世界を描く驚異の三部作第一弾!

第1章 ギリシア人て、誰?(オリンピック/神々の世界 ほか)
第2章 それぞれの国づくり(スパルターリクルゴス「憲法」/アテネーソロンの改革 ほか)
第3章 侵略者ペルシアに抗して(ペルシア帝国/第一次ペルシア戦役 ほか)
第4章 ペルシア戦役以降(アテネ・ピレウス一体化/スパルタの若き将軍 ほか)

古代において、ギリシアという領土型の国があったわけではない。それでは「ギリシア人」というのは何者か?
1:ギリシア語を話す人々であること
2:ギリシアの神々を信仰する人々であること
という文化的バックグラウンドを共有している人を指すそうだ。ギリシアはいわゆる都市国家(ポリス)群からなるもので、ギリシア人というのは独立心が強く、議論好き、戦争ばかりしている民族だ。だからたまには争いを一時停止するためのイベントとして生まれたのがオリンピック。

さて、古代ギリシャとはいえ、この書が扱うのはいわゆる歴史時代に入ってからのギリシアだ(「古典ギリシア」時代)。どのくらいの時期かというと紀元前700年代くらいから。ギリシア神話やトロイ戦争はもっと大昔の話で、その後いわゆる「ギリシアの中世」というのがやってくる(「アルカイックなギリシア」時代)。実はこの時代がギリシアの植民活動の時代で、多くの都市国家が地中海世界に広がっていった。ここまでの状況があってからあとの時代がこの書では扱われるのだ。

この時代は都市国家スパルタとアテネが2台巨頭。前半では、この2都市国家の制度改革が描かれる。まずはスパルタでリクルゴスの改革(一般に「改革」とされているが、その後のスパルタを金科玉条のように縛っていくことになるがゆえに憲法制定という位置づけの方がふさわしいと塩野は述べている)。その後150年ほど遅れてアテネのソロンの改革が始まる。アテネの民主政への道のりはソロン、ペイシストラトス、クレイステネス、テミストクレス、ペリクレスとリレーのように受け継がれていく。そして後半に描かれるのは、この時代最大の出来事ペルシア戦役。専制国家ペルシアがギリシアに攻めてきて、日ごろ仲違いをしている都市国家群のギリシアがどう対応したのか。なぜ強大国ペルシアは惨敗したのか?

サラミス海戦のアテネの勝将テミストクレスは、のちに陶片追放(政敵排除の仕組みとして使われたが、別に刑罰ではない)され、さらには指名手配されて、かつての敵ペルシアにまで逃亡する。戦役当時のペルシア王クセルクセスの息子で王位を継いでいたアルタ・クセルクセスは、彼を顧問として迎える。この時の、アルタ・クセルクセスの気持ちを塩野は次のように推測して記述している。

「テミストクレスが来ちゃった、ランランラン。来ちゃった、来ちゃった、ランランラン」

塩野はたまにこういうお茶目さんになる。

それにしてもローマ人の名前はなんとか覚えられるが、ギリシア人の名前はなじみがなくて覚えにくい。ソロン、ペイシストラトス、クレイステネス、テミストクレス、ペリクレスの5人を覚えるより、五賢帝の名前(ネルヴァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス)を覚えるほうがはるかに簡単だよ(ラフには)。

次の巻ではアテネの民主政完成期ペリクレスの時代と、その後の崩壊が描かれるようだ。

ギリシア人の物語(1)[塩野七生]
ギリシア人の物語I 民主政のはじまり(ギリシア人の物語)[塩野七生]【電子書籍】

読了:1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]

36万部突破、2018年1番売れた翻訳ビジネス書『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』の待望の第2弾!365人分の人生の知恵が1冊ニ!過去の成功と失敗から、明日を生きるヒントが見つかる。

1日1ページ(実はページ数は1日2~3ページ)で、世界の教養に触れられるという雑学本の第2弾は人物編だ。第1弾の感想雑記は以下を参照ください。

読了:1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 [ デイヴィッド・S・キダー ]

今回は人物編ということで、各曜日ごとのテーマは次の通り。
 月曜日:指導者
 火曜日:哲学者・思想家
 水曜日:革新者
 木曜日:悪人
 金曜日:文筆家・芸術家
 土曜日:反逆者・改革者
 日曜日:伝道者・預言者(前作に続き日曜日は宗教の日)

前作同様、広く浅く人物紹介(超簡単な伝記)がなされるので、これで興味を持ったら、さらに本を探していろいろ読んでみてくださいねというあくまでも教養入門本。人物の著書などは主に書名のみの羅列で、なぜその時代にそういう作品が生まれたのかなどの考察はあまりされない。中にはこれでどうやって興味を持てるんだよというくらい浅い取り上げ方をされている人物がいるのもご愛敬。各トピックの最後についてくる「豆知識」は相変わらずほぼゴシップ。とりわけその人物がわき役だったとしても取り上げられた映画は誰が演じたかまで紹介されている。

取り上げられる人物は今回もアメリカ(あるいはイギリス)が中心なのは微笑ましい(やっぱり建国の父たちや南北戦争は手厚い)。伝道者の日曜日にはいわゆるアメリカの宗教伝道者が多く、モルモン教からサイエントロジーまで幅広く取り揃えております。悪人の木曜日にはフォックス姉妹(wikipediaのページ)(19世紀のアメリカでラップ現象をねつ造した姉妹)も登場。さすがに前作で取り上げた人物は避けられているけれども、著名人を取り上げているとはいえ365人もいると、日本人のラフからすると「誰やねん」という人物がまれに登場してきたりもして興味深い(アメリカではこういう人物を押さえておくのが教養なのね)。科学者や哲学者の選択はわりと堅実で(大事なところを押さえている)、彼らのトピックは興味深く読めた。また女性が多く取り上げられていたのも特徴か。1冊読めば、先人が積み上げてきた業績(ひいてはそれが人類の歩み)に感嘆の念を抱くこと間違いなし。ちなみに日本人で取り上げられていたのは紫式部と西郷隆盛。

ちょっと読みにくいかなと思った点は、各曜日ごとに独立してテーマに沿った人物を過去から現在に向けて並べているので、普通に前から順番に読んでいると中ほどでは1日ごとに時代が前に行ったり後に行ったり、時には300年近く飛んだりする。歴史上の今どのくらいの時点の話を読んでるんだっけ?というのを見失いがちになる。時には親子がそれぞれ別のカテゴリーで扱われているため、子が先に登場し、しばらく読んでいくと後になって別の曜日で親が登場したりということもある。王位の継承順とか混乱する。

読了してなによりも思ったこと:「結構な数の人物が『亡命』を経験しているもんだなぁ」(日本の歴史ではあまり出てこない言葉だよね)

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]
1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編(1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 人物編)[デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム]【電子書籍】

読了:古代ローマ人の24時間(河出文庫)[アルベルト・アンジェラ/関口英子]

さあ、2000年前のローマ帝国の首都に住んでみよう。タイムスリップさながら、臨場感たっぷりに再現された古代ローマの驚きの“1日”を体験できる一冊。食事、服装、住宅、買い物、学校…公共浴場、闘技場、夜の饗宴など、庶民の暮らしを鮮やかに再現したベストセラー、待望の文庫化。

西暦115年のある一日(夜明けから深夜まで)に、世界の首都と呼ばれたローマ(人口100万人を超えている巨大都市)の街中を散策しながら当時の人々の生活を観察するスタイルで描かれている風俗書。西暦115年というのは、五賢帝の二人目トライアヌス帝によるダキア併合(西暦109年)によりローマ帝国が最大版図となった直後で、ローマ帝国が最も繁栄した時期の一つ。市井の人々の暮らしぶりが目に浮かび、すこぶるおもしろい。

ローマ市民の生活は酒池肉林におぼれた怠惰な饗宴の日々というイメージがあるそうなのだが、ほとんどは後世になってキリスト教の思想により否定的に広められたもの。有名な「パンとサーカス」も市民の堕落を表現したものではなく、福祉政策の一環を評した言葉である。

ローマ人は主だった仕事は午前中にすませ、午後は余暇というのが基本スタイル。よって、夜明けから午前中は主に仕事や商売、子どもたちにとっては学校などの様子が描かれる。午後は、ローマ浴場やコロッセウムでの見世物(午前中からコロッセウムでは見世物ははじまっているのだが、猛獣との戦い、犯罪人の公開処刑などから始まり、人気の剣闘士試合は午後からとなる)。そして夜は上流階級では饗宴。

当時のローマの雰囲気をわかりやすく理解するために、現代だとどういう感じかというのが記述されるのだが、東南アジアに例えられることが多い。以下のような感じ。

東南アジアのラオス、東南アジアの市場で僧侶の行列が通り過ぎるのを見ているようだ。

現代でもインドや東南アジアの諸国に行くと、路上で代筆屋をする人は数多く、このような光景がそのまま見られることがある。

現代の価値観から、当時の生活習慣や思想を断じてしまっている箇所がしばしば見られ、そのたびに興醒め。コロッセウムの猛獣に対する現代的動物愛護観が述べられている次の記述はかなり違和感を感じる。

ヒョウの生まれつきの攻撃性が調教師によって大きく歪められ、見世物のために利用される。まさに「殺戮機械」に改造されてしまった動物なのだ。

それなのに、別の個所では次のような表現をいけしゃあしゃあと述べてしまう厚顔無恥さ。

彼らの生活様式を正当化するのではなく、理解することが肝要なのだ。

だったら当時のローマ人を理解するためのもっと寄り添った記述をしようよと突っ込まずにはいられない。

イタリア人(著者)や西欧人にとってローマの歴史はある程度常識とされている部分はあるだろう。ただ一般的な日本人にとっては、ヴェルギリウスやオヴィディウス、タキトゥスにキケロやセネカ、コンスタンティヌス帝といった人物名、あるいはポエニ戦役などの歴史的イベントが出てきても、何をした誰なのか、何なのか、そして西暦115年と同時代なのか、それとも前の時代なのか後の時代なのか、説明なしではわからないだろう(まったく知らない人がこの本を手に取るとも思えないが)。

例えば、以下コロッセウムに関する説明箇所。

コロッセウムができてからはまだ三五年しか経っていない。たとえばカエサルはコロッセウムを見たことがなかったし、アウグストゥス帝の時代にも、ティベリウス帝の時代にも、クラウディウス帝の時代にも、ネロ帝の時代にも、コロッセウムはなかった。この壮大な建造物を作らせたのはウェスパシアヌス帝である。

多くの日本人にとっては「ウェスパシアヌス帝って誰だよ」だろう。ローマが共和制から帝政に移行するのはだいたい西暦が紀元後に変わるころだと思っておけば遠くない。最初に帝国へのグランドデザインを描いたのがローマが生んだ天才ユリウス・カエサル。そしてその養子であるアウグストゥスが初代皇帝。(上記引用部分はアウグストゥス帝からネロ帝までのユリウス・クラウディウス朝の皇帝名がただ一人を除いて順番に並んでいるんだけれども、第3代皇帝カリギュラが抜けているのはなぜだろうか?若くして失脚した暴君だったから?)ネロの自殺後に1年間に3人の皇帝(ガルバ、オトー、ヴィテリウス)が次々変わるという危機があったのちに帝位についたのがウェスパシアヌス帝。コロッセウムを作らせたのはこのウェスパシアヌス。そして長男ティトゥスが次に帝位を継ぎ、コロッセウムが実際に完成したのは彼の時代(ちなみに本書に何度も出てくるポンペイの町がヴェスヴィオ火山の噴火で灰に埋まったのもティトゥス帝の時)。そのあと弟のドミティアヌスの治世があったのちに登場するのが五賢帝最初の皇帝ネルヴァ(この人は老齢で実際に帝位についていたのは1年とちょっと)。そしてその次がトライアヌス帝。こういう時代的関係がおぼろげながらでも頭に入っていないと何でわざわざこういうことを述べているのか理解しづらい記述が結構ある。ま、知らなければ読み飛ばせばいいんだし、そのことでこの本の面白さがまったくなくなってしまうわけではないんでいいんだけれどもね。

コロッセウムと並ぶ娯楽施設がローマ浴場であろう。おそらく一番よく知られているローマ浴場といえば「カラカラ浴場」だろうが、カラカラ帝の登場は時代的にはもっと後。当時最大の浴場はトライアヌス浴場。

勃起したペニスはローマ人にとって幸運のシンボルなのだ。(略)いくつもの青銅製のファルス(引用者注:男根)を細い鎖で束にしてつなぎ、揺れて鈴のような音が鳴るように家や商店の入口に吊るしたものまである。ローマ人は、これをティンティンナーブラ(「鈴」、「ベル」の意)と呼んでいた。下を通るたびに触れたり、鳴らしたりすると縁起が良いとされていた。

たんたん狸の~♪を思わず口ずさんでしまったラフ。「ティンティンナーブラ」ですか。

著者がイタリア人だなぁと思った箇所をいくつか紹介。

ダンテの『神曲』に描かれている地獄の環だろう。

満員のコロッセウム(収容人数およそ5万人)の様子を描写するのに「神曲」を出してくるところ。

つまり、ローマ人的な考え方からすれば、たとえばクリントン元大統領と愛人のルインスキーのスキャンダルは、とくに騒ぐ必要もないということになる。二人はたんにウェヌスの贈り物に身を委ねただけなのだ(権力者の側にある男性が、自分よりも目下の、ましてや女性と関係を持ったにすぎないのだから、社会的なルールにも準じている)。もし世論の批判を浴びるとしたら、ビル・クリントンではなく、能動的な役割を担ったモニカ・ルインスキーのほうなのだ。

ローマ人の性関係を、現代の事例になぞらえた部分だが、若干アメリカ人に対する悪意を感じる(この程度はラテンの民には問題になるほうが不思議みたいな)。

(フランス料理は、パスタやリゾットなどの料理が存在せず、調理にほとんどバターばかり使用するため、多様性という面でも、胃にもたれないという意味からも、イタリア料理には太刀打ちできない)。

イタリア料理がローマ時代のやりかたを踏襲していることに対する誇りを感じるが、フランス料理をこうこき下ろしてしまうところがステキ。

すこぶる面白かったのだが、惜しむらくは、当時のローマ市街の地図が載っていないこと。ローマの街を一日かけてあちこち散策しているのだが、登場する主要建物の位置関係とか、どの通りを抜けていったのかとか、文章だけでは伝えきれていない。地図があるだけで都市の規模感の理解が全然違うんだけれどもなぁ(当時の地図を再現する情報が分かってないということはないのだから)。

古代ローマ人の24時間(河出文庫)[アルベルト・アンジェラ/関口英子]
古代ローマ人の24時間 よみがえる帝都ローマの民衆生活(古代ローマ人の24時間 よみがえる帝都ローマの民衆生活)[アルベルト・アンジェラ]【電子書籍】

読了:三体[劉 慈欣/大森 望]

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。

今巷で話題の中国発SF大作。中国のSFかぁ、どことなく前時代的な硬派のSFなんだろうなぁという先入観を持って読みはじめたのだが、全然違っていてすこぶる現代的なエンターテイメント性にあふれたジェットコースター小説で、やたらめったら面白かった。なるほどヒットするのもうなずける。

※ネタバレしないようにという配慮はしないので、以下を読む方はお気を付けください。

物理学の世界に「三体問題(three-body problem)」というものがある。1つあるいは2つの物体の関係は運動方程式で明らかにすることができるが(ニュートンによる)、3つの物体の運動を数学的に解くことはできない。もし太陽が3つある星に文明があればどうなるか(3つの太陽の動きは計算ではわからない)というのが著者の発想のスタート地点だったそうだ。

三体問題(さんたいもんだい)とは – コトバンク

前半は主人公の一人葉文潔の半生や、著名な理論物理学者の相次ぐ自殺や、正体不明の団体や集団、もう一人の主人公汪森にふりかかった不思議な現象(「ゴースト・カウントダウン」のくだりは「リング」っぽくてむしろオカルトだ)、謎のVRゲーム「三体」の世界観などが描かれる。後半では、これらが何なのか、どう関係しているのかが明らかになってくる。簡単に言うとこの作品は異星人地球侵略型のSFなんだけれども、作中では最後まで地球人は異星人とは直接対峙していない。それどころかこの宇宙からの侵略者が地球にやってくるのは、なんと450年後なのだ(本作は三部作の第1部)。光速は有限で宇宙は広いんだけれども、なんだこのリアル設定は。

技術跳躍が生じる可能性が最も高い分野は以下のとおり。
(一)物理学:【略】
(二)生物学:【略】
(三)コンピュータ科学:【略】
(四)地球外知的生命体の探査(SETI):

これらの科学知見がコアになったSF作品であるが、物理学と地球外知的生命体探索はもちろん重要。生物学に関しては環境生態学に関する話題が出てくる(今のところ遺伝子とか生殖とかは表立って出てきていない)。コンピュータ科学に関してはVRゲーム「三体」の中の一シーン(秦の始皇帝)や、三体人(異星人)の科学技術描写でAIが出てくる。とにかく科学のテクニカルタームがわんさか出てくるけれども、知っていれば「なるほどね」とニヤっとできるが、知らなくてもまぁ問題なく読み進められるだろう(知っていなければ筋が追えないということはない)。主人公の一人葉文潔を天体物理学の基礎科学(理論)研究者とし、もう一人の主人公汪森をナノテク素材の応用科学研究者としているところがおもしろい。

エンターテイメントとしては一級だが、作品としては穴が目立つ。捨てキャラ(ほぼ一度限りの登場で物語の本質に影響を与えるほどの役目は担っていない人物)の扱いが笑っちゃうほど適当。なぜか退場後に死までの後日譚まで丁寧に述べられる人物がいる一方で、大事そうに登場したのにその後一切放ったらかしの人物(汪森の家族とか)がいたりする(だったら汪森は独身でも良くね?)。著名な物理学者の相次ぐ自殺の原因も、「え?そんなことで命を絶ったの?科学者だったらむしろそのことを追求しようとしないか?」となぜの嵐。またラスト近くに出てくる三体人が、どうしようもなく地球人似の発想と感情(見た目ではなく)に支配されているのも変。三体人がなぜ地球人とほぼ同じ道徳的価値観を持つのか(科学技術では三体人の方がはるかに進んでいるが)説得力ある説明が欲しい。というか、回収した三体人からのメッセージの存在整合性は物語的に破綻していないか?(ラフにはどういうことなのかよくわからなかった)

ん~~、結局はケチをつけているみたいな書き方になってしまったなぁ。いや娯楽小説としては抜群におもしろいよ。著者の発想のすごさに舌を巻く。ぜひ読んでみて。

三体[劉 慈欣/大森 望]
三体[劉 慈欣]【電子書籍】

原語(もちろん中国語)でチャレンジしてみたいという方はこちらをどうぞ。三部作すべて刊行済み。

近現代の中国を舞台にした作品には頻繁に登場するものの、ラフにとっては今一つ正体がわかっていない出来事が「文化大革命」だなぁ。だから見るたびに、どう位置付けて評価するものなのか悩む。
wikipediaの「文化大革命」の項
「ラストエンペラー」の最後にも出てきたよね。個人的に深く印象に残っているのは「レッド・ヴァイオリン」の上海のシーン。
wikipediaの「Category:文化大革命を題材とした作品」の項

読了:ブルボン朝 フランス王朝史3(講談社現代新書)[佐藤 賢一]

3つの王朝中、最も華やかな時代を描く。長い宗教戦争の時代を克服し、ヨーロッパ最強国、そしてヨーロッパ最高の文明国となったブルボン朝フランス王国。個性豊かな王たちー稀代の策士にして稀代の艶福家、王朝の創設者アンリ4世。「正義王」ルイ13世、「踊る太陽王」ルイ14世。「最愛王」ルイ15世。革命により断頭台の露と消えたルイ16世。マントノン夫人、ポンパドール夫人など宮廷を華やかに彩った寵姫たちと、リシュリュー、マザラン、フーケ、コルベールなど政治を司った宰相、大臣たち。そしてヴェルサイユ宮を造ったル・ノートルを始めとする芸術家。さらには、大革命とナポレオンの時代を経て復活したルイ18世、シャルル10世の復古王政から、オルレアン家による7月王政とその終焉まで。「ブルボンの血」による王権の始まりから終わりまで、すべてを描ききった超力作。

カペー朝、ヴァロワ朝と続いてきたカペーの一族の物語も、佳境のブルボン朝に。これまでの感想文は以下。

読了:カペー朝ーフランス王朝史1 (講談社現代新書) [ 佐藤 賢一 ]

読了:ヴァロワ朝 フランス王朝史2 (講談社現代新書) [ 佐藤 賢一 ]

時代も近代に入ってきて肖像画や宮殿など今に残る資料が多くなってきて具体的にイメージしやすい。そりゃブルボン朝が一番面白いのは当然だよ。さてユグノー戦争とヴァロワの直系が途絶えるところが前作の最後だったわけだけれども、今度は同時期をブルボンの視点から再度描き直すところから始まる。あいかわらずフランス王家の人物名は、ルイ、アンリ、シャルルだらけ。

ナバラ王アンリはフランス王アンリに手紙の返事を書いた。

ここで「フランス王アンリ」がヴァロワ朝の最後の王アンリ三世。「ナバラ王アンリ」が後に即位するブルボン朝最初のフランス王アンリ四世。
とりわけブルボン朝はルイてんこ盛り(別名ルイ王朝)。即位すればルイX世と呼ばれるけれども、即位前はみんな王太子ルイ。

その一六四三年五月十四日は、王太子ルイが「フランス王にしてナバラ王」に即位した日でもある。フランス王としてはルイ十四世、ナバラ王としては「ルイス三世」を称したが、(以下略)

国際的関係は突出した強国が出現しないように各国が牽制しあう時代。フランスはヴェルサイユを中心とした文化大国へと変わっていく。ポンパドゥール夫人が登場した時には「待ってました!」と思ったよ。

たとえ王政の否定に通じるものであっても、それが優れた文化として光を放つなら、フランス王家は受け入れなければならなかった。

やがて大革命がはじまり、ルイ16世は断頭台に送られ、フランス王家は国を追われる。ナポレオンの失脚後に王政復古でルイ16世の弟二人が、ルイ18世、シャルル10世と即位し、その後傍系のルイ・フィリップが即位したもののこれらは短命に終わる。フランスが王国になることはその後二度となかった。(ちなみに現スペイン王家はブルボン朝の傍系)

今回もミス発見。1753年を1653年と100年間違っちゃっている箇所がある。仮にも歴史を扱っているんだから、世に出る前にちゃんとチェックされなかったのだろうか?

ブルボン朝 フランス王朝史3(講談社現代新書)[佐藤 賢一]
ブルボン朝 フランス王朝史3(フランス王朝史)[佐藤賢一]【電子書籍】

読了:ウンベルト・エーコの世界文明講義[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]

知の巨人が読み解く文明の謎。カラー図版130点以上!!!現代人は古代・中世・近代より進歩しているのか。見えないもの、聖なるもの、美と醜、絶対と相対、パラドックス、嘘、秘密、陰謀論…。ベストセラー『薔薇の名前』の著者最後の贈り物。

 小説「薔薇の名前」の作者ウンベルト・エーコが、10数年にわたって行った講演録。邦題は「世界文明」と題しているが、基本的にはいわゆる西洋の話題(2例ほど東洋の話も出てくるが、そのうちの一つは谷崎潤一郎)。

目次(扱っているテーマ)は次の通り

  • 巨人の肩に乗って
  • 美しさ
  • 醜さ
  • 絶対と相対
  • 炎は美しい
  • 見えないもの
  • パラドックスとアフォリズム
  • 間違いを言うこと、嘘をつくこと、偽造すること
  • 芸術における不完全のかたちについて
  • 秘密についてのいくらかの啓示
  • 陰謀
  • 聖なるものの表象

 小説家であると同時に記号論学者でもあるので、抽象的なテーマでもそこに具体的な事例を結び付けて、豊富な例とともに紹介してくれる。テーマは美学芸術文学哲学の歴史を踏まえたものだが、講義中に出てくる例は映画やエンターテイメント小説にまでおよび、飽きることがない。話に関連する絵画や彫刻の写真がふんだんに盛り込まれ(実際の講義ではスライドで映し出されたのだろうか?)、言葉だけではわかりにくい説明も可視化されて非常に興味深い。

 こういう知的で丁寧な論の運びに触れることができるととても安心する。

ウンベルト・エーコの世界文明講義[ウンベルト・エーコ/和田 忠彦]
ウンベルト・エーコの世界文明講義(ウンベルト・エーコの世界文明講義)[ウンベルト・エーコ/和田忠彦]【電子書籍】

参考
wikipediaの「薔薇の名前」の項

読了:学校では教えてくれない世界史の授業[佐藤 賢一]

西洋歴史小説の第一人者が西世界・東世界・イスラム世界による覇権志向で読み解く。アレクサンドロスから冷戦の終結まで、約2500年の歴史ストーリーを描き出す!

 「学校では教えてくれない~」シリーズの1冊。高校で習う世界史はあまりにも範囲が広すぎて覚えることばかり多くて結局よくわからなかったという人が対象。高校世界史をとりあえず履修したという前提がないと、たくさん出てくる出来事名が何なのかわからないと思う。丸腰や世界史入門だと思って手を付けてもまったくついていけないだろう。かといって、世界史を自分なりに整理して学習したものにとってはあまりにも物足りない(結局はかなり圧縮した世界史ダイジェスト。これで物足りない人はマクニールの「世界史」に挑戦してみると面白いと思う)。まとめに著者自身が書いているように、あくまでこれは著者の世界史観に基づいたまとめ方なので、これが決定的な世界史の理解・整理方法ではない。著者にとっての世界史とは「歴史の中に自らをどう位置づけるか」というとらえ方をしているので、現在からみたらあの出来事は結果的にこういうことだったという解釈の累積、つまりは現代における価値観(現代を生きる著者の解釈)で判断した結果論の羅列に感じてしまった。「学校では教えてくれない」というのも、実はこういう裏話もあるよ的なものではなく、学校ではこういう歴史の整理の仕方までは教えてくれなかったでしょ?ってところか。

 世界史の定義から説き起こすのだが、著者のとらえ方は世界史はワールド・ヒストリーである前にユニヴァーサル・ヒストリー(普遍史)であるとする。そして著者にとってユニヴァーサルを構成するものは、
・世界征服の意思
・それを治める帝国
・それを支える一神教
とのこと。世界を征服する、世界を統一する、一元的に支配することこそがユニヴァーサル・ヒストリーが目指しているものだ。

 世界征服の意思を最初に示したのがアレクサンドロス大王、そして世界帝国というものを創出したのが古代ローマ、そしてローマ帝国が末期に国教化した一神教であるキリスト教、ここにユニバーサルを構成するものがそろった。そしてローマ帝国は東西分裂し、すぐ後に発生して急拡大したイスラム教世界の登場。これらが東世界史、西世界史、イスラム世界史という三ユニヴァーサル・ヒストリーを構成しており、3つのヒストリーの総体が世界史ワールド・ヒストリーだとする。この3つのヒストリーがローカル・ユニヴァースからグローバル・ユニバースに展開していく様子を歴史の年表に従って現代まで追っていく(出来事・事件名の羅列が多くその個々の中身には深く触れない。個々の知識はあるものとして、この著作ではあくまで世界史の概略をとらえることが目的のため)。

 中国史が入っていないのは、中国は最初から広大な土地と人民を持つ恵まれた国であり、また周辺国を朝貢によって従わせはしたけれども自らが物理的に征服しようとする意志はそれほど強くなかった、そして一神教という支えはなく、著者にとってのユニヴァーサルではないためだ。中国が世界史に巻き込まれるのは、清朝末期になってからだ。

 著者のユニヴァーサル世界史観に合わせるためか、歴史の出来事の解釈が牽強付会に思えてしまうところがあり気になる。巷に流布する世界大戦の説明には「何者かの意図で無理に図式化したものにすぎないのでしょう。」という記述が見られるが、「お前もな」と突っ込まずにはいられなかった。

 この著作は、若者を対象にしているためか文体が語り口調で、親しみやすくはあるけれども、歴史を扱っている割には文章に厳密さがない(ひょっとしたら口述筆記をまとめたものなのではないのかとさえ思われる)。例えば「一三九四年に生まれたポルトガル王ジョアン一世の三番目の王子、いわゆる「エンリケ航海王子」ですね。」(<本当にこういう文体なのだ)という記述がある。さて、この文から判断して、1394年に生まれたのは、ジョアン一世なのか、エンリケ航海王子なのか。大航海時代の話題だから、考えてみればまぁ後者だろうという当然の予想はつくけれども、できるだけ誤解されることのないような初見で読んでも戸惑わずに理解できる記述をして欲しいと思うところが何カ所かある。特殊な効果を狙っているならともかく、でもこれは文学ではなく歴史を扱った啓蒙書なのだろうから、こういう書き方はふさわしくないとラフは考える。(著者自身は自分は歴史学者ではなく作家であるから歴史を扱うのは荷が勝ちすぎると言っているが)

学校では教えてくれない世界史の授業[佐藤 賢一]
学校では教えてくれない世界史の授業[佐藤賢一]【電子書籍】

参考文献(もう一歩先を望む方向け)
世界史(上)(中公文庫)[ウィリアム・H.マクニール/増田義郎]
世界史(下)(中公文庫)[ウィリアム・H.マクニール/増田義郎]